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四章
105.公爵との対面
その後散々ふえぇぇっ!と泣き喚きながらも、時間は刻々と流れた。
いよいよその時が迫り、ガクブル震えながらも議会場に向かう。ロキとは入り口で別れた。今回の貴族会議で主張の席に立つのは俺とアンドレアだから、ロキはあくまで傍聴者の立場になる。
ロキは出来る限りアンドレアに賛同する空気を流して貴族達に圧を掛ける役を担うらしい。前科者のロキなので、信じていいんだよな?とジト目で見つめてやった。
一応はニコニコ頷いていたので、まぁ信じてやるとしよう。
そんなこんなでついに始まった物々しい空気の貴族会議。
議会場はとても広くて、ドーム状の空間となっている。そのため、四方八方見渡しても貴族だらけだ。正面にだけは高い位置にも席があり、そこにはこの場で一番豪奢な衣装の男性が座っている。
誰だろう?と思いながらも、ぽけっとしていたところをアンドレアにポンと撫でられてハッと意識を逸らした。今はそんなことを考えている場合じゃない。
「えぇーこれより、ベルナルディ家令息、アンドレア公子から提示された法改正案……並びにルカ公子を巡る親権問題に関する貴族会議を行う」
何やら司会っぽいお爺さん貴族がそう切り出した瞬間、空気がピシッと張り詰めた。
俺はこういう話題には頭が回らないタチなので、とりあえず神妙な面持ちだけ崩さないようにしながらぽけーっと意識を休めた。難しい用語ばっかりでわけわかめである。
証言台みたいな場所に立たされてから既に数分経過しているけれど、ここには椅子がないから座って休むことも出来ないし……ぐすっ、もうかえりたいよう。
涙目になりそうなところをグッと堪える。俺ったらまだ早いぞ。涙はあくまで切り札だってロキが言ってたじゃないか、と視線が無意識にロキを探す。
バレない程度にきょろきょろすると、すぐにロキは見つかった。
珍しい純白の髪と目立つ赤目をしているから、人が多い中でも見つけやすいな。なんて思いながら、ニコニコ笑顔で手を振ってくるロキにちょっぴり頬を緩ませた。
ロキの隣にはリカルド様もいて、穏やかな微笑みを向けられた途端ちょっぴり緊張が和らぐ。何だかんだ言って、あの親子が味方についている時の安心感は異常だ……。
「親権に関する法改正案。ジェルマーノ公爵によるルカ・ベルナルディの親権主張。一度の貴族会議でここまで重要な内容を決着まで進めようとするなど、やはり若造だな」
「凶暴なマフィアの後継者と言えど所詮は子供だ。頼りの父親が処刑台に立たされそうになって焦っているのだろう」
ふと、どこからか聞こえてきたクスクスといった笑い声にハッとした。
陰口みたいに囁かれる内容にも悪意が籠められているし、そのほとんどがアンドレアを小馬鹿にするものばかり。
思わずぷくっと頬を膨らませて内心激おこするが、ふと隣に立つアンドレアに肩を抱かれてハッと怒りを収めた。
「……落ち着けルカ、問題ない。この貴族会議、俺達の勝利が確定した」
微かに不敵な色を籠めた声音が気になって、そろーりと僅かにアンドレアを見上げる。
視界に映ったアンドレアの無表情は微かに、ほんの微かに薄い笑みを浮かべているように見えた。どこかを見据えているような視線を辿ると、そこには気になっていた豪奢な衣装の男性がいる。
誰より高い位置に座る、王冠を被った謎の……って、王冠?
