異世界マフィアの悪役次男に転生したので生き残りに励んでいたら、何故か最強の主人公達に溺愛されてしまった件

上総啓

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一章

28.行方不明の攻め主人公

 
 父とおさかな交換の約束をしたところで、ようやく互いに冷静さを取り戻しソファにそそくさと腰掛けた。
 何事もなかったかのように鼻血をふきふきする父をなるべく見ないように視線を逸らすと、先に居た腹黒眼鏡と偶然バチッと目が合ってしまった。

 気まずくてそろりそろりと視線を外そうとしたけれど、腹黒眼鏡がいかにもこっちに気付いてます!といった感じでニコニコッと笑顔を浮かべたので無理だった。
 ここで目を逸らしたら失礼なやつだと思われてしまう……。
 仕方なくへらぁっとふにゃけた笑顔を向けて耐え忍ぶことに。すると笑顔を見た腹黒眼鏡が突然苦しそうに悶え苦しみだした。急にどうしたのだろう。大丈夫かなそわそわ。


「……ルカ」

「ふぇ、は、ひゃいっ!」


 ウグゥッと呻く腹黒眼鏡を訝しげにじーっと見つめていると、ふいに父に呼びかけられて慌てて返事をした。どうやら鼻血ふきふきは無事に終わったらしい。
 さっきまでの鼻血たらーな蒼白顔はどこへやら。ファミリーの当主らしい冷徹な顔つきを取り戻した父は、優雅に足を組んで低音を紡いだ。うーむダンディ。


「病み上がりに呼び出してすまない。アンドレアを二度も危機から救ったと聞いて……是非礼をしたいと思ってな」

「うぇ、あぅっ……そ、そんな!ぼくはなにも……」


 驚いた。父が俺に謝罪の言葉を口にするなんて。
 てっきり今までのやらかしを丁寧に連ねられてベルナルディ家からの追放を言い渡されると思っていたのに。最悪の場合、母と一緒にザマァエンドの処刑展開だと思っていたのに。

 無表情だけれどどこか柔らかさの滲む顔からは、今にも俺を殺しそうなマフィアとしての色は見受けられない。
 まさか本当に、ただ純粋な気持ちで俺に『礼』をしようとしているのだろうか?そんな都合の良い考えがふいに湧いてしまった。


「……子供の好みには詳しくない。気に入らなければ、捨てるなり燃やすなり好きにしろ」


 僅かにぷいっと顔を背けて呟く父。なんてこった、どうやら父は本当にお礼の品を用意してくれたらしい。
 殺されるのはまだ先なのかな?とほっとしながら、腹黒眼鏡がどこからかガサゴソと何かを取り出す様子をじっと見つめる。なんだろう、この堅物そうな父のことだから、文房具とか勉強用の紙とかをくれるのだろうか。

 勉強はあんまり好きじゃないから、文房具や紙をもらったらお絵描きに使おう。
 最初はガウとジャックを描こうかなーなんてのほほんと考えていると、やがて腹黒眼鏡が何かを抱えてこちらに向かってきた。

 ……む?なんだアレ、なんかもふもふしてるな……しかもちょっと動いてる……?


「どうぞルカ坊ちゃま。当主からのプレゼントでございます」

「あ、どうもどうも……──って、ふぁっっ!?」


 腹黒眼鏡から受け取ったもこもこもふもふな何か。
 もぞもぞ動く感触にちょっぴりビビりながらそれを腕に抱き、これは一体なんじゃろか?とわたあめみたいなもふもふをそっと覗き込む。
 その瞬間、もふもふなわたあめから覗いたクリッとした赤い瞳を見て思わず飛び上がった。


「わ、わっ、わんこっ!もふもふわんこっ!」


 なぬーっ!?と慌ててもふもふを抱え込む。物だと思って適当に抱えていたけれど、わんこなら話は別だ。落とさないようしっかり抱いてあげなければ。

 というかこの冷徹パパ、捨てるなり燃やすなりとは何事かっ!
 わんこなんだから燃やしちゃアカンやつやんけー!とエセ関西弁で思わず心の中でツッコんでしまった。直接言うのは怖いからちょっとね。
 ふすふすとツッコミの勢いをフェードアウトさせながら俯く。酷いおじさんたちに囲まれて怖かったよねーとわんこをなでなでしていると、やがて父が淡々とわんこについての説明を語り始めた。


「数日前に起こった抗争の現場で拾った。一時は邪魔なので殺そうと思ったのだが、お前にあげてはどうかとリノに勧められたものでな」

「……主様。そう事細かに説明せずとも良いかと。ルカ坊ちゃまがドン引きしておられます」

「……?な、なぜだ。言葉足らずを改善しろとアドバイスしたのはお前だろう。なぜルカに引かれねばならない……」


 うそーん、パパってばほんとにわんこを殺そうとしたの?時代が時代なら生類を憐れむ将軍さまに首を斬られてるところだよ?

