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三章
74.会合当日
この三日の間に少しでも鍛えて、心の準備を!と息巻いていたのだが……。
その決意虚しく、時間ってこんなに早かったっけ?と割とまじの困惑をしてしまうくらいに、三日という短い時間はあっさりと流れてしまった。
気付けば会合当日。ロキに『しっかり準備しておくんだよ』と言われていたのに、準備と言えるほどのことを何も出来ていない。
というか、考えてみれば会合に準備って一体なにをするべきなんだ?準備というと、俺の頭じゃ持ち物確認くらいしかないんだが……。
とりあえず筆記用具とハンカチを持っていればなんとかなる。遠足ってそういう感じだよね?前世でも、遠足とかは行ったことがないからよく分からないけれど……。
あ、そうだ。遠足といえばアレも必要なんだっけ?ほらあれ、バナナ。
うん、そうだ、バナナもしっかり持っていこう。小さいリュックサックに一本つめて……よし、これでオーケー。準備万端。
自室の床にぺたんと座り込み、リュックサックに今日の荷物を詰め込むこと数分。
出発の時間が迫る中、隅で俺の様子を窺っていた側近二人が何やらコソコソ話しているのが見えた。俺の完璧な準備に尊敬の念を抱いているのかな?えっへんどどどやぁ。
「──……おい、主様は先程から一体何の準備をしておられるんだ」
「──どう見ても遠足のテンションだよねぇ。ほんとかわいいー」
バナナよし、ハンカチよし、筆記用具よし。リュックサックを背負って……っと。
おーけーおーけー。いざ、れっつらごー!である!
***
会合は、裏社会では珍しく“中立”という立場を代々守り続ける、ガースパレ家の邸で行われることになった。
始めはベルナルディかヴァレンティノ、どちらかの本邸か別邸かで話が進んでいたのだが、それがいつまで経っても平行線を辿ったため、ガースパレ家の名をロキとアンドレアが挙げたらしい。
会合が行われるまでの過程を聞くと、行き詰っていた進捗をロキとアンドレアの主人公ペアが意図的に加速させたのだと改めて気付く。
やっぱりあの二人、もう完全に結託して協力関係となったのだろうか。原作とは異なる展開と関係性だけれど……まぁ、もう少ししたら原作ともきちんと被ってくるのかな。
変わらず不安は尽きないけれど、ここは間違いなく『暗華』の世界。これまで無事に続いてきたストーリー展開とキャラの動きを信じるしかない。
そんなこんなでやってきた、ガースパレ家の本邸。
馬車を下りると、既にそこにはスーツ姿の男達が大勢集まっていた。
「ほえぇ」
「……ルカ、俺の傍を離れるな。絶対に手を離すなよ」
いかにも!って感じの威圧感を纏う黒服たちを見渡し、思わずあわあわと情けなく震えてしまう。そんな俺の手をガシッと掴み、アンドレアが真剣な表情でそう呟いた。
その言葉にこくこくっと頷く。もちろんですとも!こんなところで一人ぼっちになったら、不安と恐怖と寂しさで恥も外聞もなく号泣してしまうこと間違いなしだ。
「リノ、護衛を全て子供達に回せ。お前はヴァレンティノの連中から目を離すな」
「御意」
アンドレアに小言の如く注意事項を聞かされる傍で、ふいに父の硬い声も耳に届いた。
あっちはあっちで色々と警戒事が多くて大変らしい。これは本当に、面倒をかけないよう大人しくしていないと……。
「──ようやく戦争かァ?ッたく待ち侘びたぜェ」
ぷるぷる震えながら決意を固めていると、ふいにすぐ後ろから聞き慣れない声が聞こえて「ぴゃあっ!」と情けない声を上げてしまった。
クールに過ごすと決めた瞬間にこれだ、先が思いやられる……。
超絶クールなこの俺をビビらせたのは一体どこのどいつかね?とジト目で振り返る。
その先に立っていた壁みたいな巨体の男を見上げ、俺は一瞬で降伏の白旗を上げてしまった。なにこのひと、でっかい、こわい……!
