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一章
25.一難去って、
アンドレアをしっかりとお見送りして邸内へ戻った後。
心配性のガウとジャックに半ば押し込められるようにしてベッドに戻った俺は、ガウの手でリンゴをあーんされながらぐぬぬと考え込んでいた。
「むぅ……もぐもぐ。やっぱり妙だ。もぐもぐ。絶対におかしい……もぐ、ごくんっ」
一口サイズにカットされたリンゴをもぐもぐ食べながら呟く。
腕を組んで唸る俺の肩にブランケットを掛けたガウが、きょとんと首を傾げながら「何が妙なのですか?」と問いを紡いだ。普通そうにしているけれど、手元はリンゴをカットする動きで忙しない。
よくぞ聞いてくれた!とえっへんしつつ、俺はぱちくり瞬くガウに答えた。
「うむ。お兄さまとお父さまが来てたって言ってたろ?」
「えぇ。ですが、それの何が妙なのでしょうか……?」
「すっごくおかしいだろ。だって二人は俺を嫌っているのに、なんでわざわざお見舞いなんて来てくれたんだ?こりゃあ何か企んでいるに違いないぞ!」
俺を心配して見舞いに来てくれた、なんてのは一番有り得ない推測だから前提としてポイッと排除するとして……それじゃあ、あと考えられる説を挙げるなら一つだけだ。
それはずばり『罠』!二人は何らかの策略を企て、俺を陥れるべく手を組んだ……そういう魂胆に間違いない。
お見舞いで何をどう陥れるねーん、というツッコミは無しだ。俺の賢すぎる頭では、そんな簡単な策略を見抜くことは逆に出来ないのである。逆にね。うむ。
さてどうしたものかね、と溜め息を吐く俺の口元にリンゴを持ってきながら、何やら黙って俺の話を聞いていたガウが困ったように眉尻を下げた。
ガウにしては珍しく、俺の発言に何か言いたげな様子だ。どうした?とぱちくり瞬いて喋りやすい空気を作ると、ガウは恐る恐るといったように答えた。
「……いえ、すみません。どうしても分からなくて……そもそも主様は何故、ご家族に嫌われていると思い込んでいらっしゃるのか……と思いまして」
「む?思い込み……?」
心底理解できない、とでも言うようにハテナを浮かべるガウ。
思い込みやら何やらという言葉を聞いて数秒逡巡し、やがてガウの思考を察してははーんなるへそと頷いた。そうか、小説の設定を知っているのは俺だけだし、ガウの方こそ勘違いしてしまっても無理はないか。
どうやら純粋なガウは、二人が本当にただただ俺を心配してお見舞いに来たのだと思い込んでいるらしい。
のんのん、である。ここはそんじょそこらの貴族ではなく、マフィアの舞台なのだ。マフィアの怖い人達が、ただ心配なだけでお見舞いなんて来るはずなかろうが。
「まったくガウはいいやつだなー。俺、ガウのそういう純粋で優しいところだいすきだぞ!」
「……?純粋、優しい……?あぁ、主様のことですね。えぇ、私は主様の無垢な御心を敬愛しております」
む?なんか話が噛み合ってない気がするけれど……まぁいっか!
