異世界マフィアの悪役次男に転生したので生き残りに励んでいたら、何故か最強の主人公達に溺愛されてしまった件

上総啓

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一章

19.醜い弟2(アンドレア視点)

 
 初めて“弟”を目にした日から、何故だか胸の内が喧しく騒いでいる。
 自分の容姿によく似た弟、その姿が頭から離れない。俺よりも艶やかな至極色の髪に、俺よりも輝きの強いアメジストの瞳。ぴょんと立った寝癖や、世辞にも強そうとは言えない小柄な身体まで。
 ただ姿を思い出すだけで、どうしてこんなにも胸が騒ぐのだろう。

 あんなチビで瘦せっぽちで弱そうな奴、普段なら嫌いな部類に入るというのに。
 曲がりなりにもマフィアの家系に生まれたのだ。もっと屈強で頑丈な体付きをしていないと、周囲のファミリーだけでなく身内からも舐められる。
 一発殴るだけで死んでしまいそうな程に華奢な身体。それこそあの日の獣人奴隷に噛まれでもすれば、きっとすぐに死んでしまうに違いない。

 きっと、すぐに……。


『……ミケ』


 気付くと、手にしていた筆が握っていた部分からぽっきりと割れてしまっていた。
 強く握った覚えはないのだが……もしや不良品でも掴まされたかと息を吐きつつ、隅に控える側近の名を静かに呼ぶ。

『はっ』と短く答えて横に控えたミケに、忙しなく両手の指を絡ませながら尋ねた。


『……例の獣人奴隷はどうなった』


 そう、そうだ。俺が気になるのは例の獣人奴隷に関してのみ。決して、遠回しに弟の無事を確認したいわけではない。

 己でも訳の分からない言い訳を脳内で繰り返しつつ、それをすぐに振り払って聞く体勢を整える。
 ミケは俺の様子を見て驚いたように瞬くと、数秒の硬直の後に何やらニヤッとムカつく笑みを浮かべた。この気色悪い笑みは、大抵面倒事の前兆だ。


『若様、気になるのですか?弟くんのことが気になっちゃってるんですか?』


 ガワでも側近の仮面を被れ、と拳をミケの腹に沈める。この茶番も今日に入って一体何度目だろうか。まったくどいつもこいつも側近に相応しくない狂犬ばかりで疲労が溜まる。
 カハッと汚い胃液を零したミケは、涙目で苦言を吐きながら気を取り直したように背を伸ばした。初めからそうしろと何度言えば分かるのか。


『例の獣人奴隷でしたら、どうやらルカ坊ちゃまが正式に護衛として任命したようです。まぁ……我々本館から獣人奴隷を守った、とも言えますね』


 腹を抑えて語ったミケの答えに息を呑んだ。
 まさか本当に、あの獣人奴隷を救ったというのか。門前を汚した罪を問い拷問するでもなく、玩具や肉壁として隷属させるわけでもなく。
 あの小さな弟が持っていたのは本当に、ただただ真っ直ぐな心配という甘ったれた信念だけだったとでも言うのか。


『隷属の首輪も付けず、肩に焼印を押すこともしなかったとか。どうやら例の獣人は、既にルカ坊ちゃまにご執心のようです』


 それはそうだろう、と呆れて溜め息が零れた。
 獣人奴隷は家畜同然の生き物。家畜が逃げ出さぬよう焼印という固体把握の証を施し、主に逆らわぬよう隷属の首輪を嵌めることなど、誰もが疑問に思うことすらない常識。
 それを覆し、家畜に対して人間のような待遇を認めたのだから、その獣人が弟に執心しても何ら不思議ではない。むしろそれすらも狙っていたのかと疑う程だ。

 ルカ・ベルナルディ……父上の血を引く弟。
 遠目から見た時は柄にもなく胸が騒いだりもしたが……少し浮かれていたのかもしれない。
 あの子供は危険だ。万が一全てが計算だった場合、弟は俺に対峙する最悪の敵となり得る。
 ……これは少し、様子を見に行った方が良いかもしれないな。


『……裏庭へ行く』


『御意』と頭を下げるミケの横を通り過ぎ、半ば駆け足で執務室を出る。
 敵となり得る弟を偵察に……そう、偵察に行くのだ。断じて弟の現状が気になったとか、例の獣人奴隷に噛み付かれて泣いていないかとか、そんな心配をしているわけではない。
 そんなどうでもいい事を考えながら、俺は別館……いや、裏庭へ向かう足を速めた。



 * * *



『ベルナルディ邸とは思えないほど平和な空気ですねぇ』


 木陰から別館の庭を覗き始めて早数分。依然変わらない呑気な光景を見て、ふいにミケがそう呟いた。

 遠目に見えるのは、鮮やかな花畑の中でのほほんと寛ぐ弟の姿。傍には例の獣人奴隷の姿もある。
 主従特有の硬い空気はまったく感じられず、まさに平穏な午後の昼下がりといった空気だ。一体どういうことなのか。意味が分からなさ過ぎて困惑する。


『あっ、弟くん花冠作ってますね!かわいい!』


 偵察という厳格な任務をもう忘れたのか。早くも側近の仮面を剥ぎ取ったらしいミケは、キラキラと瞳を輝かせながら弟を熱心に見つめている。

 もはやここに来るまでの緊迫した空気も消え去り、残った警戒心を持て余しつつミケの視線をぼーっと追う。
 その先では、確かに弟が花冠とやらを作って獣人奴隷の頭にぽんと載せているのが見えた。
 ふにゃりと綻ぶ柔い表情には、マフィアの子特有の計算高さや知的な印象は全く感じられない。本当にどこにでもいる、何の策略も巡らせていない平凡な子供のようだと思った。

 あれで裏では相当の謀略を練っているのなら、それはもう勝ち目が無い。まったく末恐ろしい子供だなと溜め息を吐く。


『獣人の膝にぽすって収まってる弟くんマジかわいいー。あっ、くしゃみした!そうか寒いから獣人にくっついてんのかぁ、可愛すぎだろ』


 跪いていた獣人に胡坐の姿勢を取らせた弟は、何やらのそのそと膝の上に潜り込んで座り込む。むふーっと浮かぶ満足気な表情に、何故か胸が高鳴った。こんな時に不整脈か?

 それにしてもあの獣人、仮にも獣の分際で人間である弟を抱き締めるとは何事か。
 状況から察するに、恐らく弟の指示でぎゅっと抱え込んでいるのだろうが……それが何だ。主の命令だとしても断れクソが。弟から離れろケダモノ。


『……不愉快だ』

『えっなんでだよ、めちゃくちゃ癒されるじゃん!若ってばマジ血も涙もねぇのなー』


 グチグチと小言を吐くミケは無視して踵を返す。
 突然湧いたこの苛立ちは、恐らく嫌悪の対象である弟を視界に入れてしまったことが原因だろう。この場を離れて弟から距離を取れば、きっとこの苛立ちも直ぐに収まるはず。

 そう己に言い聞かせて足を進める。
 ふと気になり少しだけ振り返ると、やはり獣人と戯れる弟を見た途端苛立ちが湧き上がった。間違いない、この嫌な感覚は全て弟の所為なのだ。

 弟への恨みを更に募らせながら、俺は足早にその場を後にした。
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