23 / 241
一章
23.理想のスマートお兄さん、ミケ
てくてくっと部屋を飛び出した後。
庭園へ向かういつものルートを無意識に歩み、俺は玄関ロビーまでとことこやって来た。
ガウを探す旅というのはとうに忘れ去り、玄関の大きな扉の前に立つガウと遭遇するまでルンルンとお散歩気分だった俺。
振り返ったガウと目が合った瞬間、ハッと目的を思い出しててくてく駆け寄った。
「ガウ!さがしたぞ!」
つい数秒前まで忘れてたけど……なんてカッコ悪いことはもちろん言わない。
両手を伸ばしてガバッと飛び込むと、ガウは突如抱き着いた俺を楽々ぎゅっと受け止めてひょひょいっと抱き上げてくれた。うーむこれこれ、この屈強な身体を求めていたのだ。
「主様……!お目覚めになられたのですね、良かった……ですがもう起き上がって平気なのですか?」
「問題ない、俺はとっても元気だぞ。起きたらガウがいなかったから、探しにきたんだ」
「私のことを……申し訳ございません。私としたことが主様のお目覚めに立ち会うことが出来ず……!」
気にするでない、とガウのケモ耳をなでなで。うりうりーっと胸に顔を埋めて一頻り屈強な体躯を堪能した後、そういえばガウはなんで玄関に?とぱちくりしながら顔を上げる。
俺の顔を見て疑問を察したのか、ガウはチラリと背後を……扉を振り返りながら答えた。
「ちょうどつい先程、アンドレア様をお見送りしたところで……」
「むっ!?お兄さまはまだすぐそこにいるのか!?」
なぬっ!と目を見開いた俺を見下ろし、ガウは驚いたように瞬きながら頷く。
「えぇ、恐らく門はまだ越えてらっしゃらないかと……」と目を丸くして答えるガウにハッと息を呑んで、すぐに腕の中からぽすっと抜け出した。
「ガウはここにいろ!俺はお兄さまに挨拶をしてくるっ!」
慌ただしく指示を飛ばして扉を勢いよく開く。少し遠くに見える門の近くには、確かに数人の人影が見えた。あの至極色の長髪……間違いない、アンドレアだ!
ガウが何やら「病み上がりに走っては──!」だか何だか叫んでいるが、その制止を振り切ってがむしゃらに走り出す。
寝起きで身体が鈍っているのか、なぜだかちょっぴり怠くて眩暈もするけれど……そんなことは言っていられない。アンドレアがすぐそこにいるのだ。グダグダだった誕生日パーティーでの作戦の数々を挽回しないと!
「まって!待ってください!お兄さまぁ!」
今にも門を越えそうなアンドレアの背に大きく叫ぶ。
息を切らしつつぼやけた視界で目を凝らすと、微かにアンドレアが足を止めて振り向いたのが見えた。
よかった、呼びかけに気付いてもらえたみたいだ……とほっと息を吐いた瞬間。その一瞬の油断がいけなかったのか、ふと小さな石にぐいっと爪先が引っ張られた。
「あぴゃっ──!」
間抜けな声を上げた直後。顔からぺしゃーっと地面に突っ込み、漫画みたいに綺麗にズベサーッと素っ転んでしまった。
「ルカ……!」
ちーんと大の字で伏せた体勢で、数秒の沈黙が流れた後。
ふと遠くから聞こえた気がした焦りの滲んだ声は、きっと気のせいに違いないとすぐに聞き流した。その声は聞き覚えのあるものだったけれど……あの彼が俺をそんな声で呼ぶはずない、そう思ったから。
何やらドタドタと慌ただしい足音が近付いてくるけれど、当の俺は恥ずかしさと情けなさで一向に顔を上げることが出来ない。
ぷしゅーっと顔を真っ赤に染めながら、嗚咽を堪えた涙目でぷるぷると羞恥に耐える。こんなの全然マフィアの子っぽくない、全然かっこよくない!と心の中は大号泣反省会だ。
よりによって俺にとってのラスボス、アンドレアの前で恥を晒してしまうなんて。
嫌いな弟が目の前で素っ転んで、きっと今頃ワハハと笑っているに違いない。俺の恥を本館で言いふらして、物理的だけでなく社会的にも俺を殺そうとしているに違いない!