食い違いとか色々、そういうこともあるよね、とうんうん頷いてニコッと笑う。純粋で優しいガウの頭をいい子いい子―と撫でてあげると、ガウは猫みたいに喉を鳴らして微笑んだ。
「なんにせよ、別にいいんだ!俺にはガウやジャックがいるからな。俺の家族はここにいる。だから問題なしだ」
毛布を放ってガウにむぎゅーっと抱き着く。
ガウは慌てた様子でリンゴの入った皿をサイドテーブルに置くと、すぐに俺をぎゅっと抱き締め返してくれた。うむ、ぽかぽかで最高だ。
もふもふの耳に顔を埋めてうりうりはむはむ。そんな極楽を思い切り満喫していると、ふいに背後からそっと抱き着かれてハッと飛び上がった。
「むむっ、なにやつ!」
まったく気配を感じなかったことに冷や汗を掻きながら振り返り、そこにいた人物を見てへにゃあっと力を抜いた。
「そーそぉ。ご主人様には僕がいるからだいじょーぶ!ご主人様に手を出すお馬鹿さんたちは、ぜーんぶ僕がぶっ潰してあげるからねぇ」
なーんだジャックだったのか。そろりそろりって来ないで、普通に声を掛けながら来てくれればよかったのに。
それにしても相変わらず物騒なやつだ、と溜め息を吐きながらのそのそと動き出す。ガウから腕を離してスルッと体を捻り、今度はジャックに正面から抱き着いた。
「ありがとうジャック。でもぶっ潰すのはほどほどにな。万が一ジャックがケガでもしたら、俺……悲しくなっちゃうぞ」
初めて会った時のジャックを思い出し、へにゃりと力無く眉尻を下げて呟く。
血塗れのジャックを初めて見た時は、正直それほど感情は動かなかった。痛そうだなとか、人並みの同情を抱いただけで。
けれど今は違う。今は……ジャックが少しでもケガをするだけで辛い。家族が傷付く光景を見て喜べるはずがないから。
しょんぼりと伏せがちに呟く俺を見下ろし、ジャックは真ん丸に見開いた目を瞬いて、やがてふにゃりと微笑んだ。
「……僕が怪我をするかもって?ご主人様は本当に面白いねぇ」
甘く蕩けるような笑みに首を傾げる。こっちは本気で心配しているってのに、面白いとはなにごとか。
ぷくっとクールにほっぺを膨らませる俺を見て更に笑みを深めたジャックは、何やら妖艶にぺろりと舌なめずりをして囁いた。
「僕の傷なんて、ご主人様が舐めてくれれば一発で治っちゃうよ?」
耳元で囁かれた瞬間、ぞぞぞわぁーっと波打つみたいに鳥肌が立つ。
近付いてくるジャックの顔を片手でぺちっと叩いて、動きが止まった隙にガウの腕の中に避難した。
「やばいぞガウ。ジャックのやつ、なんかすっごく変態だぞ!」
「いつも通りです。ご安心を」
子供を宥めるみたいによしよしと頭を撫でるガウにジトッとした目を向ける。
ガウもガウで、なんかちょっぴりズレてるんだよなぁ……。なんて思いながらふすふすと直前までの勢いを消沈させた。安心なんて出来るわけなかろうが、である。
「あ、そうだ。ねぇねぇご主人様、僕これ渡しに来たんだった。ご主人様が可愛すぎるせいですっかり忘れてたぁ」
ガウの屈強な胸に顔を埋めてふすふすと筋肉を堪能していた時、ふと背後から伸びてきた腕にムムッと警戒の目を向けた。
けれどそれも、ジャックの言葉を聞いてすぐに緩める。ふむふむ、何を渡しに来たって?
くるりと体を捻り、ジャックから差し出されたそれを受け取る。
渡しに来た何かというのは、どうやら手紙のことだったらしい。手紙が届くなんて珍しいな、と思いながら封を裏返す。えーっとなになに、差出人は……。
「お、おっ、お父さまぁっ!?」
差出人の欄に書かれた『アロルド』という名を読み、あまりの衝撃に思わずギョッと飛び上がった。
アロルド・ベルナルディは、ベルナルディ家の当主である父の名だ。俺を嫌う人間の筆頭である父親から手紙が届くなんて……はっ!もしやあれか?とビクビク青褪める。
誕生日パーティーでの数々の失態、アンドレアを結局守り切ることが出来ず、湖に飛び込ませてしまった件についてなどなど……。
挙げればキリがないが、つまり父は、その色々な失態を口実に俺を追い出そうとしているんじゃ?この手紙もきっと、その策にかかわる何らかの重大事項に違いない。
「うぅっ……怖いけど、読んでみないと始まらんっ……」
涙目になりながらも、なんとか覚悟を決めて封を開ける。
そこに入っていた一枚の手紙には、たった一文の内容が淡々と記されていた。
「ふむふむ……『体調が治り次第本館へ来るように』……」
読み終えた瞬間、ぺらりと床に落ちる一枚の手紙。
ベッドから崩れ落ちた俺は、がっくしと絶望のポーズを決めながら呟いた。もはや顔は蒼白を優に超した真っ白けで、死を覚悟した面持ちだ。
「──おわった……」
我が生涯に悔いありまくり、である。がっくし……。
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