「だだっ、だれっ!だれだっ!」
「あァ?なんだこの豆粒……ッて、名器のチビ助じゃねェか」
下手をすればガウよりおっきいんじゃないか?そう思うくらいの巨体が、暗い影で俺を覆いながら冷たく見下ろしてくる。
しゃがみ込んだのは目線を合わせてくれようとしたからか。だとしても立っている俺としゃがみ込む大柄男でも俺が若干見上げる形になっている。屈辱。
悔しすぎてぷるぷる震えてしまいそうである。これは怖がってるんじゃなくてね、悔しいのだよ、うむ。
というか、豆粒とかチビ助とか、失礼な呼び方ばっかりするこの男は本当に何者なのか。
チビじゃねーし!とぷんすかのしのしっと地団駄を踏むと、男に軽々片手でひょいっと持ち上げられた。あまりの恐怖でぷるぷると涙目になって震えてしまう。
「なっ、なんじゃおまえぇ……!はなしぇ、はなしぇえぇ……!」
「オイオイ、なんで泣くんだ?まだ何にもしてねェだろうが」
鼻水をずびーっ!と啜ってぱたぱた抵抗する。
な、ないてねーし!おめめにゴミがはいっちゃっただけだし!
グレーのツンツン髪と銀朱色の吊り目。筋肉質で大柄な身体。顔は整っているけれど、美形というより、野性味の強いロックンロールな強面って感じ。
ちんちくりんでひょろがりな俺とは対極に位置していそうなこの男……当然、俺からすれば全然よろしくしたくないタイプなわけで。
「おにぃさまぁ……!たしゅけてぇ、ぎゅーしてぇ、だっこぉ……!」
強面お兄さんに捕まりながらも、必死に振り返ってアンドレアに手を伸ばす。
涙目で震える俺をすぐにしゅぽんっと回収してくれたアンドレアにぎゅっと抱き着き、うりうりっと首元に頬擦りした。怖いけど、何だかんだ言ってアンドレアの腕の中は落ち着く。
「……ダグラス、ルカに手を出すなと忠告しただろう。それと今回は戦争ではない。会合だ」
呆れ顔で低く語るアンドレア。他人に向けるような冷淡さが少し緩和されていることに首を傾げる。
この親し気な様子……まさか強面お兄さんとアンドレア、知り合いなのかな?
ちら、とちょこっとだけ振り向いて強面お兄さんをじーっと観察する。
そういえばアンドレア、今この人のこと『ダグラス』って呼んでいたっけ。ダグラス……何だか聞いたことのある名前だけれど……。
うーんと唸って考えること数秒。割とすぐにその既視感の正体に思い当たり「あっ!」と目を見開いて硬直した。
「どうした、ルカ」
「あ、あぅ……うぅん、なんでもないです。うむ」
きょとんと首を傾げるアンドレアに苦笑を浮かべて答える。危ない危ない、思わず声が出てしまった……。
改めて強面お兄さん……もといダグラスに視線を向け、湧き上がる不安に重い溜め息を吐いた。
彼はダグラス・カノッサ。アンドレアが抱える二人の側近のうち一人だ。
表向きにはミケという存在だけが広く知られているが、実はアンドレアはもう一人、このダグラスという男も側近に据えていた。
原作では確か、アンドレアの駒であるジャックと反りが合わず、犬猿の仲になることで知られるキャラクターだ。
ストーリー上で特に重要な役割を担うわけではないが、キーキャラではない人物にしては実力が突出していたから印象に残っていた。
彼は人間の身体を持ちながら、獣人に匹敵する力を持っている。
噂では獣人と人間のハーフだとか、獣と人間のキメラだとか。そんな噂が流れていたみたいだけれど……俺が読んだ原作の中では、結局その噂に決着がつくような話は出なかった。
「突然恐ろしいデカブツが現れて怖かっただろう。これはダグラス、俺の所有物だから安心しろ。お前に危害を加えることはない」
「ハイハイ、ショユーブツな。怖くねェから仲良くしようぜ、ルカ坊ちゃん」
俺の顔より大きい武骨な手を差し出され、ビクビク怯えながらもそっと握手を返す。
「よ、よろしく、だぞ……」となけなしのクールを演じて言うと、ダグラスはニカッと明快な笑顔を浮かべた。
なんか、思っていたより親しみやすそうなやつだな……とりあえずは、ほっと一安心だ。
「今日のルカの護衛にはダグラスも加わる。お前達、精々身内で争うことのないように」
アンドレアの言葉にびっくり仰天。なんと!俺の護衛に自分の側近を宛がうなんて。
俺ってばよっぽど強さを信用されていないんだろうなぁ……とちょっぴり涙目になってしまった。
ダグラスとガウ、ジャックが早速「よろしく」と挨拶を交わしているけれど……にこやかに見えてほんのり殺伐とした空気が漂っているのは気のせいだろうか。
気のせいだな、うむ。仲良しになったようで何よりだ。
よきよきっと頷いていると、背後からふと父の呼びかけが聞こえて振り返る。
アンドレアとぎゅっと手を繋いで、てくてくっと父のもとへ向かった。
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