まさか、とぱちくり瞬く俺を抱き寄せながら、アンドレアが小さく呟いた。
「飾り物の傀儡と言えど、最高権力者であることに変わりはない。王の弱点を突く材料なら手元にある。過程がどうであろうと、王の許可を脅し取ればそれで良い」
なんだかすっごく物騒なことを言っているような気がするけれど……大丈夫かなそわそわ。
まぁでも、アンドレアがこれだけ自信を持って言うくらいだから、よっぽど強い武器を隠し持っているのは間違いない。この様子なら、あんまり不安になってガクブルしなくても良さそうだ。
「では初めに親権問題に関する法改正案を……と、その前に、ジェルマーノ公爵より議題の順序変更をするようにとの要望が──」
早速俺達の敵さん、ジェルマーノ公爵に動きが?と動揺する俺の横で、アンドレアは一切瞳を揺らすことなくその要望を「構いません」と受け入れた。
まるでこうなることを予測していたような反応だ。なんというか……ここまで全てアンドレアの手のひらの上、みたいな感覚があるような……。
「ではジェルマーノ公爵、前へ」
その言葉に思わずビクッと肩を揺らす。
ジェルマーノ公爵……俺の血縁者、俺の祖父。会ったことも見たこともない血の繋がった人間が、同じ空間に存在している。
その事実になんだか不思議な気持ちになりながらゆっくりと顔を上げる。向かいの席に立っている壮年の男性と視線が合った瞬間、肩を抱くアンドレアの手に力が籠った気がした。
「──おお……ルカ、我が愛おしい孫よ……」
自分でも正直言って、容姿はまったく似ていない。血縁と言葉で言われなければ分からないくらい血の繋がりを感じないその男性が、涙を一筋流しながら悲痛を帯びた声を発した。
「母を恐ろしい実父に殺害され、さぞ恐怖に苛まれながら過ごしてきた事だろう……これまで何もしてやれず、本当に申し訳ない……」
ほろほろと涙を流す姿からは、びっくりするほど愛情やら罪悪感やらといった想いが感じられない。
俺でも……いや、俺だからこそ分かる。この人の言葉は空っぽだ。いつもアンドレアや父から、心からの愛情が籠った言葉をたくさん聞かされているからだろうか。
この人の空っぽの言葉と、寧ろ嘲笑っているかのような本心が、よく透けて見える。
「これまで何度も親権の第一所有権を引き渡してほしいと懇願したのだが、あの悍ましいベルナルディの当主はそれを決して許さなかった……惨いことだ、彼はまさに悪魔だ……!」
これまで何度も?その言葉にハッと目を見開く。
公爵と父の親権を巡る争いは、今回が初めてじゃなかったのか。この人はずっと前から俺の親権を主張していて……でも、父はそれを絶対に許さなかったと?
「っ……!」
あぁ、まだ早いと分かっているのに、涙が溢れてしまいそうだ。父はずっと、知らないところで俺を守ってくれていたのか。俺を愛して、守ろうと足掻いてくれていたのか。
この件が公になった原因は、父が一時的に警備隊に引き渡されて、親権の所有者が曖昧になったからだ。公爵はそこにつけこんで、大々的に俺の親権を主張した。
なんだか考えれば考えるほど、この国は貴族や大人に甘いんだなぁとつくづく実感する。
第一所有権だのなんだの、バカみたいだ。当の子供の意思はガン無視して、大人だけで勝手に話を進めて決定してしまう。そこに子供の意思はない。
どうしてみんな、この異常性に気が付かないのだろう?そう考えて、ふと察した。
そうか、気が付かないフリをしているのか。誰もそれを主張しないから、今まで見ないフリがまかり通っていただけなのだ。
みんな実は気が付いている、けれど貴族や大人たちからしたら厄介でしかないその事情を、子供であるアンドレアが主張したから。
だからこんなにも、議会の大人達はアンドレアをどう蹴落とすか、それしか考えていない嫌な目をしているんだ。
「この場に参席なされている貴族の方々に問いたい!法を悪用したベルナルディ家の所業を果たして見過ごして良いものか!?」
演説のような高らかな声が響き渡る。公爵の取り巻きらしい外野の貴族達の、そうだそうだー!とやらの典型的なヤジが聞こえて思わず眉尻を下げた。
こういうの、実際現実にあるのね。
「国王陛下!私、ファビオ・ジェルマーノ公爵は孫であるルカ・ベルナルディの親権を主張致します!並びに、今ここで悪逆非道の限りを尽くしたベルナルディ当主の極刑を宣言して頂きたい!」
どさくさに紛れてなに言ってんねーん!とぶん殴りそうになったけれど、それは拳をぎゅぎゅうっと握るだけで留めた。
それにしても、司会っぽいお爺さん貴族を通り越して王様に直談判するなんて、この人もかなり腹黒いみたいだな……。
なんていうかもう、親権だとか血縁者だとかおじい様だとか、全部どうでもよくなってきた。今はとにかく、この失礼で気に食わないおじさんをぶっ飛ばしてやりたい。
でもそんな衝動的なこと言ったら、またアホだのなんだのって怒られちゃうよね……としょんぼり見上げた先。そこに見えたものに思わずポカンと間抜けな表情を浮かべる。
視線の先にあるアンドレアの表情は、かつてないくらいにブチ切れていた。
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