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四章
97.父の危機
「主様……如何致しましょう」
突如として牢番から届いた衝撃の情報。
まさかあの女が毒を飲んで自死するとは。そもそも、毒など一体どこに隠し持っていたのか……いや、それよりも内部に鼠が紛れ込んでいると考えるのが妥当か。
そして、その訃報を外部に公開する前に届いた公爵家からの書簡。
内容は至ってシンプルだ。ベルナルディ当主である主様を公爵令嬢殺害の罪で訴えるということと、ルカ坊ちゃんの親権を放棄しろという内容の二つ。
動きがあまりに早すぎる。まるで入念に計画した流れ作業のようだ。実際、娘の死から孫を手に入れる策略まで、全て公爵が計画した自作自演なのだろうが。
「現在、本邸に警備隊を向かわせたとのことですが……このままでは主様が警備隊に確保されてしまいます」
「……分かっている。こうなったからには致し方無い。無闇に抵抗した方が不利になるだろう」
執務机に肘をつき、組んだ手の甲に額を乗せる姿から酷い疲労が感じられる。
無理もない。ルカ坊ちゃんがヴァレンティノに狙われているだけではなく、こうして自らの座が脅かされる危機にも陥ってしまったのだから。
はてどうしたものか。この書簡通りの流れで考えれば、この後すぐに主様は『公爵令嬢殺害』の容疑で警備隊に確保されてしまう。
主様はこれまで散々、王国の汚れ仕事を代わりに担ってこられた。だというのに、王室はその恩を仇で返すというのか。
今のところ王室はだんまりを決め込んでいるようだが、この先主様の為になる発言を表立って語ってくれることを祈るばかりだ。
「万が一の結果を考慮せねば……。一先ず、当主の代理人としてアンドレアを就かせる。リノ、お前は邸に残ってアンドレアの補佐をしろ」
「何を仰るのですか……私は主様の側近ですので、当然主様に同行致します」
小さな額に収まる肖像画を見遣りながら、主様が疲労に塗れた声で語る。
それに呆れ顔を向けると、目の前の男はおよそマフィアの当主としては相応しくない情けない面を浮かべた。
「……だが、これは私の油断が招いたミスだ。己のケジメは己でつける。お前を巻き込む訳にはいかない……分かるだろう、リノ」
普段の毅然とした態度はどこへ行ってしまったのか。
か細く呟く主様……いや、ただただ情けない“友”に溜め息を零す。
「何を今更……これまでだって、散々巻き込まれてきましたよ」
そう言って、呆れ混じりの笑みを見せる。
アロルドはその言葉を聞いてハッと微かに息を呑み、やがて観念したように微笑んだ。
***
慌ててベルナルディ邸へ戻ると、何やら正門前に見慣れない馬車が停まっていた。
門番たちと睨み合うようにして仁王立ちしているのは、これまた見慣れない軍服姿の男性達だ。嫌な予感を覚えて、アンドレアの手を引き走り出す。
「おとうさま……!?」
正門まであと少しというところで、敷地内から門の外へと踏み出した人影に気付き目を瞠る。その正体はまさかの父だった。
それに加えて、なぜか父の周りを軍服の男達が重々しく取り囲んでいる。父の傍には、守り付き従うようにリノも立っていた。
「父上……」
珍しくアンドレアも動揺したらしい。俺達の声が聞こえたのか、父がハッとしたように息を呑んでこちらを振り返った。
同時に軍服の男達もこちらを冷淡な瞳で見据える。その視線にビクッと震えて思わず立ち止まると、アンドレアが俺を守るように前に出た。
「父上、これは一体何の騒ぎですか」
俺を背に隠してアンドレアが問い掛ける。
そろーりと顔を出して様子を窺うと、何やら父がぐっと苦悩を堪えるような表情を見せた。微かに口を開いて何かを答えようとしたようだけれど、それより先に軍服の男が声を上げたことで父の言葉が遮られてしまう。
「この男には公爵家の令嬢を殺害した嫌疑が掛けられている。妻を手に掛けるとは、なんと非道な人間か。貴族令嬢の殺害は重罪だ、極刑は免れんだろう」
「そ、そんな……!」
淡々と事務的な声音を発する男に思わず声を上げる。
きょっけい……極刑って、つまり死刑ってことか?マフィアという立場を鑑みて、父の罪を全面的に否定することは出来ないけれど……でも、父は無駄な殺しだけは絶対にしない人だ。それは断言出来る。
後ろめたい殺しに手を掛けたとしても、それは周到な計画と後処理の算段の末に行われること。こんなにも杜撰な殺しを父がするはずない。
俺にだって分かる。これは罠だ。誰かが父を陥れようとしているに違いない。
考えれば考えるほど頭に血が上り、俺は湧き上がる衝動のままにとたたっ!と飛び出した。
