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一章
14.獣人の本能
悪役ルカと母ディアナのザマァエンド確定のストーリーである、俺の六歳の誕生日パーティー。
前提として、どうしてこの誕生日パーティーでザマァエンドが確定するのか?次の作戦に移る前に、それについて少し整理しておこう。
そもそもザマァエンドの概要は『ルカと母ディアナがアンドレアに陰湿な虐めを仕掛け、それを恨んだアンドレアが父と共謀して二人を暗殺する』というものである。
今回の作戦は、まさにその過程となる『アンドレアが俺を恨む』という箇所をぶっ壊すことが目的だ。
そのために必要な行動は主に二つ。
一つは、俺と母の間には何の絆もないよーということをアンドレア……及び本館組の人たちに示すこと。
もう一つは、少しでも嫌われたり恨まれたりする可能性を低くするために、アンドレアに売れるだけの媚を全て売っておくこと。
さっきのエビ事件で、俺と母の間にあらかじめアンドレアを陥れるような話がなかったこと……つまり、俺と母が一切共謀していないということを暗に伝えることが出来た。
あれで作戦が成功したかは正直うーむ……というところだが、何にせよエビ事件は既に終幕を迎えた。悔やむ時間なんてもちろん無いので、ぱっぱと次の作戦に移らなければならない。
その次の作戦こそ、今回の本題にもなっている『アンドレアに恩と媚を売ろう作戦』である。
「──ねぇご主人様……ご主人様のお兄様、ほんとにここに来るのぉ?」
悪夢の食事会が終わり、少しの休憩の後。
俺達は次の作戦に移るため、とある場所に訪れていた。
鬱蒼とした茂みに隠れて作戦内容を確認していた時、ふと隣にぴとっとくっつくようにして縮こまったジャックが小声を発する。
バレたらまずいからシーだぞ、と念を押しつつ、訝しげな様子のジャックを見上げてふむ……と頷いた。
この後の展開を知っている、なんて預言者みたいなことは言えないから、二人には『ある人から情報を入手した』とそれっぽい感じで説明していたけれど……やっぱりそれだけじゃ納得してもらうのは難しかったか。
ジャックも、声には出さないけれどちょっぴり疑うような顔をしているし。これはだめだな、何とかして二人を納得させるような説明をしないと。
「うむ、ぜーったい来るぞ。ある人にな、おしえてーってお願いしたら、教えてくれたんだ。お兄さまは息抜きをするとき、ここの湖によく来るんだってな」
かくかくしかじかと説明しながら、俺も頭の中でそのストーリーを確認する。
今から起こるのは、母がアンドレアに仕掛ける陰湿な虐めの中でも、群を抜いて最悪だと断言できる出来事だ。
アンドレアは心が疲れたり悩みがあったりする時、よく庭園の奥深くにあるこの湖に訪れる。
それを知った母は、こっそりアンドレアが休む湖にやって来て……そうして、アンドレアに対していつものように意地の悪い言葉を浴びせるのだが、この事件はこれだけでは終わらない。
疲労の溜まっていたアンドレアは、ただでさえ嫌いな継母の金切り声を聞いたことで眩暈を起こす。
その結果、アンドレアは力の抜けた体をふらりと倒してしまい……その体は、背後の湖にばしゃんっ!と沈んでしまうのだ。
それを見た母がアンドレアを慌てて助け──……とはならず、母は目の間の光景を利用し、アンドレアを事故を装って溺死させようと目論む、というなんとも最低な事件なのである。
もちろんこのあとアンドレアは自力で湖から這い上がり、九死に一生を得るのだが……この出来事はアンドレアに、更なるトラウマや疲労を植え付ける結果となってしまうのだ。
正直、これで母のみのザマァエンドを確定させることが出来るなら、このストーリーは見過ごしてしまいたいのだが……とは言え、そんな私欲のために子供のトラウマ事件を見ないフリするわけにもいかない。
アンドレアはマフィアの後継者とはいえ、まだ十ニ歳の少年なのだ。
小さな少年に悲惨な出来事が起こると知っているのに、それを知らんぷりするなんて……そんなのは生き残りに必死なだけのモブじゃなく、ただの最低なクズ野郎だ!