なんてことを考えながらぷるぷると地面に伏せていると、やがて近付いてきた足音がすぐ傍で止み、次の瞬間すっと伸びてきた手に両脇をぐいっと持ち上げられた。
ひょいっと強い力で抱き起され、地面にぺたんと座り込む。むぐぅと唇を引き結んで嗚咽を堪える表情が日の下に晒されると、何やら周囲から息を呑むような気配を複数感じた。
「……泣いているのか。そんなに痛かったか」
「泣いてないもん、痛くないもんっ……うぅ」
大きな手が不器用に俺の頭を撫でる。その仕草に涙腺が刺激され、必死の堪えも虚しくぽろぽろと大粒の涙が溢れ出してしまった。
鼻水さえ垂らした情けない泣き顔。それを晒して数秒、やがてふと『む、この手は一体……?』とそういえばな疑問を感じて視線を上げた。
その先にあった人形じみた美形を見て、思わずピタッと硬直する。俺を抱き上げて頭を撫でてくれていたのは、まさかの俺を嫌う兄、アンドレアだったのだ。
「お、おにいさま……」
あまりの驚きに涙さえ止まる。
びっくり仰天して固まる俺の顔には目もくれず、アンドレアは視線を下ろした先のただ一点を見つめてムッと眉を顰めた。
何か不愉快なものでも……?とビクビクしながら恐る恐る視線を追うと、そこには転んだ拍子に出来てしまったらしい小さな傷が。膝頭に出来た傷と僅かに零れる血を見て、俺はあちゃーっと眉尻を下げた。
自覚した瞬間ちょっぴり傷が痛みだしてきた。でもまぁ大丈夫か、このくらいの傷ならほっといても治るだろう。
適当にそんなことを考えてケロッとした表情を浮かべる俺とは裏腹に、なぜか転んだ当人ではないアンドレアの方がムスッと苦しげに顔を歪めている。
どうしたのだろうと首を傾げると、アンドレアはふいにちらりと振り返って、後ろに控えていた茶髪のイケメンに声を掛けた。
「……傷の手当てを」
低く紡がれた一言に「御意」と短く返すと、イケメンはそそくさと身を乗り出して俺の足元に跪く。
あわわっと慌てる俺の足を軽く手で押さえたイケメンが、どこからかスマートにガーゼやら何やらを取り出して俺の傷をちょちょいのちょいと手当てしてくれた。
瞬きの間に終了した手当てに思わずあんぐりと口を開く。
この有能なイケメンは何者だ……!?と浮かぶハテナに気が付いたのか、イケメンはふわっと爽やかに微笑んで軽く頭を下げた。
「許可なくおみ足に触れた無礼をお許しください、ルカ坊ちゃま。私、若様……アンドレア坊ちゃまの側近をしております、ミケと申します」
以後お見知りおきを、とこれまた爽やかに告げるイケメンの名はミケさんというらしい。
なんてかっこいいお兄さんなんだ。これぞ俺が目指す理想のスマート紳士ではないか……!と瞳をキラキラ輝かせながら前のめりに言葉を返す。
「ミ、ミケしゃっ……ミケッ、ミケさん!」
「ふふ。ミケと呼んで頂いて構いませんよ、ルカ坊ちゃま」
「ミ、ミケ!ミケ!おまえ、すっごくかっこいいな!クールでかっこいいぞ!」
ほわぁっ……!と頬を紅潮させつつ、ミケの手を両手で包み込んでぶんぶんっと揺らす。
俺の忙しない握手にも嫌な顔一つせず、むしろミケは微笑ましそうに頬を緩めて俺の握手を優しく受け入れてくれた。なんてこった、中身まで爽やかイケメンだなんて。
「そんなにかっこいい、ですか?外見はありきたりだとよく言われるのですが……」
「そんなことないぞっ!茶色の髪はふわふわでおしゃれだし、ミケの目は優しい色と形だからとっても好きだっ!すーっごくかっこいいぞ!」
ミケの容姿をありきたりだなんて言う目の狂った人間がいるなんて。
無造作に見えてしっかりセットされた茶髪はイマドキって感じですごくおしゃれ。小麦畑みたいな色の優しい垂れ目も、全体的に甘い相貌も、全部ぜーんぶとっても素敵なのに。
興奮を隠すことなく忙しなく語ると、やがてミケはぐぅっと喉を鳴らして俯いた。
顔を手のひらで覆って蹲る姿が心配でおろおろと声を掛けるが、やがて返ってきたのはよく分からない言葉だけ。
「すみません……あまりに清らかで無垢なオーラを一身に浴びたもので、目が潰れかけてしまいました……」
「なぬっ!だ、だいじょぶか!?ミケの目は綺麗だから、潰れるのはもったいないぞっ!」
そう言うと更に「ぐぅっ」と響く喉の音。
どうしよう、具合でも悪いのかな……とそわそわし始めた頃、ふいに死角から伸びた手にほっぺをむにゅっと鷲掴みされ、強引に顎クイならぬほっぺクイをされてしまった。
「うにゅ?」
「……そのアホが気に入ったのか?相変わらず見る目が無いな」
至近距離に表れたのは、なんだか不機嫌そうに顰められたとんでもない美形。
この手で頭を撫でられたことを思い出し、優しいのか怖いのかどっちなんだ……と困惑の視線をアンドレアに向けてしまった。
あなたにおすすめの小説
この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜
COCO
BL
「ミミルがいないの……?」
涙目でそうつぶやいた僕を見て、
騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。
前世は政治家の家に生まれたけど、
愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。
最後はストーカーの担任に殺された。
でも今世では……
「ルカは、僕らの宝物だよ」
目を覚ました僕は、
最強の父と美しい母に全力で愛されていた。
全員190cm超えの“男しかいない世界”で、
小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。
魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは──
「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」
これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!
ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。
「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」
なんだか義兄の様子がおかしいのですが…?
このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ!
ファンタジーラブコメBLです。
平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります。
※(2025/4/20)第一章終わりました。少しお休みして、プロットが出来上がりましたらまた再開しますね。お付き合い頂き、本当にありがとうございました!
えちち話(セルフ二次創作)も反応ありがとうございます。少しお休みするのもあるので、このまま読めるようにしておきますね。
※♡、ブクマ、エールありがとうございます!すごく嬉しいです!
※表紙作りました!絵は描いた。ロゴをスコシプラス様に作って頂きました。可愛すぎてにこにこです♡
【登場人物】
攻→ヴィルヘルム
完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが…
受→レイナード
和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。
処刑エンドの悪役公爵、隠居したいのに溺愛されてます
ひなた翠
BL
目が覚めたら、やり込んだBLゲームの悪役公爵になっていた。
しかも手には鞭。目の前には涙を浮かべた美少年。
——このままじゃ、王太子に処刑される。
前世は冴えない社畜サラリーマン。今世は冷徹な美貌を持つ高位貴族のアルファ。
中身と外見の落差に戸惑う暇もなく、エリオットは処刑回避のための「隠居計画」を立てる。
囚われのオメガ・レオンを王太子カイルに引き渡し、爵位も領地も全部手放して、ひっそり消える——はずだった。
ところが動くほど状況は悪化していく。
レオンを自由にしようとすれば「傍にいたい」と縋りつかれ、
カイルに会えば「お前の匂いは甘い」と迫られ、
隠居を申し出れば「逃げるな」と退路を塞がれる。
しかもなぜか、子供の頃から飲んでいた「ビタミン剤」を忘れるたび、身体がおかしくなる。
周囲のアルファたちの視線が絡みつき、カイルの目の色が変わり——
自分でも知らなかった秘密が暴かれたとき、逃げ場はもう、どこにもなかった。
誰にも愛されなかった男が、異世界で「本当の自分」を知り、運命の番と出会う——
ギャップ萌え×じれったさ×匂いフェチ全開の、オメガバース転生BL。
余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない
上総啓
BL
ある日トラックに轢かれて死んだ成瀬は、前世のめり込んでいたBLゲームの悪役令息フェリアルに転生した。
フェリアルはゲーム内の悪役として15歳で断罪される運命。
前世で周囲からの愛情に恵まれなかった成瀬は、今世でも誰にも愛されない事実に絶望し、転生直後にゲーム通りの人生を受け入れようと諦観する。
声すら発さず、家族に対しても無反応を貫き人形のように接するフェリアル。そんなフェリアルに周囲の過保護と溺愛は予想外に増していき、いつの間にかゲームのシナリオとズレた展開が巻き起こっていく。
気付けば兄達は勿論、妖艶な魔塔主や最恐の暗殺者、次期大公に皇太子…ゲームの攻略対象者達がフェリアルに執着するようになり…――?
周囲の愛に疎い悪役令息の無自覚総愛されライフ。
※最終的に固定カプ