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二章
42.えっち疑惑
だだっ広い部屋の中で、死んだようにぐでーんと寝転がること早一時間。
たった一人、孤独にマフィアの本陣に閉じ込められて分かったことがある。
それは……俺ってば、一人じゃなんにも出来ない甘ったれ小僧だったってこと。
今までどうやってこの退屈を楽しく紛らわせていたのか。それは別館付きの構成員たちと、何よりガウとジャックの功労が大きかったんだって気付いた。
散歩に行こうにも、一人じゃ怖くて廊下にも出られないし、ボール遊びをしてくれるガウもいないし、何だかんだ極限のハラハラドキドキを楽しませてくれるジャックもいない。
もふもふで可愛い俺のわんこ、ロキもいない……。
独りぼっちの寂しさや辛さは、俺が一番よく分かっているはずだったのに。
あの孤独な病室暮らしの寂しさを忘れてしまうくらい、俺は今まで幸せな日々を送っていたんだなぁ……。
「……さみしいよぅ……がう、じゃっく……」
こんな敵陣のど真ん中でたった一人どうしろって言うんだ。
小心者の俺に出来ることなんて、精々サメさんをぎゅーしてベッドに震えながら潜り込むことだけ。まだ本館暮らし初日だけれど、もう別館が恋しくて泣いちゃいそうだ。
せめて、せめて別館のみんなを本館に移すことは出来ないのかな……。いくら同じベルナルディ家の構成員といえど、本館と別館には明確な区分があるから無理なのかな。
せめて……本当にせめてでいいから、ガウとジャックだけは……なんてまたもや甘ったれた我儘が浮かんでしまった時、ふいにカーテンを閉め切った窓からコツンッと微かに何かがぶつかるような音が聞こえてきた。
「……?なんだろう……」
鳥さんが窓にぶつかりでもしたのかな?と首を傾げながら起き上がり、サメさんをぎゅっと抱き締めて恐る恐る窓に近付く。
何やら布越しに影が見えて恐々としながらも、ぐぬっと勇気を振り絞ってカーテンをシャッ!と勢いよく開いた。
「ぴゃっ!……って、ほぇっ!?」
窓を覆う大きな人影にあぴゃーっ!と涙が溢れそうになったが、それよりも前にその人影の正体を視認してあんぐりと目を見開いた。
窓枠に足を掛けて器用にはりつく二人。それはちょうどついさっきまで会いたいと願っていた、大切な家族のガウとジャックだったのだ。
「──やっと見つけたぁ!もぉー全然帰ってこないから迎えにきちゃったよぉ?」
「──主様、ご無事で何よりです……!」
求めていた二人が現れたことに泣きそうになりながらも、慌てて窓を開け放ち二人を部屋の中へ誘う。
その過程で、そういえばここ三階なんだが……とちょっぴり二人の身体能力が怖くなったけれど、気付かないフリをして感動ムードに切り替えた。
「ガウ!ジャック!会いたかったぞ!」
涙目でむぎゅーっと抱き着くと、すかさず二人の腕が背中に回って苦しいくらいに抱き締め返される。
大好きな家族の温もりを感じた途端、全身に安堵が回ってふにゃあっと力が抜ける。久々に思える二人の体温を満喫しながら、ぽろぽろと涙を溢れさせた。
甘ったれな我儘は言わないようにと、ついさっき決めたばかりなのに。
二人は俺が手放しで甘えられる数少ない人物だから、耐えていても甘えがぽろりと溢れてしまった。
「おそいぞ、ばかぁ……!お、おれ、おれ……とっても寂しかったんだぞぉー……!」
うわーん!と情けない号泣を晒しながら訴える。
それを見た二人は呆れる様子も幻滅する様子も見せず、はわわっ……!と焦りを滲ませた表情で更に抱擁を強めてくれた。あったかい、ぽかぽか。
「サメさん抱いて泣いてるご主人様マジきゃわっ!でもなんでサメ?よくわかんないけどとにかくかーわいー!」
うりうりーっ!と頬擦りしてくるジャックにあわわーっと目を回す。相変わらず豪快で自由なやつだな……。
いつもスリル満点な行動をするからハラハラするけれど、なんだかんだ日々の退屈を誤魔化してくれているのはジャックなのだ。それを思い知った今、なんだか前よりジャックのことが大好きになった。家族になった時から大好きだったけれど……今はもっとだ。
「ジャック、ジャック」
「うん?なぁーに?」
「いつもありがと。大好きだぞ」
ふにゃ、と綻んだ表情を向けると、ジャックが珍しくポカーンと硬直して顔を真っ赤に染めた。暑いのかな?と心配になってガウを見たけれど、ガウは別に暑がっているようには見えない。
それじゃあまさか、お熱では?と焦りを滲ませながら、ジャックのおでこに俺のおでこをぴとっとくっつけた。
「むーん、うむっ!お熱はなさそうだな。よきよき」
数ミリ先のジャックの顔はまだ真っ赤なまま。アレか、三階まで登ってくるには相当の体力が必要だろうし、その過程で身体が火照ったのかな。
それにしては全然汗を掻いていないけれど……と思ったけれど、結局まぁいいかと楽観的に頷いた。熱はなかったのだから結果オーライだ。よき。
満足気にこくこくしながらふと気づく。何やらジャックが俯いてぷるぷる震えているけれど、どうかしたのだろうか。
やっぱり具合が悪かったのかな……とそわそわしていると、やがてジャックは突然バッ!と顔を上げて、真っ赤な顔のままクワッと叫んだ。
「んもーっ!ご主人様のえっちぃ!小悪魔ぁ!」
「むっ!?な、なんでだっ!おれ、えっちなことなんてしてないぞっ!」
おてて繋いだりもチューしたりもしてない。エ、エ、エッチなことなんて何もしていないっちゅーに、急になんてことを言い出すのだコイツは。
度々俺のことをエッチだのなんだの言うジャックだが、本当に情緒がよく分からない。おれ、お熱ないか確認しただけなのに。
かぁっと顔を真っ赤にしてぷんすか反論するが、ジャックは「えっちえっち!ご主人様の鈍感えっちぃ!」と繰り返しながら顔を覆っている。
やめんか。えっちえっち言うんじゃない。万が一にも部屋の外に誰かいたら、あらぬ誤解を生んでしまうでしょうが。
まぁ俺に会いに来る人なんて基本的には誰もいないだろうし、その心配はないけれど。
父の訪問は俺がここで暮らすことの命令を告げにきただけの例外だったし……なんて、えっちえっち騒ぐジャックをのほほんと宥めている時だった。
──バァンッ!
