異世界マフィアの悪役次男に転生したので生き残りに励んでいたら、何故か最強の主人公達に溺愛されてしまった件

上総啓

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二章

63.はじまりの日(ジャック視点)

 
 事の発端は、僕が暗殺ギルドの連中に目を付けられてしまったこと。
 確か、五年か六年前、そのくらいの時に、初めて目を付けられた。理由はなんだったかな。僕に人殺しの才を感じたとか、そんなことを奴らに言われた気がする。
 まぁ実際、その慧眼は正しかったわけだけれど。でも、結局僕は暗殺ギルドの誘いには乗らなかった。つまり言ってしまえば、ギルドからのスカウトを断ったのだ。
 それがたぶん、間違いだった。

 ギルドの連中はかなりしつこくて、纏わりつかれるのが嫌いな僕にとっては、それが半年も続くと嫌気が差して仕方がなかった。
 だからある日、いつものように勧誘に来るギルド連中を軽くぶっ飛ばしてしまった。殺してはいない。あぁいや、殺したかな。ちょっと苛立っていたから、あまり覚えていないけど。
 とにかく、まぁその時だ。暗殺ギルドを完全に敵に回してしまったのは。

 突然だけれど、ここで少し話が飛ぶ。当時、僕の姉ダリアには婚約者がいた。
 その婚約者の名をカルロといって、これが中々一途な男だった。僕は愛とかそういうのには疎かったけれど、流石にカルロの姉への愛とやらは認めざるを得なかった。
 きっと姉さんとカルロは、いつか結婚して、今よりもっと幸せになるんだろうな。そんな慣れないことを僕ですら漠然と考えるほど、二人の関係は順調だった。

 そう、カルロが姉さんにプロポーズを仕掛けたあの夜までは。



 その日、僕は姉さんが営む花屋の在庫小屋にいた。
 理由は特にない。強いて言うなら、姉夫婦の結婚式に使う花はどれがいいかなぁって、軽く下見をしたかっただけだ。

 僕は花にも大して興味がなかったから、結局どの花が結婚式に相応しいのかは分からなかった。というか、花って一口に言っても、こんなに種類があったんだなぁ。
 無駄足踏んじゃった、と小屋を出ようとした時、それは起こった。突如暗闇に溶け込むようにして死角から現れたのは、全身黒づくめの暗殺ギルドの連中だった。


『なに、また来たの。ギルドには入らないって言ったじゃんか』


 人数は三……いや、物陰に隠れているのを入れて五人か。
 結構多いなぁ、なんて呑気に考えながら声を掛けた。けれど、どうやらその夜の用事は普段の勧誘とは違うものだったらしい。
 連中は仲良く揃って武器を取り出すと、それを一斉に僕に向けた。なんとなく、それで状況を理解した。


『あぁ、もしかしてカタキウチってやつ?それとも、面子が丸潰れになっちゃうから?』


 想像したその仮説があんまり面白かったものだから、思わずくすくすと笑ってしまった。
 僕みたいなその辺フラフラしているようなガキに痛手を負わされたのだから、暗殺ギルドの連中からしたらそれはもう屈辱だろうな。
 僕が仮に暗殺ギルドの面子を潰したなんて言いふらせば、それこそコイツらはもう恥ずかしくて夜の街にも出られないだろうし。

 暗殺ギルドって言っても、実際はプライドの高いポンコツ殺し屋達の集まりなんだろうなぁ。そう思うと、なんだか拍子抜けだ。

 僕が笑い声を漏らす度、ギルド連中が纏う空気が硬く、そして重くなる。
 苛立っているのが丸わかりだ。暗殺者なら感情を殺すくらいの技量は身につけておくべきだろうに、こんな雑魚を仕向けられるなんて、僕も随分舐められたものだ。


『……マスターの命令だ。貴様を殺す』


 ようやく連中の一人が口を開いた。かと思うと何やら物騒なセリフを淡々と吐き捨てられて唇を尖らせる。やっぱり口封じに来たのか。

 とは言え、こんな雑魚共に苦戦するほど僕は凡人じゃない。何せ暗殺ギルド直々に才を見出された天才なのだから、後れを取るはずがないのだ。
 だから、たかが五人の殺し屋を相手にするくらい訳無かった。遅い動きで飛び掛かってくる大柄な男達を躱して、刺して、投げ捨てて。それを何度か続けるだけ。
 それだけで、簡単に連中を返り討ちにすることが出来た。


『なんなのこれ。茶番じゃないんだから……』


 こんな夜に重々しい空気で現れるものだから、いつもと違う雰囲気を微かに感じたけれど。
 蓋を開ければ結果は呆気ないもので、思わず溜め息を吐いてしまった。微かに抱いていた嫌な予感は、どうやら気のせいだったらしい。


『つかれた』


 今夜は疲れたな。予定外の運動で身体が疲弊しているし。さっさと帰って寝てしまおう。
 そんなことを考えながら踵を返す。そういえば、カルロが今日姉さんにプロポーズをすると言っていたけれど、成功したかな。そんなことをぼーっと思い出した。

