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二章
54.はむはむ療法
しおりを挟むそこからは怒涛というか、俺がただぼーっとしていただけだったのかもしれないが。
アンドレアは呆然とする俺をぎゅうっと抱き上げて外に出て、それに続くように母が構成員達に拘束されて出てきた。
俺もアンドレアにぎゅーで拘束されていることに変わりはないけれど、それでも母を支える荒々しい拘束よりは比べ物にならないくらいマシだ。
母はアンドレアの腕の中にちょこんと収まる俺を憎々し気に睨み付けて、最後まで恨みの言葉を叫び続けた。
『全部お前のせいよ!』『お前さえ産まなければ!』と散々な言い様だ。一言めを投げられた時は動揺で動けなくなったけれど、流石に何度もその手のセリフを突き付けられると、母がいなくなる頃には大分慣れた。
父が忙しなく動くのを視界の端で捉えて、一体どれくらいの時間が経っただろう。
今度は、母が他に何か仕掛けていないか別館を調べるらしい。父が構成員たちに指示する様子をじーっと眺めながら、なんとなくふと声を上げた。
「……おにいさま、ロキは?」
ずっと無言を貫いていた俺が突然呟いたものだから余程驚いたらしい。
アンドレアは一度ビクッと身体を揺らして、まるで俺の顔色を窺うかのような表情でそっと見下ろしてきた。
あのアンドレアが俺の機嫌を取るみたいな顔をするなんて意外だ。一応俺を騙して嘲ったことをそれなりに申し訳なく思ってくれているのかな。
……いや、アンドレアはきっと罪悪感を抱いているに違いないって、ただ俺が都合よく勝手に思い込んでいるだけかも。
「……奴は、戻った。ルカが本館を出た反応に気が付いた時に、邸から出した」
そっか、と小さく頷く。どうやら厄介事の予感を感じ取って、父にバレる前にロキを逃がしたらしい。
流石アンドレアだ。実際、今ベルナルディ家は大変な状況になっているのだから。
「……ルカ」
控えめな呼び掛け。数秒遅れてそろりと顔を上げると、そこにあったのは無表情じゃなく、見ているこっちの胸が張り裂けそうになる苦しそうな表情だった。
アンドレアは俺をぎゅうっと更に強く抱き締めて、まるで絶対に逃がさないとでもいうように深く抱え込んだ。
その温もりが何故かすごく心地良くて、ふと瞳を閉じる。その瞬間、目元に溜まっていた何かがぽろりと零れ落ちた。
そこでようやく、俺は自分が泣いていたのだということを思い出す。しかもその涙は、今の今までまだ止まっていなかったみたいだ。
「ルカ、すまない。俺は……どうやら、言葉が足りなかったらしい」
ぽろぽろ。ぽろぽろ。大粒の涙は勢いを収める気配もなく、底なんてないんじゃないかとばかりに溢れ続ける。
アンドレアはそれをひたすらに拭って、泣き過ぎて真っ赤になった俺のほっぺをむにゅっと包み込んで、むぐむぐと嗚咽を堪える唇に指を添えた。
「あの女のことも、ベルナルディ家として決着を付けなければならないが……その後で構わないから、俺の話を聞いてくれないか」
その声は無機質なんかじゃなくて、痛いくらいの後悔と切望が滲んでいるような気がした。
もう騙されない。全部聞かないフリをしてやる!って思っていたのに。その捨て犬みたいな表情で縋るような声を発されると、どうにも心が痛んでしまったから。
「……わかり、ました」
こくりと頷くと、アンドレアはほっとしたように息を吐いた。
***
その後本館に戻って構成員の報告を聞いた。
それによると、どうやら母は俺の誕生日パーティー以来、本館の端っこに半ば軟禁されるようにして過ごしていたらしい。口実としては謹慎、みたいな感じで。
とは言え母がベルナルディ家の夫人であることに変わりはないから、監視はそれなりのもので、流石に囚人にするようなものではなかったのだとか。
だから、母が本気で出ようと思えば、出られないこともなかった。その結果が今回の事件に繋がったと。
