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四章
107.勝負はウソと脅しと勢いが大事
自分でもびっくりするほど涙が溢れてくれないが、この際どうしようもないので、とりあえず手のひらで顔を覆って演技を続けることにする。
うえぇぇーんと大根役者もびっくりな棒読み号泣を披露しながら、シクシクとわざとらしい泣き声を響かせて語った。
「お母さま、とってもこわかったですぅ。やさしいお父さまとお兄さまがいなければ、いまごろどうなっていたことかぁ」
思い出すのは父とアンドレアから強いられた冷遇の日々。
その時は『優しいお父様とお兄様』はいなかったから、正直まったくと言っていいほど声音に感情が籠ってくれない。けれどそれもそのはずだ。
だってその時期の記憶を思い出しても、ひとりぼっちで寂しかったことしか覚えてないんだもの。
「おじいさま、ひどぉい。お母さまにそんなめーれーしてたなんてぇ。おじいさま、きらぁい」
向かいから「んなッ!」と嘆くような声が聞こえる。どうやらきちんと作戦が効いているようだ。
俺がシクシクメソメソと泣く演技をしている間に、アンドレアもうむうむと深く頷いて言葉を続けた。ちょっぴり力技な気もするけれど、このままゴリ押すみたいだから俺も流れに乗ろう。
「陛下、お聞きになられましたか。弟はまだ幼い子供なのです。このような幼子を、虐待を唆した祖父のもとへみすみす引き渡せと?寝言は寝て言って頂きたい」
アンドレアってば、完全に最初の敬意を忘れちゃってるなぁ……。
初めは形だけでもしっかり保てていたのに、今はいつもの毒舌の片鱗がチラ見してしまっている。
そのマイルド毒舌を受けた王様は、見るからにビクッと震えてキョロキョロ辺りを見渡し始めた。
こんなのまだまだ柔らかい言葉の方なのに、いつもロキが受け止めているような毒舌を突き付けられたら王様、軽く死んじゃうんじゃないか。
「ふ、ふざけるな!証拠はあるのか!?どうせ今の孫の言葉も、貴様らが言わせているだけだろう!」
うーむ、これに関しては公爵の反論が正解だな。たしかに俺、言わされてるし……。
まぁでもだからといって、残念だけれど味方をすることは出来ない。公爵には申し訳ないけれど、このままアンドレアから言いがかりをつけられて負けてもらおうじゃないか。
「話を聞いていなかったのですか?まさに証拠となる手紙を発見したと言ったばかりでしょう。それとは別に、母の虐待を裏付ける録音も記録しています」
え、うそん。そんなのもあるのー?
当事者だってのに、なぜか何にも知らない俺。そんな俺を置いてけぼりに、アンドレアは『証拠』だというそれを掲げた。
手に持っているのはちっちゃな録音機。これもでっち上げかな、とジト目を向けたが、すぐにハッと息を呑んだ。
録音機に記録された内容が、それはもうものすごーく聞き覚えのあるものだったから。
『──お前なんか産まなければよかった!』
議会場に響き渡った母の声。その瞬間、ざわめきが一瞬で静まり、沈黙が流れる。
その静寂の空間に続けて二度、三度と母の声が響き、その度に貴族達の表情に何とも言えない色が籠っていった。気まずそうなものやら何やら。そしてそれは、上座に腰掛ける王様も同じだ。
よく聞くと、その内容は俺に向けられたものだけじゃなく、母がアンドレアに向けて叫んだものも含まれていた。
前後でセリフが切り抜かれているものも多々ある。どうやらそれらはアンドレアに向けられたものを、俺に向けられたもののように編集しているようだ。
およそ躾のレベルを超えている、言い訳も何も通用しなさそうな罵詈雑言の数々。
やがてそれが途絶え、アンドレアが無言のまま録音機を下ろすと、ようやく張り詰めた空気が徐々に動き出した。
