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三章
90.招かれざる客
しおりを挟む「そういえば、ルカちゃんはどうしてここに?」
ふいにロキがそう問いを口にした。たしかに考えてみれば、誰もいないはずの庭園の隅に突如俺が現れたなんて、ロキからしたらかなり不思議に見えるだろう。
泣き腫らした目をごしごしっと擦りながら立ち上がる。ナチュラルに膝にのっていたけど、改めて考えたらなんてことしてたんだ俺……攻め主人公の膝の上でぬくぬくする悪役があるかね。
「バルコニーからロキが見えたんだ。なんかそわそわしてて怪しかったから、おれがてくてく追いかけてきてやったんだぞ」
「あらま、俺そんなに怪しかった?」
「すっごく怪しかったぞ。怪しすぎて心配になったから追いかけちゃったんだぞ」
決して心配だから追いかけたわけじゃない。そう、怪しすぎて心配だったのである。それだけなのである。
うむうむっと再確認して頷くと、ロキは「そっかそっかぁ」と嬉しそうに笑った。な、なんだよぅ、ほんとに心配なんてしてないんだからなっ。
「ありがとうルカちゃん。今夜君と会えたことが今世紀一の喜びになったよ」
「えぇ……もっとたのしいこと、いっぱいするんだぞ……」
俺と会えただけで今世紀一の喜びを感じちゃうなんて、ロキってば感性が死にすぎだぞ。
鬼ごっことかかくれんぼとか、たくさん楽しい遊びがあるんだから目一杯楽しまないと。ただでさえロキはまだ子供なんだから。
むぅ……と同情の目を向けると、ロキは良いこと思いついた!とばかりにニッコリ笑った。
「それじゃあ、一緒に遊んでよ!ルカちゃんとなら、何をしても楽しめる気がする!」
突然のご指名に「ふぁっ!」と目を見開く。まさかロキにそんなことを言われるなんて思わなかった。
なんだか今日は素直だな……子供っぽいというか……。以前会った時よりも幼く見える気がする。なんて考えてハッとした。
そうか。ロキってば、早速さっきの宣言を忠実に守ってくれているのか。
俺といるときは本音とほんとの表情で。それをきちんと守ってくれて……。
「っ……うむ、うむっ!遊ぼう!いっぱい遊ぼうな、ロキ!」
気が付いた途端胸がきゅうーっとなって、俺はおもわず何度もこくこくっと頷いた。
ロキが俺の答えを聞いてふにゃっと笑う。今度は貼り付けたようなものじゃなく、ずっとほしかったものをようやく手に入れた子供みたいな、そんな笑顔だ。
「えぇっと……そういえば、ルカちゃんがここにいるってこと、アンドレア達は知っているの?」
「……ふぁ?」
ふいにロキが零したセリフを皮切りに、ニコニコとした穏やかな空気が一瞬で霧散した。
ピタァッと石みたいにカチコチ固まり、はわ……はわわ……と小刻みに震え始める。それを見たロキが『あちゃー』とばかりに額を押さえた。どうやら察してくれたらしい。
「それは大変だ……ベルナルディの連中はルカちゃん狂いだから、ルカちゃんが居なくなったことを知れば会場をぶっ壊しかねない」
「あわわ……なんてこったい……」
顔面蒼白でガタガタと震える。
いやいやそんなわけー!と否定したいのは山々だけれど、実際あの二人なら俺を探すためにとりあえずヴァレンティノ邸を壊して更地にする……とか余裕で思い付きそうだ。
その場合の弁償代は……ってそれどころじゃねーだろ!なんてぐるぐる考え込んでいると、ふいにロキがぽんっと俺の頭を撫でた。
「まぁ、別にいいよ。最悪壊しちゃっても。邸なんてまた建てればいいだけだし」
「セレブ発言っ!」
サラリと紡がれたとんでもセリフにぴぇっ!と目を瞑る。セレブな感じが眩しいぞ……!
そんなに軽いノリで豪邸って建てられるんだ、とぷるぷる震える。まぁでも、考えてみればここってマフィアの世界だし、奇襲とかで家が壊れるのは日常茶飯事なのかな。
そういえば以前住んでいた別館も、度々刺客に襲撃されて窓ガラスとか壁とかが壊されていたし、その度に直していたなぁ……と懐かしい記憶を思い出した。
「なに言ってるの。ルカちゃんもお金持ちでしょ?ほんと面白いこと言うね」
クスクスッと笑うロキに思いっきり首を横に振る。
なにを言っているのかね!とふんすふんすしながらそれを否定した。
「ちがうぞ!俺のじゃなくて、お父さまやお兄さまがたくさん成果をあげて、がんばって貯めてくれただいじなお金なんだぞ」
「……でも、ルカちゃんのお金ってことには変わりないでしょ?」
「むぅ、そうなんだが……そうなんだけどもっ!だからこそ、おれはお金を大切に使わにゃならんのだっ!たくさん感謝して、いつかたくさん働いて恩返しするんだぞっ」
むふーっと胸を張って説明してあげると、ロキは驚いたようにぱちくり瞬いた。
「そんな考え方もあるのか……」と新しい視野を発見して満足気だ。新たな学びを得ることが出来たようで何より。よきよき。
って、そんなことよりもだ!
今はお金の話じゃなく、暴れ散らかしそうなアンドレア達を阻止するのが先。慌ててロキの手を掴み、早く行くんだぞ!と冷や汗を掻きながら急かした。
「ロキのおうちが木っ端みじんになる前に、はやく戻らなきゃだぞっ」
「うーん……その前に、冤罪で死人が出ていないといいけれどねー」
不吉な発言は華麗にスルーして走り出す。
いや、正確には……走り出そうとした。
「──むぐっ!?」
突如ロキの纏う空気が張り詰めたかと思うと、首根っこを掴まれてグイッと引き寄せられた。
突然抱き上げられてなにごとかと目を回す。眩暈をぶんぶんっと振り払って、つい数秒前までいた場所に視線を移し……その瞬間、ぎょっと目を見開いた。
──ついさっきちょうど走り出した辺りに、なぜか数本の矢が突き刺さっている。
「はぇ、あぇ……?」
あまりに急すぎる出来事にハテナを浮かべて混乱することしかできない。
数秒経ってようやく状況を理解し、もしロキが抱き寄せてくれなかったら俺は今頃……?と怖すぎる想像をしてしまい、サーッと青褪めた。
「ごめんねルカちゃん、首絞まらなかった?」
「ぁ……だ、だいじょぶ……」
「よかった。それじゃあ、ちょっとだけ抱っこされたままでいてね。お客さんが来たみたいだから、相手をしてあげないと」
含みのある視線に首を傾げる。
腕の中から顔を出してそろりと見上げると、にこやかな笑顔で瞳に冷徹な殺意を滲ませるロキが見えて息を呑んだ。
一体何を見ているんだ……?と視線を追って再び固まる。
暗い庭の向こうに、弓を手にした黒づくめの男が一人、飄々と佇んでいた。
「まぁ、どうやら招待状は持っていないみたいだけれど」
ロキがふと呟いたそのセリフを聞いた瞬間、脳裏にぶわっと記憶が蘇った。
どこか既視感のある今のセリフ……俺は以前にも、このセリフを聞いたことがある。
そう、それは前世で読んだ原作の内……ロキの回想の一場面。
『──どうやら招待状は持っていないみたいだね』
ほんの数行に記された、ロキが経験したとある過去についてを羅列した回想シーン。
その内容を、たった今ようやく思い出した。
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