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四章
110.束の間の
父が警備隊から解放されたのは、議会が終わってすぐのことだった。
その後も平和なんて許さないとばかりに大きな事件は度々連なって、その中でも一番大々的に報じられたのがジェルマーノ公爵家の没落だ。
どうやらおよそ取り戻すことの出来ない信頼の失墜を察した公爵が、家財を全て売り払って夜逃げしたらしい。邸の中はすっからかんで、汚職やら何やらについての捜査をすることも不可能になったのだとか。
結果的になんだか後味の悪い終わり方になってしまったけれど、まぁ正直、これくらいの事件はこの世界では日常茶飯事。
昨日まで裕福な暮らしをしていた貴族が突然没落して一家離散なんてよくあること。そしてそのほとんどに、大抵マフィアが絡んでいることが多かった。
前世の感覚で例えると、ヤクザとか借金取りとか、その辺りが近しいだろうか。
まぁとにかく、父の冤罪と俺の親権に関する問題は全て解決したということだ。
なんだか六歳の誕生日を迎えてから怒涛の事件の連続だったなぁ……と早くもしみじみ考えながら、その後の日常をのほほんと過ごしてどれほど経っただろうか。
大きな嵐が過ぎ去った後というのは本当に不気味なほど穏やかだ。
気づけば季節も淡々と繰り返し流れ、運命の日が刻々と迫る。シナリオは大分ズレたり狂ったりしてしまったけれど……一応、原作での本編開始と言われる時期はもうすぐそこ。
世界の中心に存在する二人の主人公。
アンドレアとロキが、それぞれ十五歳のお兄さんになったのだ。
***
サメさんを抱えてとことこと廊下を駆ける。
今日もロキと遊ぶ約束をしているから、しっかりとお迎えに行かないと。
そう思いながら廊下の角を曲がった瞬間、出会い頭に誰かと衝突してしまった。
「あばっ!」
どんっ!と高身長の誰かにぶつかってしまったことで、俺の貧弱な身体が軽くぽすーんと後方に吹っ飛ぶ。
ばたんと倒れる寸前、ぶつかった相手が俺の手をグイッと掴んで引き寄せてくれた。そのままぽすっと抱き留められ、ひとまず床に激突する事態は防ぐことが出来た。
「ルカ、大丈夫か。どこかぶつけていないか?」
「むぐぅ……むっ、お兄様!」
ちょっぴりジンジンする鼻を撫でながら、声の主をハッと見上げて瞳を輝かせる。
ぶつかったのはアンドレアだった。なんだか見る度ぐんぐん成長して、精悍な美青年の面持ちに磨きがかかっている気がする。
少し前までは胸元までだった至極色の髪は、この数年で背中にまで伸びて絹のように艶めいている。
アメジストの瞳にはマフィア特有の仄暗い陰りが加わり、見つめられているだけで息が詰まりそうだ。身長もぐんと伸びて、小柄のまま全く成長しない俺と並ぶと、まるで巨人みたい。
そんなアンドレアにひょいっと抱き上げられるのは今も変わらず……抵抗しても下ろしてくれないのはとっくに把握済みなので、俺も素直にむぎゅっと抱き締め返した。
「だいじょぶですっ!お兄様こそ、ケガしてませんか?」
「問題ない。ルカは羽のように軽いから、ぶつかったことにすら気付かない程だ」
内心ガガーンと涙目になる。アンドレアからすればフォローのつもりなのだろうけれど……その悪気のない純粋な目が余計にダメージを増幅させるんだよなぁ。
それ、俺がちんちくりんのまま成長してないって突き付けているようなものだぞ……とトホホしながら「さ、さいですか……」としょんぼり肩を落とした。
「急いでいたようだが、何か用事でもあるのか」
ふと尋ねられてぱちくり瞬く。そういえば、今日の予定をアンドレアに伝えていなかったな。
こくりと頷き「ロキと遊ぶんです」と答えた途端、アンドレアの纏う空気がピシャッと張り詰めた。な、なにごと……!
「……遊ぶ?クソ野郎と?聞いていないが」
「あ、あぇ……その、いうの、わすれてた……」
「忘れていた?本当に忘れていただけか?俺に内緒で奴とナニかするつもりだったんじゃないのか」
ま、まずい!稀によくある『アンドレア謎の激おこモード!』が発動してしまった……!