「ぴぇっっ!」
突如鳴り響いた音にぴょーんと飛び上がる。
それが扉の開く……というより、蹴破られた音だということに気が付くまでそう時間は掛からなかった。
刺客か!と恐る恐る振り返り、ぎょっと目を見開く。
そこに立っていたのは、真っ黒い炎のように威圧的なオーラを纏った魔王……じゃなかった。この世界の絶対的な主人公、アンドレアだった。
「お、お兄さま、いらっしゃいです……ど、どうかしました、か?」
あぁ、お高そうな扉がバッキバキだぁ……と弁償代を脳内で計算しながら涙目になっていると、アンドレアが真っ黒オーラを纏ったままふいにスタスタと近付いてきた。
アンドレアの背後に控えていたミケも、何やらあちゃーといった様子で眉間を押さえて俯いている。突然来て、一体どうしたのだろうか。
「……俺のルカから離れろ、クソ殺人鬼」
あっ、アンドレアってば今日はポニーテールなのね、すてきー。
……なんて、思わず現実逃避しちゃうくらいのドス黒い空気に泣きそうになりながらぷるぷると耐える。
サメさんごとアンドレアにひょいっと抱えられ、しゃがみ込むジャックとガウに縋るような視線を向けるが、なぜか二人は俺を見てくれない。
どうやらアンドレアをジーッと見つめ返しているようだ。ガウはなんだか気まずそうな顔をしているけれど、ジャックの顔色がいまいち読めない。
「……へぇ。そういうこと」
やがて何やらニヤッと悪戯っぽい笑みを浮かべるジャック。
一体何をするつもりだ……とそわそわ不安になりながらも口を噤む。ジャックが笑い混じりに語ったのは、予想外のセリフだった。
「ねぇおにーさま。知ってるー?ご主人様の背中にはねぇ、ちっちゃなほくろが二つあるんだよぉ。あーあと、お尻もふにふにで超かわいーの」
「……!」
ニヤニヤと何を語るのかと思えば。お尻がふにふにとか急に何を言っとるんじゃコイツは。
目的が全く分からない言葉に呆れ顔を浮かべ、こんなこと急に言われたって困惑するだけだよねぇ?とアンドレアを見上げる。
見上げて……そこにあった表情にピシィッ!と固まった。
「貴様……ッ!」
無表情がデフォルトのアンドレアの表情が、怒り狂ったような色に染められている。
なななっ、なにごとぉ!?とぷるぷる震える俺を更に抱き込んだアンドレアは、殺意すら滲ませた瞳でジャックを鋭く睨み付けた。
背後のミケが若干恐怖で震えているのが分かる。そんな中でも、ジャックは余裕気な笑みを崩さず悠々と言葉を続けた。
「ご主人様ってば特に耳が弱いんだよねぇ。あと腰も!撫でたら『ひゃあんっ!』って超かわいく喘ぐんだよぉ。裸になったら顔も真っ赤にしちゃってさぁ」
ふむふむ。確かに耳かきの時は擽ったいからふにゃふにゃになるし、身体を洗う時に腰を撫でられたらこそばゆくて震えてしまう。
湯舟に浸かったらそりゃあ熱くてほっぺが真っ赤になるから、最後のセリフに関しては当たり前のことやんけー!と心の中でツッコみながらこくこくっと頷いた。
──ほんと、ジャックは俺の“湯浴み係”なんだからこれくらい知ってて当然だ。
「……全て、事実……なのか」
こくこく頷く俺を見下ろして何を思ったのか、アンドレアは何やら苦々しく顔を歪めて黙り込んだ。
アンドレアをどんよりと包む仄暗いオーラに巻き込まれながら、困惑をあらわに眉尻を下げる。
ほんと、どういうことだってばよ……。
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