 あと数歩で小屋の出口。静かに帰路につこうとしたその時、ふいに入り口から驚いたような声が聞こえてきた。


『ジャック?』


 その声にハッと顔を上げる。そこに立っていたのは姉さんだった。


『あんた、こんな時間に何してるのよ』

『姉さんこそ。今日はカルロとデートじゃなかったの』


 赤髪を高い位置で結わえた姉がぱちくりと瞬きながら小屋に入ってくる。
 いつもはエプロンをしている姉さんだけれど、今はそれなりに良い素材が使われていそうな花柄のワンピースを着ていた。
 カルロのプロポーズはちゃんと受け入れたのかな。首を傾げて問うと、姉さんは微かに頬を染めて頷いた。あぁ、どうやらプロポーズは成功したみたいだ。明日カルロに会ったら冷やかしてあげないと。

 なんて、そんなことを考えながら笑いを堪えていると、ふいに姉さんがぽつりと答えた。


『……カルロに渡したい花があったの。それだけ摘んだらすぐに戻るわ』


 花?きょとんと瞬く僕に、姉さんが小さく微笑んでどこかを指さす。指し示された方向を視線で追うと、そこには見慣れない花があった。


『その花の花言葉で、カルロに伝えたい気持ちがあってね』


 伝えたい気持ち。その言葉で姉さんの意図を理解する。
 なるほど、姉さんらしい伝え方だ。でも、堅物のカルロが花言葉なんて理解できるかな。融通が利かないようなら、僕が助け舟を出してあげてもいいけれど。

 姉さんから花を贈られて狼狽えるカルロの姿が目に浮かぶ。思わず笑いを零しつつ姉さんに視線を戻した瞬間、僕はふと違和感に気が付いて咄嗟に声を上げた。


『っ……?姉さん、こっち来て!』

『え?急になに──』


 言いながら気が付いた。違和感の正体は、“影”だ。

 こちら側に射している姉さんの影が、数秒前より大きくなっている。それが、姉さんの背後に立つ男の影が被さったものだと気付くまで、数秒のロスが掛かってしまった。


 ──この僕が、気配にまったく気が付かなかったなんて。


 男が何か……細くて、鋭利なものを大きく振りかぶり、姉さんに向かって振り下ろす。その光景を半ば呆然と見つめた。
 足は動かなかった。いや、動かせなかった、と言った方が正しいかもしれない。動かそうと脳が理解する前に、それは姉さんの身体を切り裂いてしまったから。


『ジャック、にげッ──』


 逃げて。たぶん、そう言おうとしたのだろう。
 けれど、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。姉さんが開いた口から血を泡のように吐いて、力無く地面に倒れ伏せてしまったから。

 沈黙が流れる。さっき殺り合った雑魚共とは違う、格上の威圧感が男を纏っている。
 間違いない。コイツは強者だ。すぐにそう悟った。


『きみ、いま』


 こういう時、たぶん普通の人間なら姉さんに駆け寄るところなんだろう。
 血を流して倒れた家族に、涙を溢れさせて駆け寄るところなんだろう。でも、その時の僕はどうしてか、姉さんの亡骸からすぐに視線を逸らしてしまった。
 真っ直ぐに見つめた先には、まさにたった今姉さんを殺した張本人がいる。


『どうやって、殺したの』


 瞳がこれ以上ないくらいに見開かれているのが自分でも分かる。
 全ての興味が目の前の男に注がれていた。僕の探知をこれほどまでに完璧に掻い潜ったのはこの男が初めてだ。

 姉さんの亡骸を跨いで男が近付いてくる。
 血の海を踏み締めて僕の前に立った男は、フードに隠された顔を僅かに近付けて僕に語り掛けた。


『共に来い。人間のフリなどやめて、我々と共に』


 その言葉の意味は理解できなかった。ただ呆然と固まる中、ふと射し込む明かりで我に返った。
 雲隠れしていた月が顔を出す。月明かりが照らしたのは、男のローブに付着した返り血。姉さんの、返り血だ。

 それを見た瞬間、走馬灯みたいに数秒前の出来事が脳内に流れた。
 同時に、目の前の男への憎悪と激怒が湧き上がる。反射的に裾から小型のナイフを取り出し、即座に振り上げた。一連の流れを遂行するまで、一秒も無かったと思う。

 だというのに、男はいとも簡単にその攻撃を避けた。


『己が正体を自覚していないのか。仕方あるまい。お前が自らの使命を思い出したその時に、再び出直すとしよう』


 追う間も無かった。男はローブを翻し、最後に呪いのような言葉を残した。


『二大ファミリーに、絶望と衰退を。今こそ我らが王国の裏を支配するのだ』

『なにを……なんなんだ、おまえ』

『待ち侘びるぞ。我らが同胞』


 闇夜に消え去るローブの男を呆然と見据える。
 小屋に静寂が戻ってどれほど経っただろう。ふいに、入り口の方から啜り泣くような声が聞こえて我に返った。
 雑魚共を殺した時に血が付着したナイフを片手に、ふらふらと覚束ない足取りで声の方へ向かう。
 そこには、姉さんの亡骸に絶望の表情で縋り付くカルロがいた。

 足音と気配に気が付いたのだろう。カルロはハッとしたように顔を上げ、情けなく涙でくしゃくしゃにした顔でぽつりと呟いた。


『──ジャック』

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