九割の確率でロキが絡んだ時に見られる、アンドレアが突如として発動する沸点の分からないお怒りモード。今日も今日とてしっかりと発動させてしまったぜ……。
こうなってしまったものはもう仕方ないので、いつも通りどーどーよしよしと必死に宥めてお怒りモードを鎮めてもらう。ふぅ、今日も鎮火完了。
「そ、それじゃあ、お兄様もいっしょに遊び……ます、か?」
「遊ぶ」
わぁ、即答だぁ。
光もびっくりの速さで返事をしたアンドレアにうむうむと頷く。
おーけーおーけー。ロキには事後報告になってしまうけれど、まぁ遊びは人数が多ければ多いほど楽しいものだから結果オーライ。俺ってばハプニングもサラッと対処出来るなんてほんとクール。
それじゃあれっつらごー!と拳を掲げて、パーティに加わったアンドレアと一緒にてくてくとロキのもとへ向かった。
「──ねぇ、正気?」
れっつらごーの時のワクワク感はどこへやら。
目前に立つロキを見上げてぷるぷると震える。笑顔で絶対零度の視線を向けられているアンドレアは、冷淡な声音を突き付けられてもスンと無表情を保ったままだ。
一触即発の空気にたらたらと冷や汗を垂らす。何やら激おこしているらしいロキを、機嫌を窺うようにそうっと上目で見つめた。
ロキもアンドレアと同様、本編開始の年齢である十五歳を迎えたのはつい最近のこと。
元から大人っぽかった雰囲気に更に妖艶な印象が加わり、完全に美青年って感じの雰囲気だ。
ゆったりとした流し目と、他人を端から端まで全て魅了するような耽美な笑み。まさに原作通り、挿絵通りのロキ・ヴァレンティノが出来上がり、俺もかつてファンだった身としてほくほくと微笑ましい限りである。
感覚としては母親目線に近いだろうか。こんなにおっきくなってぇーとか、そんな感じ。
そしてそんなロキは今、美人特有の威圧感のある笑顔を貼り付けてアンドレアにブチ切れていた。
「デートに保護者同伴とか、笑えないんだけど。いい加減少しは弟離れしたら?」
「弟がクズの毒牙に掛かろうとしているというのに、心配しない兄が何処に居る。結婚も交際もデートも交友も貴様が絡む事柄は全て認めない」
「えぇ……重すぎる……」
ドン引きのロキと一緒に俺もちょっぴり身体を強張らせた。たしかにおもい、かも。
幼少期の媚売りに成功しすぎてしまった反動か、アンドレアはほんの少し……いや、かなーり重度なブラコンになってしまったのだが、これが結構厄介なもので。
こういう感じで特にロキに対して、いつも仇と対峙するような重苦しい雰囲気を纏うから気が抜けない。油断して目を離した隙に抗争が始まっていそうなくらいの空気だ。
「お、お兄様。なかよく、なかよくしないとダメです!おれ、たのしく遊びたいのに……」
恐ろしい空気にぷるぷる震えながら涙目で訴える。
せっかくの楽しい遊びの時間、震えながらカタカタ過ごすなんて嫌だ。そう思いむぐっと俯くと、アンドレアがあたふた慌てた様子で膝をついた。
「わ、悪い。大丈夫だ、俺達は……別に、不仲ではない」
「そーそっ!大親友だよね!」
「…………そうと言わなくも、なくもない」
何やらちょっぴり曖昧な答えだったけれど、とにかく仲が悪いわけではないらしいのでほっと息を吐いた。アンドレアの不愉快そうな表情は見なかったことにしよう。
よきよき、二人ともきちんと仲良しなのね。これでるんるんと楽しい気持ちで遊びにいける。
「さてルカちゃん、今日はお出掛けの約束をしてたけど……行き先は本当に俺が決めていいの?」
ロキの問いにこくっと頷き、ワクワク瞳を輝かせながら飛び跳ねた。
「うむ。おれ、おそとのことはよくわかんないから、お任せでいいぞっ」
わくわく、わくわく。お出掛け楽しみだなぁーとルンルン気分で左右に揺れる。
そんな俺の手をロキがニコニコ笑顔でとって繋ぎ、俺の歩幅に合わせてとことこ歩き始めた。
はっと振り返り、アンドレアのこともちょいちょいと手招く。片手にはサメさんを抱いているからアンドレアとは手を繋げないけれど、せめて並んで歩きたい。
なんてルンルン気分で思う俺の頭上で、二人はやっぱり恒例の口喧嘩を始めてしまった。
「おい、そこを代われ。ルカから手を離せ」
「早い者勝ちだよ。のろまは大人しく後ろをついて来ればいいじゃないか」
「死ね」
パーン!と高らかに銃声が鳴る。
うーむ今日も平和で何より、とのほほんしながらお出掛けに向かった。
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