異世界マフィアの悪役次男に転生したので生き残りに励んでいたら、何故か最強の主人公達に溺愛されてしまった件

上総啓

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一章

21.愛おしい弟(アンドレア視点)

 

 ──どうして、こんなことになったのか。


 怒りの対象を自覚した直後のことだった。
 突如現れた継母に罵声を浴びせられ、あろうことか弟を道具のように語る醜い姿に疲労が溜まり。やがてふらりと倒れ込んだ、その瞬間。
 ふいに愛らしい声が響いたかと思うと、倒れ込んだ俺の腕を何やら小さな手がぎゅっと引き寄せた。

 くるりと場所が入れ替わった瞬間に現状を理解した。
 どうして。憎い兄であるはずの俺を救った弟に呟くと、返ってきたのは想像もしない一言。


「──家族だもん」


 浮かぶ笑顔は屈託なく、腹黒い策略など微塵も滲んでいない。
 家族だからと、ただそれだけの理由で俺に手を伸ばした弟。大きく音を立てて湖に沈んだ弟を見下ろし、数秒動きが遅れた。
 ハッと我に返ったのは、背後から聞こえた激情に塗れた獣人の声が起因だ。

 大きく「主様ッ!!」と叫び、獰猛な獣の如く咆哮を上げた獣人。獣人が咆哮を叫ぶのは滅多にないことで、それは極度の激情を抱いた時のみ放たれるものだ。

 その咆哮に背を押されるようにして湖に飛び込む。冷たい水が纏わりつく感覚が不快だったが、そんなことよりも胸の内を、感情を支配するものが目の前にあった。
 力無く沈んで行く小さな身体。柄にもなくがむしゃらに手足を動かし、懸命に手を伸ばして弟を抱き寄せる。

 初めて胸に抱いた弟は、目で見るよりもずっと華奢で儚かった。細い手足は握っただけでぽっきりと折れてしまいそうな程だ。
 苦しそうに歪む顔を見て、慌てて水面へと向かう。地上へ顔を出し弟の頭を肩に載せると、微かに咳込む音が聞こえてほっと息を吐いた。


「ルカ、ルカ……」


 小さく呼びかけながら水辺へ上がり、草の生えた地面に弟を……ルカを優しく横たわらせる。
 不規則に咳込み続けてはいるが目を覚ます様子はない。とにかく冷えた体を温めなければ、とルカの服を躊躇なく脱がせた。

 ジャケットを着せようとしてふいに思い出す。
 そういえば自分の服も濡れているのだった。どうしたものかと視線を彷徨わせた直後、ふいに死角から伸びた腕がルカを抱き上げた。


「あぁーあ、もう……僕のいないところで死にかけちゃダメでしょ、ご主人様ったら」


 反射的に懐からナイフを取り出し構えるが、目の前の男はそれに一切恐れる様子がない。
 それどころか、俺の存在すら認識していないようにも見える。ルカだけを見つめる黒い瞳には光が無く、この男が『切り裂きジャック』と語られた所以を微かに察した。


「……おい、ルカに妙な真似をしたら殺すぞ」


 男は低く呟く俺を一瞥したが、直ぐに興味無さげに視線を逸らしてルカを抱き締めた。
 全裸のルカを自身の服で包み込むその表情からは、いっそ狂気的なまでの執着と依存を感じて警戒心が強く募る。

 何故ルカは、こんな狂人を傍に置いておきながら正気を保っていられるのか。
 “コレ”はどう見ても危険な存在だ。仮に俺が先にコレを見つけていたとしても、恐らく側近として拾うことは絶対にないだろう。
 寧ろ早々にこの存在を排除すべく、肉壁として雇い裏で処分する……そんな遠回しな策さえ駆使してこの男を消すべく奮闘するに違いない。

 ……こんな化け物さえ魅了するのだから、ルカの真の力は未だ全く予測がつかない。


「……?これは……」


 ふいに視線を落とした先、放られていたルカのジャケットの胸ポケットから零れ落ちた小さな袋に気付き手を伸ばした。
 短いリボンで結ばれた透明な袋の中には、何やら色とりどりの飴が多く入っている。菓子を常備でもしていたのか?と首を傾げると、それに気付いたジャックが「あぁそれ」と語った。


