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四章
100.母の死の謎
ゴローマルの案内に従って奥へと進む。
所々に掛けられた小さな松明だけがかろうじて空間を照らしているけれど、二メートル先ともなると真っ暗で何も見えない。そんな感じの長い道を進んでしばらくすると、行き止まりについた。
常に両サイドに広がっていた檻の扉とはわけがちがう。いかにもって感じの、重そうな鉄の扉だ。
ゴローマルはその扉に手を掛けて、一度様子を窺うように振り返った。
「……一応言っておきますけど、遺体はまだ保存魔術を掛けて、死亡直後の状態で放置されています。毒殺遺体のリアルは、ルカ坊ちゃまが想像している以上のものかと思いますが」
無表情と淡々とした声音。そうか、ゴローマルはまだ、俺を“部外者”だと思っているんだ。
捜査に支障を来す空気の読めない子供。それがゴローマルの俺への認識だろう。いや、たしかに当たっていはいるけれど……でも、少なくとも俺は部外者ではない。
俺はこの薄暗い牢の中で孤独に亡くなった女性の、たった一人の息子なのだから。
「平気だ。いや……だめだったとしても、だいじょぶ。みんなのじゃまはしない、約束する」
ガウの手をぎゅっと握ってそう宣言する。
正直言ってすごく怖いし、いますぐにでも逃げ出してしまいたいくらいだけれど……でも、俺は部外者なんかじゃないのだから、きちんと向き合わないと。
アンドレアや父にだけ背負わせるわけにはいかない。俺だってベルナルディ家のれっきとした血族なのだから。
決意を宿した瞳を見て何を思ったのか。ゴローマルはやがて仕方なさそうに眉尻を下げ、無言で鉄扉を開いた。
「……無理だと思ったら直ぐに出てきてください」
最後にかけられたその言葉が、恐怖を倍増させるようでちょっぴり足が竦んでしまう。
なんとか震える身体を叱咤して、扉の向こう側……暗がりの中へと踏み出した。
牢屋の中はとっても暗くて、灯一つない。こんなところで過ごしていればすぐにでも精神を病んでしまうに違いない、そう思うくらいの無機質な空間。
牢の真ん中に何か大きなものが見えるような気がするけれど、目を凝らしてもよく見えない。むむ……?と俺が近付くと同時に、ゴローマルが入り口の辺りの松明に一本だけ火をつけた。
ぼわっ!という炎の音と共に浮かび上がる、大きな影の正体。
それを視認した途端、俺は「ひっ!」と情けない声を上げて後退ってしまった。
「なっ……お、おかあ、さま……?」
見えた“それ”は薄汚れた質素なドレスを着ていた。
パッと見たとき、最初はドレスだけが床に落ちているのかと勘違いしてしまった。なぜなら、紫に近い赤色に変色した肌と、母の好きなワイン色のドレスが暗がりで同化しているように見えたから。
「っ……!」
「……主様、大丈夫ですか。気分が悪いのなら外に……」
ガウが背中に大きな手を添えてくれる。力の抜ける身体をそっとその手に凭れかけて、詰まる息をゆっくりと吐き出した。まずは落ち着かないと。
初めて目の当たりにした毒による遺体。
前世では常に死の気配が渦巻く場所にいたから、正直いって甘く考えていた。遺体やら何やらには慣れているから、きっと大丈夫だって。
でも、違った。その“死”が身近な人間なのか他人なのか。それだけで、衝撃は大きく変わるのか。
血は繋がっているけれど親しくもない、むしろ嫌いな母。そんな母の遺体を前にしてここまで心を掻き乱されるなら……仮にこれが大切な人だったら、俺はどうなっていただろう。
「だいじょぶ……大丈夫。ごめんな、おれは、だいじょぶだから」
心配そうに俺を見下ろすガウに微笑みかける。その言葉はガウに対して語ったものなのか、それとも自分へ言い聞かせるためのものなのか。自分でも分からないまま。
一歩、また一歩、ゆっくりと歩を進めて、母だったものの前に立つ。
そろりと手前に膝をつき、初めにぐっと両手を合わせて目を瞑った。弔うというよりは、自分の中の覚悟を明確にするための前準備、みたいなものだ。
