26 / 241
一章
26.親バカ主とのほほん坊ちゃま(リノ視点)
『明日本館に伺います』という手紙が返ってきた日の翌日……つまり、ルカ坊ちゃまが本館へいらっしゃる当日の朝。
普段ならばとうに執務机について作業を始めているはずの我が主は、鏡に向き合い髪を整えたり“礼の品”を確認したりと何やら忙しないご様子。
ちょこまかと室内を歩き回る姿が視界の端にチラチラと映り、正直少々ウザったいが……コホンッ、まさか主にそのような戯言を吐けるわけもない。
「主様。そう心配せずとも、ルカ坊ちゃまはもう直ぐいらっしゃいますよ」
「……そんなことは分かっている。心配などしていない」
それはどうだか……と苦笑を隠しながら笑みを湛えて静かに待機すること数分。
やがて、窓の外を見下ろしていた主がふいにピクッと肩を揺らして姿勢を正した。何事かと視線を追い納得する。どうやらついにルカ坊ちゃまがいらっしゃったようだ。
てくてくっと愛らしく門を越える姿を見つめていると、ルカ坊ちゃまの後ろを微笑ましそうに頬を緩めて歩いていた側近の一人が、ふいに鋭い視線をこちらに向けた。
「おや、アレはまた……」
ここから門へはかなりの距離があるはずだが、どうやらその側近はこちらから向けられる視線を目敏く察したらしい。
流石は王国中を恐怖の渦に陥れた『切り裂きジャック』と言ったところか。しかしルカ坊ちゃまを見つめる愛おしげな瞳と、我々に向ける視線には見たところ随分な差があるようだが……あの男の二面性は未だ底が知れない。
「……切り裂きジャックか。そういえば、アレの監視はどうなっている?あの子に危害を加える様子は無いのか?」
鋭い睨みを向けられたことで普段の調子を取り戻したのか、ふいに主が冷静な声音で問いを紡いだ。
アレの監視というのは、ルカ坊ちゃまに害が無いかを確認するため、主が切り裂きジャックの監視を命じた件についてのことだ。
主はその命令を『ベルナルディを害する者かどうかの確認』と言っていたが……傍から見ればどう考えても息子を心配する親バカの図だ。本人は無自覚のようだが。
「えぇ。今のところルカ坊ちゃまに危害を加える様子はありません。寧ろルカ坊ちゃまにはかなり執着しているようで……恐らく、完全に惚れ込んでいるかと」
例の誕生日パーティーが行われた日から数日。
部下に指示を出して切り裂きジャックを見張らせていたが、報告はどれも同じものだった。
“切り裂きジャックはルカ坊ちゃまに心酔しており、万が一にも裏切る様子は無い”
その報告については以前にも伝えたはずだが、どうやらこの親バカは側近である私の報告さえ信用ならないらしい。
それほど心配ならばご自分の目で確認すれば良かろうに……などと側近の分際で考えたりもするが、口にすることはしない。己の心情なのだから、主にはご自身で自覚なさってもらわねば。
「心酔……当然だな。あの子はベルナルディの血を引く人間だ。切り裂きジャックとて、あの子の魅力に逆らうなど出来るはずもなかろう」
自慢げなそのドヤ顔を鏡で見れば、少しはご自分の気持ちを自覚してくれそうなものだが……いや、この朴念仁がそう上手く本音を自覚出来るわけもないか。
例の誕生日パーティーの日以来、身を挺して若様を救ったルカ坊ちゃまに完全に堕ちたらしい主は、飽きもせず毎日のようにルカ坊ちゃまの近況を問い質してくる。
あの無口な若様が夕食の度にルカ坊ちゃまの愛らしい行動を自慢げに話すものだから、主はその姿を想像して勝手にルカ坊ちゃまに入れ込んでいるようだ。
……なんて憐れな我が主。散々ルカ坊ちゃまを冷遇してきたのだから、当然あちら側からは嫌われているはず。
だがしかし、それも主の今までの選択。ご自身の判断なのだから、ご自身でしっかりとケジメをつけて頂かなければ。
「……えぇそうですね。それよりも我が主、どうか忙しなくちょこまかと動いていないで席に着いてください。ルカ坊ちゃまに情けない姿を晒すおつもりですか」
愛する息子に会える高揚感からか、それとも緊張からか……先程からウザったく動き回る主に半ばうんざりした声音を紡ぐ。
普段ならば『側近如きが苦言を呈すとは何事か』と重い拳を私に放っているところだが、主は相当緊張しているのか眉を顰めることなくそそくさとソファに腰掛けた。
「……あの女の監視を厳重にしておけ」
扉をチラチラと確認していた主がふいにぽつりと零した命令。それに思わず目を丸くする。
突然どうしたのか、と首を傾げたがすぐに理解した。なるほど、ルカ坊ちゃまが本館にいらっしゃるからか。
ベルナルディ家の宝と言える後継者の若様と、次男のルカ坊ちゃま。お二人を同時に危険に晒したあの女は、例の日以降主によって本館の隅に幽閉された。
実母があれだけ醜い人間だなどと、そのような不快な現状をルカ坊ちゃまに悟られたくないのだろう。主の御心を理解して微かに頬を緩めた。
「……御意」
ベルナルディ家に情など無い。親子間であれど、そこにあるのは徹底した上下関係と厳しい教育のみ。
だがしかし、その通例に則っていると錯覚しているらしい我が主は、傍から見るとただの“父親”としか思えない。
当人はその事実を自覚していないようだが。
不器用な主に眉尻を下げて微笑みを浮かべた直後、ふいに複数の気配が部屋に近付いてきたことに気付き背筋を伸ばした。
ついにお待ちかねの客人が到着したらしい。出迎えをすべく扉に近付くと、何やら小声で騒ぐ数人の声が聞こえてきた。
「──むっ、俺がノックするのか?ま、まて、心の準備が……」
「──大丈夫だよご主人様ぁ。ほら、ひっひっふー!言ってごらん?」
「──いい加減にしろ変態、それは陣痛を和らげる呼吸法だ」
おやおや、と苦笑を浮かべて振り返る。案の定、幼稚な作戦会議を耳にしたらしい主は呆れた様子で眉間を押さえていた。なんにせよ緊張が解れたようで何よりだ。
あと数分は続きそうな作戦会議を待つ時間も無いので、容赦なくガチャリと扉を開けて顔を覗かせる。
突然開いた扉に驚いたのか、部屋の前に立っていたルカ坊ちゃまはピンッと毛を逆立てた猫のように硬直していた。小動物に似ていて愛らしい。
