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二章
41.お魚さんもふもふ談議
「むん……さめさん……」
目の前に怖いパパが座っているというのに、腕の中に抱いたサメさんへの高揚感が抑えられない。
ほくほくとした空気を纏いながらサメさんをむぎゅむぎゅ。サメさんのお陰で少しは緊張も解れてきたので、今度はあわわっとならず冷静に父を見据えた。
ついさっきグハッと鼻血を吹いて倒れた父だったが、すぐに腹黒眼鏡の応急処置を受けて復活し、今はこうして何事もなかったかのようにスンと椅子に腰掛けている。
その場しのぎの慰めで差し出されたかと思われたサメさんは、どうやら本当に父からのプレゼントだったらしいし……うーむ、父の目的がいまいちよく分からないな。
俺をこうして本館に閉じ込めたってことは、きっと本館の敷地内に侵入したことを口実に俺を殺そうとしているのだろうと思っていたけれど……サメさんのこともあるし、父の本心がよく分からなくなってきた。
「ルカ坊ちゃま。少々宜しいでしょうか?主様がお話をしたいとのことで」
「むっ、は、はい!」
「あぁ、サメさんは抱いたままで構いませんよ。怖いおじさんとお話する際に一人では心細いでしょうから」
サメさんをむぎゅむぎゅしていると、ふいに腹黒眼鏡にそっと声を掛けられ慌てて頷く。
父と話をするならサメさんは手放しておいた方がいいか、と隣にサメさんを置こうとすると、それを察したらしい腹黒眼鏡に止められてハッとサメさんを腕の中に戻した。
ニッコリ笑顔にちょっぴりムスーッとしてしまうけれどグッと堪える。なんだろう、腹黒眼鏡の話し方って、なんだか揶揄われているみたいで苦手なんだよなぁ……。
サメさんをむぎゅっと抱きなおして視線を上げる。
父と目が合ったかと思うと、当の父はムッと顔を顰めてぷいっと視線を逸らしてしまった。
やっぱり俺、ものすごく嫌われているみたいだ……。耳が赤く火照っているのは怒りの証拠だろうか?あまり刺激しないようにしないと。
「……あの、お話って……」
サメさんのヒレをちょいちょいっと触って不安を誤魔化しながら尋ねる。
眉尻を下げて答えを待つ俺を見下ろした父は、スッと目を細めた無表情で低く答えた。
「……サメで良かったのか?」
「へ?」
「……魚は嫌いだった筈だが、サメは怖くないのか?」
父がお話をしたいというから何事かと思えば、まさかその内容がサメさんについてだったなんて。予想外の問いにポカンとしながらも、なんとか我に返ってこくこくっと頷く。
「本物はこわい、けど……もふもふのサメさんは、すきです。魚も……もふもふなら、なんでもすき」
サメさんをもふもふっと撫で回しながら言うと、父はその様子をジーッと見つめて「……そうか」と頷いた。無表情から一向に表情が変わらないから、何を考えているのかいまいちよく分からない……。
何も掴めない雰囲気のまま沈黙が流れ始めたところで、ふいに腹黒眼鏡がコホンッ!とわざとらしい咳払いをした。
何やら斜め後ろから呆れ顔で父を見つめている。父も当然その視線に気が付いているようで、なんだか気まずそうだ。
二人にしか伝わらなそうなおかしな空気が流れた後。やがてそわそわと忙しなくソファに座り直した父が、微かに耳を赤く染めながら小声で問いを紡いだ。
「……では、他にどんな魚のぬいぐるみが欲しい。しじみか?それともカワハギか」
突如問われたそれにポカーンと間抜けな表情を晒す。
サメさんの次はシジミさんとカワハギさんか。どうしてそんなにもぬいぐるみをプレゼントしようとしてくれるのか未だによく分からないけれど……とりあえず、好意は素直に嬉しい。
それにしても、カワハギさんはともかくシジミさんって。想像するだけでなんかシュールだ。
いや、考えてもみてよ?でっかいもふもふシジミをぎゅうっと抱えてマフィアのシマをお散歩する俺。どう考えてもシュールだしカオスだろう。
「うぅん、ぼく、しじみはいいです。かわはぎも。食べるだけでいい」
「……そうか」
あからさまにしゅん……となる父。それを見てハッとした。
嫌いな相手にどうしてこんなにもプレゼントしたがるのだろうと思ったけれど、そうか。父は恐らく、プレゼントをあげるという行為が好きなのだ!