「ご主人様がおにーさまの為に用意した飴だよ。それを渡しておにーさまと仲良くなるって張り切ってた」

「……」

「ご主人様ってばちょっとアホだよね。まぁアホ可愛いのが良いところなんだけど。マフィアの子供相手に飴で懐柔はないよねぇ」


 そう言いながら、ジャックはルカを抱き上げ立ち上がる。
 騒ぎを耳にしたらしい本館の者がこちらへ向かってくるのが遠目に見えた。気付くと継母は例の獣人奴隷に捕らえられており、何やら狂乱している。
 これだけのことを起こしたのだ。大義名分は十分だろう。あの女は近い内に、父上によって罰を下されここから追い出されるに違いない。

 ……五体満足でここを追い出されるなど、そんな生易しい罰で済めばの話だが。


「……ルカは別館へ連れて行け、本館では居心地が悪いだろう。後で医者を送る」


 俺の言葉に意外そうな表情を浮かべた男は、すぐにふわりと掴み所のない笑みを浮かべて頷いた。

 ジャックに抱かれて去り行くルカを、未練に塗れた視線を向けて見送る。
 駆け寄ってくる構成員達を適当に躱し、手の中に包んでいた小さな袋を見下ろした。
 色とりどりの飴が入った袋。これを俺に渡す為に用意したというのか。ベルナルディ家の後継者として恐れられる俺に、飴を渡して仲良くなろうと……。


「……ルカ」


 ──ルカ、ルカ。
 胸の内で名を紡ぐ度、湧き上がるのは温かな愛おしさのみ。
 この感情を愛おしさだと認めるまでに随分長く掛かってしまった。二年前のあの日に気付いていれば、あの脆く儚い弟を別館に冷遇するなど絶対に許さなかったというのに。

 許されたいなど望まない。兄として認められようなど思わない。
 ただ、これからはあの子に対する一切の冷遇も侮辱も決して見過ごさないと決意した。
 ルカは俺の存在を恐れている。それならば、俺からあの子に接触することはなるべく控えよう。
 ルカが望むものはきっと平穏だ。マフィアの家系に産まれた以上、そんなものは早々に諦めるべき夢物語だが……俺がルカに平穏を誓うのならば話は別。

 あの子を……唯一無二の弟を、必ずや守ってみせる。
 野望に染まった大人達からも、あの子が恐怖する兄である……俺からも。


「若様!先程気絶したルカ坊ちゃまを見掛けたのですが、一体何が……?」


 静かに覚悟を誓った時、ふいに慌てた様子で茂みからミケが現れた。
 ミケは周囲を軽く見渡し、全身を濡らした俺と狂乱した状態で取り押さえられた継母を見て数秒固まり、やがて全てを察したように眉を顰めた。


「まさかあの女、ついに実子であるルカ坊ちゃままで巻き込んだのですか?」

「……湖に落ちかけた俺をルカが救ってくれた」

「湖に落ちかけたぁ!?どうして……って、ルカ?今ルカって言ったか!?弟くんのこと嫌ってたんじゃ……──グハッ!」


 ギャーギャーと喧しく騒ぐミケの腹に拳を沈め、少しはマシな静けさが広がったところで足を進める。
 未だ獣人に押さえ付けられたままの継母のもとへ向かい、足元に見える女の醜い顔を見下しながら低く呟いた。


「……馬鹿な女だ。ルカを巻き込みさえしなければ、命だけは保証されただろうに」


 由緒ある公爵家の令嬢。その立場だけが、今までこの女の崖っぷちの命を確かなものにしていた。だがそれももう終わりだ。
 この女は俺の唯一を害した。ベルナルディの後継者たる俺の地雷とは、まさにベルナルディ家の地雷そのもの。ファミリーの宝を害した厳罰は必ずや受けて貰う。


「な、なに、どういうことよ、私は何もしていないわ!あの子が勝手に落ちたのよ!!」


 厚化粧を土や草で汚し、豪華に巻かれた髪を乱し、普段の絢爛な姿を派手に崩した女が狂ったように叫ぶ。
 どうやらこれ程までに後戻り出来ない所に来て、ようやく己の運命を悟ったらしい。


「……ルカを産んだことだけは、貴様の唯一の功績と言えるだろう」


 酌量の余地はある。
 この女はルカを産んだ。それに免じて、苦しませず一瞬で殺す程度の情けを与えることを一つの選択肢に加えてやっても構わない。


「……喜べ。ベルナルディの宝を害した貴様には、父上が直々に罰を下される筈だ」


 最後にそう吐き捨て、錯乱状態となった女に背を向けた。

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