「ふすふすっ、ふしゅーっ!」
「ね、ねぇガウ?なんかご主人様が超絶可愛く気合い入れてるんだけどぉ……もしかしてこれから敵との戦闘でもあるのかなぁ?」
「仮にそうだとして、その敵とやらを全て絞め殺すまで……おい貴様!どさくさに紛れて主様に触れるな抱き着くな……!」
「いやいやだって可愛すぎるでしょぉ!なんなのふすふすふしゅーって!あ、わかった!この超絶可愛いご主人様語録で、敵を悶えさせて再起不能にするんだぁ!」
いたいけな子供を事故死させようだなんて、あの悪ママぜーったい許さないんだからなっ!とぷんすかしながら、作戦の為にふしゅーっと気合を入れる。
湧き上がるやる気のままにふんすふんすと息巻いていると、なぜか突然ジャックにむぎゅーっと抱き締められた。
なにごと?と思ったがすぐにぷいっと知らん顔をする。ジャックの奇行は今に始まったことじゃないし、まぁいっか。
このまましばらくぎゅーっとさせとけば、そのうち飽きて離れるだろう。
「ねぇねぇご主人様っ、ふすふすってもっかいやってぇ!もう一回!」
「む?ふすふすっ」
「はぁーん可愛い!むぅって唇尖らせちゃってぇ、ちゅーしたいの?僕とちゅーしたいんでしょぉ!ご主人様のえっち!」
何言ってんだ、とジト目をしつつジャックの拘束をぺしっと払う。
流石にきもちわるい部類の奇行までいったのでそそくさと逃亡しよう。とたとたてくてくっ、よしガウ、俺をぎゅーして変態殺人鬼から匿うのだ。
「ガウ、ぎゅーしろ」
「仰せのままに」
いつもよりやる気あるのかな?とぱちくりするくらいの即答だった。しろ、を紡ぐ途中でガウの声が被った気がする。
なにせ『御意』じゃなかったからね。それより私的な心が籠ってそうな『仰せのままに』だったからね。こりゃあガウってば、ものすごくやる気があるらしい。
「むふーっ……ガウ、耳を触ってもいいか?もふもふで癒されたい」
「勿論です。お好きなだけ触れてください」
「ほんとか?はむはむもしていいのか?」
「……勿論です。お好きなだけ食んでください」
ガウの屈強な身体にコアラの如く抱き着き、もふもふの耳に顔を埋める。
ふすふすと息を吸って吐いて、ガウの許可を得てから耳をぱくっと咥えてはむはむ。うーむ、こういうのずっとやってみたかったんだよなぁ。
前世、俺は病気の苦しみに耐えるため、いくつもの動物動画を漁りまくっていた。
その中でも一番憧れたのは、ペットに顔を埋めてふすふすっと匂いを嗅ぎ、はむはむっと甘噛みする動画だ。もふもふをはむはむするだなんて羨ましすぎて何度泣いたか分からない。
病院は動物の侵入なんてもちろん禁止していたし、人生の大半を病室で暮らした俺は、そもそも動物に触れ合う経験が出来ないまま生涯を終えた。
だからこそ、この世界でガウと出会ったことは俺にとって最高の想定外。
前世で動物と触れ合えなかった分、今世はガウの耳をもふりまくり、もちろんはむはむもしまくるのである!
というわけでガウの耳を全力ではむはむし始めたは良いのだが……むむっ、何やらガウの様子がおかしい。
「はッ……グルルルッ!うぅッ、はァ、はぁッ……!」
突然ぶるぶると震えだし、ぐるぐると喉を鳴らし始めるガウ。
獣人と言えどガウの動きはれっきとした人間だから、こんなに獣っぽい動きをするガウを見るのは初めてでぱちくりと瞬いた。
「ガウ?どうした?どっかいたいのか?」
慌てて耳から唇を離し、ガウの顔を覗き込む。
そこに浮かんでいた予想外の表情を見て、思わずぽかんと目を丸くした。
いつも表情筋が死んでいるのかと誤解するほどの無表情を保っているガウ。
そのガウが、瞳を熱っぽく潤ませて、唇の端から微かに涎を垂らして、赤面した顔で荒い息を吐いていたのだ。
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