そう考えたら、この感情の読めない行動にも納得がいく。
いるよねー。クレーンゲームというゲームが好きなだけであって、別に賞品はいらないんだよーって人。ああいう類の人種なのだろうな。なるへそ納得。
それなら、謙虚を演じてお断りするのは逆効果。ここは無理やりにでも好きなお魚さんの名前を挙げて、父のポイントを稼がないと。
着々と近付いているであろう死のエンドを回避するために……!
「うぅん……それじゃあ、まんぼう」
「…………マンボウ?」
「うん。まんぼう、かわいいです。あと、エイ」
「エ、エイ……?」
どこからか聞こえる「謎のセンスでお可愛らしい」という呟き。この揶揄うような口調と声音は……むむっ、キサマか!腹黒眼鏡っ!
謎のセンスとはなにごとか。マンボウもエイもとーってもかわいいじゃろがい。
……なんて。と言っても魚はあんまり見たことないから、このセレクト……特にエイに関しては前世、動画や写真でよく見ていた水族館の動物たちから選んだものだけれど。
あ、ちなみに、マンボウは水族館関係なくただの好みだよ。マンボウかわいいよね。
「……ふむ、確かにルカとマンボウは似ているな」
「急な方向転換が苦手な鈍いところですとか、ルカ坊ちゃまに似ていると考えると少々愛着が湧いてきますね。かわいいです」
「……エイも、確かにあのアホくさい顔がルカに似ていて愛らしい」
「お言葉ですが主様、エイの裏側は顔ではなく鼻孔です。ですがアホ可愛らしいところは確かに似てらっしゃいますね。かわいいです」
何やらブツブツと話し合っている二人を横目にサメさんをむぎゅむぎゅ。
心なしかサメさんがむっすーとしているように見えるのは錯覚だろうか。もしかして嫉妬している……?
大丈夫だぞサメさん。俺はサメさんが大好きだぞ。たとえマンボウさんとエイさんがきても、初めてのお魚さん友達がサメさんであることに変わりはないからな。
「──よし分かった。リノ、今直ぐマンボウとエイのぬいぐるみを用意しろ」
「御意。王都で有名な雑貨工房の職人に依頼しましょうか。言伝は如何いたしましょう?」
「もふもふでなければ殺すと言え」
「御意」
あ、あれぇー……この人たち、マフィアの怖いおじさんたちなんだよね……?
殺気立って真剣に語り合う姿は、まるで次に潰すファミリーを会議しているようにも見える。けれど実際はぬいぐるみ会議だ。もふもふ談議だ。
真剣な顔でもふもふもふもふっと語り合う二人をジト―ッと見つめて、サメさんをぎゅっとしながら退屈な空気に耐える。
やがて話し終えたらしい二人は、何やら一仕事終えたかのような満足気な表情を浮かべて頷いた。お仕事が捗ったようで何よりである。
「長々とすまなかった。ぬいぐるみの用意があるので失礼する」
「あ、は、はい……」
長い話し合いが終わったことでリアルに満足してしまったのか、父は腹黒眼鏡を連れて颯爽と扉に向かった。
長々と、なんて謝罪しているけれど、俺に関しては全然長々と拘束されたわけじゃないので反応に困る。
慌てて立ち上がって扉まで見送ると、父は「……あぁ、そういえば」と何かを思い出した様子で一度振り返った。
「ルカ、今日から本館がお前の家だ」
「あ、は、はいー…………って、ん?」
スタスタ、と軽やかに遠ざかっていく足音と背中を見据えながらピタッと固まる。
あまりにサラッとした一言だったので、思わず俺もサラーッと受け流して一度はこくりと頷いてしまった。
しかしすぐに違和感に気付き、あれれ?と首を傾げる。再び脳内で掛けられた言葉を思い返し、その意味を理解した直後、サーッと顔が青褪めた。
「──なっ、なんですとーっ!!」
ぜったいそっちが本題じゃーん!とよろよろガックシ膝をついた。
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