男達の前に姿を晒す俺をアンドレアが慌てて制止しようとするけれど、それには構わず父にぴとっと抱き着く。
「だめ……!おとうさま、いかないで!いっちゃだめっ……!」
こんな展開、原作にだって無かった。
俺のせいなのか?俺というイレギュラーのせいで、もし父が本来は無かったはずの死の運命に巻き込まれてしまったのなら……それなら、俺はどうすれば……。
嫌な汗を掻きながらも、必死に父のお腹に顔を埋めて縋り付く。
数秒の静寂が流れた後に、ふいに頭をぽんと父の手で優しく撫でられた。
「……ルカ、離れなさい。なに、直ぐに戻ってくるから心配するな」
「やだやだっ……!おとうさま、いかないで……!」
「ルカ……」
じわりと涙が滲む。原作にはない、予測できないこの先の展開が怖くて仕方がない。
この怖い軍服の男達に連れていかれたら、父はどうなってしまうんだ?俺のせいなら何とかしないと。何とかして、父を助けないと……。
涙目でうりうりと顔を押し付ける俺を半ば無理やり引き離し、父がアンドレアに視線を向ける。再び父に飛びつこうとすると、背後からアンドレアにぎゅっと拘束され制止されてしまった。
「っ、はなして!はなして、おにいさま!」
アンドレアに羽交い締めにされながらも踏ん張ってぱたぱたと藻掻く。
その抵抗虚しく、一向に拘束から逃れられる気配はない。無力感でぽろぽろと涙を零す俺を横目に、父が軍服の男達に連れられて馬車に乗り込んでしまった。
「おとうさま……?おとうさま、いかないで……いかないで!」
俺の悲痛の叫びを聞き入れる様子はなく、父と側近のリノをのせた馬車は無情にもさっさと走り去ってしまう。
馬車の背を呆然と見据えて力無く頽れる俺を、アンドレアがぎゅっと力強く抱き締めて支えてくれた。けれど、ずっと俺を制止していたことについては不満が募る。
父が死地に向かってしまったかもしれないというのに、アンドレアは平気なのか?なんて衝動に任せた怒りを胸に振り返ったが、そこにあった表情を見てすぐに怒りが霧散する。
普段と変わらず無表情のアンドレア。けれどその瞳の奥には、よく見れば分かる激情の炎が燃え上がっていた。
「……おにい、さま」
俺ってばおバカだ。アンドレアが怒らないわけないのに。悲しくならないわけないのに。
俺の身体をぎゅっと抱え込む震えた姿は、何かに縋りついていないと支えを失ってしまうような子供にしか見えない。
無表情の裏に隠しているものを何となくだけれど察した俺は、すぐに身体を捻ってアンドレアを強く抱き締め返した。
「……ルカ、お前は部屋に籠って、当分は敷地外に出るな。次に狙われるのはルカだ、奴らの狙いはルカに違いない」
絞り出すような声音に眉尻を下げる。
様子を窺うように上目で見つめながら、そっと疑問を口にした。
「わかり、ました……でも、さっきみたいに怖い人たちに来られたら、どのみち連れていかれちゃうんじゃ……」
「大丈夫だ。警備隊は基本的に貴族邸の敷地内へ強行することは禁じられている。それがベルナルディともなれば、堂々と門を越えるなど王族であろうと不可能だ」
ベルナルディってそんなに力の強い家門なのか……と、こんな時だけれど少し驚いた。
いや、二大ファミリーなんて言われるくらいだから相当の権力を保持しているとは分かっていたけれど、王族も手出しを躊躇するくらいだなんて流石に想像していなかった。
……待てよ?それだけ強力なベルナルディをこうしてピンチに陥れるくらいだし、もしや『黒幕』とやらは、俺が想像しているよりもずっとヤバい奴なんじゃなかろうか。
──それこそ、“王族”くらいの権力を持った……
「まぁまぁ、みんなちょっと落ち着こう?」
ぱんっと手を叩く音でハッと我に返る。
ちょっぴり壮大な予想をしてしまったことに我ながら苦笑して、まさかなぁ……と突拍子もない考えを振り払った。
声の聞こえた方を振り向くと、そこにはいつもと変わらず穏やかな雰囲気のロキが立っている。そういえばロキ、いたのね。
思い返してみれば、ヴァレンティノ邸を飛び出したところからずっと傍にいたかも。さっきまではベルナルディの問題だからと、気を遣って気配を消していたのかな。
「ほーら、アンドレアも。お通夜みたいな空気になってないで、とりあえずさっさと作戦会議しないと。このままお父様の生還を諦めるつもり?」
「諦める訳ないだろクソが。部外者は引っ込んでろ」
「おおう、本調子が戻ってきたようで何より」
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