「……この発言の全ては、公爵が母に命じた故に紡がれたもの。そのような“悪魔”にか弱い幼子を引き渡すなど、一体どこの父親と兄が屈服出来るでしょうか」
公爵は反論しなかった。しない、というよりは、出来ないと言った方が正しいかも。
貴族達の疑惑の目が向けられていることに焦って、アンドレアの発言が上手く聞き取れていないみたい。ここで反論しないとますます立場が悪くなってしまうだろうに。
流れは完全にアンドレアの掌の上。これじゃあ本当に、アンドレアの勝利が確定したようなものだ。
「──と、とは言え法は法だ。親権はやはり公爵に……」
「──そ……そうだな。如何なる理由があろうと、法に逆らうなど……」
次第にガヤガヤと戻り出す騒めき。
どれもこれも公爵の機嫌を窺うような様子が透けて見える。やっぱり大人の事情やら忖度やらには勝てないのでは……?とアンドレアをチラ見するが、そこにはやっぱり焦燥なんてものは微塵も滲んでいない。
寧ろこの流れになることも予想内だと言わんばかりに、アンドレアは新たな切り札を突き付けた。
「この件に関して、既に“どこからか”流出した情報が記事となって国民に出回っております。確か見出しは『子供を蔑ろにした悪質な法!国王はこれを黙認か!?』だったでしょうか……」
流暢に語ったアンドレアがあからさまに王様へ視線を向ける。
流石の俺でもこの後の流れが読めた。ついでに、初めにアンドレアが語った言葉の真意も。
なるほど、たしかに王様さえ丸め込めればこっちの勝ちなのだから、公爵がどれだけ手強かろうとどうでもいいことだったのか。
「い、いや、たしかにそうだな……子を蔑ろにする法など、あってはならない……うむ……」
「国王陛下!?」
国民からの不支持。たぶんそれを想像してしまって怯えたのだろう。
王様は予想通りビクビク震えながら、アンドレアの言葉に挙動不審に賛成の言葉を述べた。すかさず公爵が声を上げるが、それには聞こえないフリだ。
王様ったら、めちゃんこ都合のいい耳と口をしているらしい……。
これでターンエンドかしら?と呑気に息を吐いた瞬間、アンドレアが不意打ちのトドメを王様にぶっ刺した。
「あぁそれと、こんな記事も出回っているようです。確か『貴族令嬢殺害の真犯人発覚!にも拘わらず冤罪を認めぬ警備隊の闇!裏には国王の差し金が……!?』との見出しだったかと」
王様のガクブルレベルがどーんとカンストまで上がったように見えた。
その直後、ぷるぷると震えた王様がふいに立ち上がる。なにごと!?と張り詰める空気、ゴクリと喉を鳴らす音……それらが流れる中、王様がクワッ!と宣言した。
「貴族諸君!ただちに親権に関する全ての法を見直すようにっ!衛兵!お前達は今すぐベルナルディ当主を牢から解放するのだっっ!」
えぇい早くせんかっ!と叫ぶ姿に、さっきまでの気弱な様子は見られない。
ほほう、保身のためなら強気になるタイプの王様だったのか……と顎を撫でる俺をアンドレアが抱き上げ、再び王様に掲げた。
俺もすかさず目元を手のひらで覆い、うえぇぇーんと棒読み号泣を披露する。
「陛下、弟の親権は」
「もちろん其方らの父が所有権の正統な持ち主だ!」
ヤケクソに叫ぶ王様の言葉をしっかり録音したアンドレアは、フッと笑みを零しながら踵を返した。
この余裕気なドヤ顔……完全に『敗北を知りたい』って感じの雰囲気だぜ。
「あ、あー……で、ではこれにて、今回の議会を──」
いつの間にやら空気になっていた進行役のお爺さん貴族の声を背に、アンドレアは俺を抱えて颯爽と議会場を後にした。
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