「お待ちしておりました。当主がお待ちです、どうぞ中へ」
なるべく怖がらせないよう満面の笑みで声を掛ける。
これがどうやら正解だったようで、ルカ坊ちゃまは安心したようにほっと息を吐いて、微塵も警戒する様子もなくとことこと部屋へお入りになった。
……警戒心が全く感じられなくて逆に不安になる。無防備すぎて心配だ……。
なんて思ったが、その無防備な姿こそが輩を虜にする魅力なのだとすぐに悟る。主のもとまで進んだルカ坊ちゃまが、カクカクとした動きで挨拶をした瞬間に私は全てを理解した。
「──しっ、失礼しましゅっ!りゅかでしゅっ!」
お遊戯会かな?と錯覚するほどの稚拙な挨拶。深く頭を下げすぎて勢いのままにコロンッと前転した小さな身体。
ぽすっとダンゴムシのように倒れ込み、自分でも何が起こったか分からない様子できょとんとするルカ坊ちゃまの表情。
それを見てグハッと呻き、鼻血を吹き出す我が主。
あぁ……もう何から何まで全てがグダグダだ。
ここは呆れるところだというのに、私としたことが、思わずふにゃあっと頬を緩めてしまった。
あなたにおすすめの小説
この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜
COCO
BL
「ミミルがいないの……?」
涙目でそうつぶやいた僕を見て、
騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。
前世は政治家の家に生まれたけど、
愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。
最後はストーカーの担任に殺された。
でも今世では……
「ルカは、僕らの宝物だよ」
目を覚ました僕は、
最強の父と美しい母に全力で愛されていた。
全員190cm超えの“男しかいない世界”で、
小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。
魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは──
「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」
これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!
ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。
「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」
なんだか義兄の様子がおかしいのですが…?
このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ!
ファンタジーラブコメBLです。
平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります。
※(2025/4/20)第一章終わりました。少しお休みして、プロットが出来上がりましたらまた再開しますね。お付き合い頂き、本当にありがとうございました!
えちち話(セルフ二次創作)も反応ありがとうございます。少しお休みするのもあるので、このまま読めるようにしておきますね。
※♡、ブクマ、エールありがとうございます!すごく嬉しいです!
※表紙作りました!絵は描いた。ロゴをスコシプラス様に作って頂きました。可愛すぎてにこにこです♡
【登場人物】
攻→ヴィルヘルム
完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが…
受→レイナード
和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。
処刑エンドの悪役公爵、隠居したいのに溺愛されてます
ひなた翠
BL
目が覚めたら、やり込んだBLゲームの悪役公爵になっていた。
しかも手には鞭。目の前には涙を浮かべた美少年。
——このままじゃ、王太子に処刑される。
前世は冴えない社畜サラリーマン。今世は冷徹な美貌を持つ高位貴族のアルファ。
中身と外見の落差に戸惑う暇もなく、エリオットは処刑回避のための「隠居計画」を立てる。
囚われのオメガ・レオンを王太子カイルに引き渡し、爵位も領地も全部手放して、ひっそり消える——はずだった。
ところが動くほど状況は悪化していく。
レオンを自由にしようとすれば「傍にいたい」と縋りつかれ、
カイルに会えば「お前の匂いは甘い」と迫られ、
隠居を申し出れば「逃げるな」と退路を塞がれる。
しかもなぜか、子供の頃から飲んでいた「ビタミン剤」を忘れるたび、身体がおかしくなる。
周囲のアルファたちの視線が絡みつき、カイルの目の色が変わり——
自分でも知らなかった秘密が暴かれたとき、逃げ場はもう、どこにもなかった。
誰にも愛されなかった男が、異世界で「本当の自分」を知り、運命の番と出会う——
ギャップ萌え×じれったさ×匂いフェチ全開の、オメガバース転生BL。
余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない
上総啓
BL
ある日トラックに轢かれて死んだ成瀬は、前世のめり込んでいたBLゲームの悪役令息フェリアルに転生した。
フェリアルはゲーム内の悪役として15歳で断罪される運命。
前世で周囲からの愛情に恵まれなかった成瀬は、今世でも誰にも愛されない事実に絶望し、転生直後にゲーム通りの人生を受け入れようと諦観する。
声すら発さず、家族に対しても無反応を貫き人形のように接するフェリアル。そんなフェリアルに周囲の過保護と溺愛は予想外に増していき、いつの間にかゲームのシナリオとズレた展開が巻き起こっていく。
気付けば兄達は勿論、妖艶な魔塔主や最恐の暗殺者、次期大公に皇太子…ゲームの攻略対象者達がフェリアルに執着するようになり…――?
周囲の愛に疎い悪役令息の無自覚総愛されライフ。
※最終的に固定カプ