そしてその後の診察で、母はほとんど錯乱状態に陥り、正気を保っていなかったということが分かった。
派手好きで貴族らしさを誰より尊ぶ母だから、そりゃあ邸の隅に閉じ込められるなんて屈辱的な生活、すぐに気を病んでも仕方なかっただろう。
俺への殺害未遂、謹慎中の脱走、正気とは言えない健康状態。
色々なことが口実として見事に積み重なって、父は正当な判断として母を牢に移した。結果的に、母の堕落を望んでいた父の思い通りになったということだ。
……過程は違えど、原作のザマァエンドとほぼ同じ結末がやってきたということ。
「──……」
「ご主人様、ご主人様……元気出して?ほら、ご主人様の大好きなジャックがいるよぉ」
「……」
「んんー……ご主人様っ、ほら!ご主人様の大好きなガウもいるよぉ?もふもふだよぉ、はむはむ出来るよぉ?」
アンドレアと父が後処理を終えるまで、俺は父の執務室で側近二人と共に待つことになった。刻一刻と俺のザマァエンドも近付いているのだと考えるととても憂鬱になる。
ずーん……と暗いオーラを纏う俺を背後から抱きかかえたジャックが、何やらニコニコと笑いながら何かを話している。
けれど正直、色んな感情やら何やらで気持ちがグダグダすぎて、きちんと聞いてあげることが出来ない。はむはむがなんだって?
「主様!はむはむ出来ます。はむはむ致しますか?」
ぴょこんっ!と突如視界に現れたモフ耳にぎょっと目を見開く。
至近距離でガウと視線が合って、そこでようやく我に返った。ぱちくりっと数秒無言で瞬いて、やがてやっぱり口を閉ざしたままそっと手を伸ばす。
もふ、とケモ耳に柔く触れると、それと同時にピクッと耳が動いてハッとした。
「……もふ、もふ……がうの、もふみみ……」
散々泣き喚いたことで声は掠れて、瞳もちょっぴり痛い。
身体も何だか熱くて重い。けれど、俺は必死に手を伸ばして、動かして、ガウの耳をもふもふっと触りまくった。当然、はむっと唇で食むことも忘れない。
「はむ、はむ……」
あぁ、ぽかぽかだ。もふもふだ。最高だ。
背中は背後から俺を抱き締めるジャックのおかげで暖かいし、手前もガウの頭を隙間なくピトッとくっつくように抱え込んでいるから寒くない。
「ガルルルルッ……!」
「がう、ありがと。もふもふ、はむはむ、ありがとな」
「ガルルッ……っは!はい!こちらこそ、お役に立てて嬉しいです!」
ケモ耳を食んでいた唇を一旦離して、ぐるるっと獣みたいに喉を鳴らすガウをぎゅうっと抱き締める。
すりすり、ともふもふの耳に顔を埋めると、ガウはぶんぶんっと忙しなく尻尾を揺らし始めた。
べちんべちんっと床に叩き付けられる尻尾が痛そうだったから、半ば無意識に手を伸ばして、尻尾をもふっ!と捕まえてみた。
「ッ~~!?ぬ、主様!一体なにをッ!」
「……?あ、ごめん。もふもふが痛そうだったから、助けてあげようと思って」
鷲掴みした瞬間、ガウの尻尾が突然ビクビクッ!と毛を逆立ててピンッと垂直に立った。
そういえば獣人の尻尾は耳と同じくらい“弱い”って聞いた気がするな……。どう弱いのかはよく分からないけれど、ともあれ少し酷いことをしてしまったかもしれない。
ごめんなさい、と素直に頭を下げると、ガウは真っ赤な顔のまま誤魔化し笑いみたいに頬を緩めて「だ、大丈夫です!」と答えた。
「──……ご主人様、来たみたいだよ」
ガウをよしよしと慰めていると、ふいにジャックがぴくっと耳を動かして扉の方を向いた。
ぼそりと伝えられた言葉にハッとして姿勢を正す。微かな足音が大きくなっていくのと同時に、俺の心臓もバクバクと忙しなく音を立て始めた。
結末は何となく予想がついている。あとは俺がクールに話を聞いて、全てを受け入れるだけだ。
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