数秒閉じ続けた目を開けて、深呼吸をしながら遺体を見下ろす。死亡直後の状態で保存していると言っていたから、今この空間を母が死んだすぐ後だと仮定して見てみよう。
「ごろーまる。お母さまは、じぶんで毒をのんだのか?」
「え……あ、えぇ。状況的に自死で間違いないかと。ただ、毒に関しては自ら調達することは不可能だったはずなので、協力者がいる可能性が高いです」
協力者……その人は母の自殺に協力しただけなのか、それとも母に自殺を強要したのか、なんて。
ちょっぴり物騒なことを考えながら視線を移す。母の表情は酷く苦痛に満ちていて、見ているだけなのに俺まで苦しくなりそうなくらいだ。
……そう、母は苦しいことが大嫌い。痛いことも大嫌い。短い針が手先に刺さることすら嫌がって、貴族令嬢のメジャーな趣味である刺繍も滅多にしなかったほどに。
そんな母が、自ら積極的に毒殺を選ぶだろうか?それとも毒の知識がなかっただけ?毒殺なら、苦しまずに死ねるとでも思っていたのかな。
「お母さまがのんだ毒は、どんなものなんだ?」
こんなに肌が変色するなんて、毒って怖いんだなぁ……なんて現実逃避にも似た思考を巡らせながら問う。
ちらりと振り返ると、ゴローマルが何やら躊躇うような仕草をしてから小さく答えた。
「……それが、拷問でよく使用される猛毒なんです。タチの悪い効果がありまして、含んでから数分は延々と激痛に苛まれ、時間が経たなければ死に至ることはないという代物で……」
そのセリフに息を呑む。それじゃあ母は、こんな暗い牢の中でたった一人、悶え苦しみながら最期を迎えたというのか。
……いや、こうなることは決まっていた。原作でも、母はアンドレアの手によってザマァエンドを迎え、最期は濁されていたけれど、きっと惨い死に方をしたのだろうし……。
でも、実際に現実でその結末を目の当たりにすると、事前にしていた納得や理解がぐちゃぐちゃに壊れてしまいそうだ。
そんな混沌と苦痛の渦に呑まれそうになり、慌てて母から視線を逸らす。
あからさまになってしまうけれど、この胸のぐちゃぐちゃな感情を鎮める為に思いついた疑問をそのまま口にした。
「それじゃあ、協力者さんは、お母さまにわざとそんな毒をのませたとか?」
「……そうですね、今のところそう見ています。こんなタチの悪い毒を使うなど、殺しやその光景を楽しんでいるとしか思えませんから」
それなら母は、それが毒とは知らずに飲んだ可能性もあるのか。
そんなに悪趣味な協力者だったのなら、母を騙して自死させるなんて楽勝だったはず。なにせ母はいかにもって感じの貴族令嬢だったから、それはもう無知で騙しやすかったに違いない。
……母を自死させた……いや、殺した人は、母になんの情も抱いていないということか。
「どうして、お母さまを……」
どうしてその人は母を殺したのだろう。そもそも母は、どうして殺されてしまったんだ?
原作で母を死に至らしめたのはアンドレアだった。正確には、アンドレアをイジメた母に激怒したベルナルディと言うべきか。
そういうわけだから、ベルナルディ以外の人間に母が殺されるなんて思いもしなかった。そのイレギュラーさんは、どうして母を殺さなくてはいけなかったのかな。
なんてぐるぐると考え込んでいると、ふいに牢の開け放たれた入り口から凛とした声が聞こえた。
「──捨て駒だからだよ」
聞き慣れた声にハッと振り返る。
ガクブルと青褪めるゴローマルを退かして立っていたのは、呆れ顔をするアンドレアとニコニコ笑顔のロキだった。
「ふ、ふたりとも、どうして!」
「どうしてって……ルカちゃんの動きって予測し易いからね。案の定の場所にいたよ」
「……お前は本当に……一人で突っ走るのが好きなんだな」
何やら既視感のある呆れ声と全て見透かされたような態度に、俺は「ぐぬぬ……ッ!」と拳を握り締めた。
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