 なんてジトーッと白けた目を向けると、父は俺の反応を見てあわあわと焦りを滲ませ振り返った。腹黒眼鏡と何やら話している様子だ。
 ヒソヒソと小声なものだから話の内容はよく聞こえない。仕方ないので二人から視線を逸らし、腕の中に抱いたわんこに目を向けた。


「わんこ、怖かったな……もうだいじょぶだからな、よしよし」


 わたあめみたいにふわふわの真っ白な身体と、くりくりとした赤い瞳。
 ずっと鳴き声を発していないわんこが少し心配になったけれど、俺に撫でられてぶんぶんっと尻尾を揺らしているのを見てほっと息を吐いた。とりあえずはちゃんと動けるみたいで安心だ。

 マフィアの抗争の現場で見つかったということは、とんでもない地獄絵図を目の当たりにしたに違いない。もし殺し合っていた構成員の中に飼い主がいたなら……このわんこはもう、家族を失ったということになるだろう。
 もしかすると、飼い主の無惨な亡骸さえ目にしてしまったかもしれない。


「俺が家族になってやる。たくさんご飯を食べて、いーっぱい遊ぼうな」


 もふもふの毛並みに顔を埋めて囁くと、わんこは嬉しそうに赤い目を細めて頬擦りを返してくれた。言葉が分かるのかな?そんじょそこらの人間よりも賢いわんこのようだ。

 ……それにしても、赤い瞳のわんこって、よく考えたらかなり珍しい気がする。

 そういえば“彼”も赤い瞳だったような──


「──グルルルルッ!」

「ん……?んっ!?ガウ、どうした!?虎さんになってるぞ!」


 ぺろぺろっと俺のほっぺを舐めるわんこを笑いながら宥めていると、ふいに背後から聞き慣れた獣の声が聞こえてハッと振り返った。
 さっきまで普通に立っていたはずのガウが、なぜか獣化を起こしてわんこを睨み付けている。鋭い牙と爪を生やして、今にも全身を毛で覆う勢いだ。
 今までも、ガウは興奮した時や怒りを覚えた時に軽い獣化を起こした。けれど、ここまで激しい獣化を引き起こしたことは一度も無かった。

 だというのに、ガウはどうしてわんこを見て獣化を……?


「おや?主様、ルカ坊ちゃまの側近が獣化を起こしたようです」

「……突然何事だ。部屋を荒らされる前に放り出せ」


 荒々しく唸るガウに父や腹黒眼鏡も気付いたようで、父は呆れた様子で腹黒眼鏡にガウを追い出させようとする。
 それを見て慌ててガウを庇うように前に出ると、振り向きざまジャックに「ガウを外に連れてって!」と叫んだ。

 いくら怖くっても、ガウが乱暴に追い出されてしまうのは見過ごせない。震える足を叱咤してなんとかジャックに優しくガウを連れだしてもらい、ほっと息を吐いた。


「ご、ごめんなさいお父さま……ガウは悪気があってぐるぐるしちゃったわけじゃ……」

「ぐるぐる……」

「ぐるぐる……」


 ガウへのお仕置きは許してー!と涙目でお願いするが、なぜか父も腹黒眼鏡もぼけっとしながら『ぐるぐる』という言葉を繰り返した。
 な、なんだよぅ、ガウのやつぐるぐる言ってたじゃんかよぅ。

 ぷしゅーっと顔を赤く染めながらわんこをもふもふ、はむはむ。さっきから何度も続けてしまっているやらかしを思い返して羞恥で震えていると、ふいに廊下からとんでもなく慌ただしい足音が響いてきた。
 ガウやジャックのものとは違う。本館の人かな?と首を傾げると、大きな足音を不快に感じたらしい父がピクッと眉を顰めた。


「──当主ッ!ご報告が……!」


 案の定、やってきたのは見慣れない屈強な構成員。ここは父の執務机だけど、ノックとかしなくていいのかな?なんて思ったが、やっぱりその心配は杞憂ではなかったらしい。


「ノックもせず何事ですか?当主の前で無礼な……」

「も、申し訳ございませんッ!緊急のご報告でして……!」


 腹黒眼鏡が怜悧な表情で低く語る。あのニコニコ眼鏡、あんな怖い顔も出来たのか……。
 ついさっきまでの呑気な空気と一転、突如緊迫感のあるマフィアの空気になったことにビクビクと怯えながら口を噤む。
 わんこを抱き込んでむぐっと唇を引き結び、そそくさと縮こまって気配を消した。


「例の抗争を最後に、ヴァレンティノの後継者が行方を晦ましたと……!」


 腹黒眼鏡の絶対零度な視線にギリギリで耐えた構成員は、カタカタと震えながらも気丈に報告を口にした。
 その内容が紡がれた途端、執務机の空気がピリッと突如切り替わる。驚きの表情を浮かべたのは彼らだけではなかった。


「──……“攻め主人公”が、行方不明?」


 ぽつりとした呟きは、たぶん腕の中に抱いていたわんこにしか聞こえなかったと思う。
 原作にそんな展開あったっけ……?と焦りで体に嫌な力が籠る。ぎゅうっと強く抱き締め過ぎたのか、ふいにわんこが小さく声を上げたことでハッと我に返った。


「ご、ごめんよわんこ、痛かったか……?」

「きゅーん」


 ぺろぺろ、と俺の手を舐めるわんこ。慰めてくれているのだろうか?思わず頬が緩む。
 よしよしともふもふを撫でてあげると、赤い瞳がふにゃりと細められる。うーん……やっぱりなーんか既視感があるんだよなぁ……。


「むむぅ……わんこ、誰かに似てるって言われないか?」

「きゅーん?」


 可愛らしく首を傾げるわんこ。どうやら誰かに似ていると言われた経験は特に無いらしい。
 それじゃあ気のせいかな……とぱちくりしてふいにハッと思い出した。そうだ、さっきも何となく感じたじゃないか。



 ──このわんこ、“攻め主人公”のロキ・ヴァレンティノに似ているんだ。



「お前、もしかしてあれだな?いいとこのペットだろー」


 なるへそ、このわんこは攻め主人公に近しい人間のペットに違いない。
 ペットは飼い主に似るって言うし、つまりそういうことなんだろうな。デジャヴが解決してスッキリである。

 ……なんてふんふふーんと上機嫌にわんこを撫でる俺は、すっかり忘れていた。

 ついさっきガウが獣化を起こしたこと。
 獣化によって興奮状態を起こす原因の一つには、『格上の獣人の気配を感じた時』という状況が含まれていることを。

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