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四章
118.ひみつの下剋上(ジャック視点)
「なるほどねぇ……隷従の焼印のせいだったのかぁ」
奴隷商人の邸に忍び込み、書斎で見つけた手帳を漁る。
「焼印は一度刻めば、半永久的に強制力が効く、と……」
いかに獣人を、奴隷を、人間の思うが儘に服従させるか。その情報だけが狂ったように記された手帳を全て読み切り、ぐしゃぐしゃに破いて丸めて……奴隷商人の“口の中”に突っ込んだ。
でっぷりと太り果てた体躯を椅子にして腰掛けていたは良いが、あまりに座り心地が悪すぎるせいで飽きてしまっていたところだ。そろそろこのクズは殺していいだろう。
無様に四つん這いになり、白目を剥いて紙切れを呑み込む奴隷商人……いつも獣人を家畜の如く惨い扱いで躾けているだろうに、これじゃあどっちが家畜か分からないなぁ。
「ねぇ君、本当に例の虎獣人のことは何も知らないのぉ?」
「しっ……しら、なっ……しらな、からっ!頼む、たすけてくれっ……ギャァッ!」
「あはっ。何それ、ちょっと汚いから黙ってくれるぅ?」
なぁんだ、本当にコイツはガウのこと何も知らないのかぁ。
獣人奴隷の所有数は奴隷商人の中でも屈指だと聞いたからわざわざ調べに来てやったのに、まさかガウの件に何も関わっていなかったなんて。使えない。
使えないゴミに用は無いから、勿論コイツは廃棄処分だ。何だか笑いを誘う命乞いを今更吐き始めているけれど、構わずゴミの贅肉にナイフを突き刺す。
飛び出した悲鳴が予想以上に汚かったから、その辺に放り投げていた文献や手帳をいくつか拾って口の中に詰め込んだ。よし、喉が塞がってちょっとは静かになったかな。
「あれ?もしかしてもう死んじゃったのぉ?つまんない……今から下剋上ごっこ見物しようと思ったのになぁ……って、あれ?生きてる?」
生きているのか死んでいるのか分からない奴隷商人。だらしない腹が僅かに上下しているから、一応息はしているみたい。
確認するの面倒くさいからもっと分かりやすく生きてろよ、と少しイライラしちゃったから軽く腹を足蹴にした。うーん、別にあんまりスッキリしないなぁ。
まぁでも、これから楽しい処刑が始まるからここらで許しておこう。僕ってば優しいー。
奴隷商人の足首を鷲掴みにして引き摺り、すぐ近くにある獣人奴隷たちの監禁場所へと向かう。硬い鉄扉を蹴り倒して踏み込むと、中にいた獣人奴隷達がたちまち警戒をあらわに毛を逆立てた。
熊獣人に狼獣人に犬獣人……うーん見事に肉食系の獣人ばっかり!
本来なら非力な人間なんて敵にすらならない上位生物たちは、嵌められた隷属の首輪によって強引に抵抗権を奪われていた。
「やぁ獣人くん達!今日は君達にとっても楽しいゲームをしてもらいに来たよぉ!はいコレ、ゲームで使うサンドバッグね」
引き摺っていた奴隷商人を獣人たちの真ん中に放り投げると、一度は遠目に作られた輪が徐々に豚商人……もう豚でいっか、豚に近付いていった。
目の前に伏せているのが、毎日殺したいほど憎んでいたであろう奴隷商人なのだから瞳を輝かせるのも無理ないだろう。なにせその商人は今ボロボロの瀕死なのだから尚更。
とりあえず隷属の首輪を全員分外してやって、涎を垂らす獣人たちに“待て”をしながら語り掛けた。
「おめでとぉ!選ばれた君達にはぁ……今から下剋上ごっこをしてもらいまぁす!」
ぱちぱちーっ!と拍手をする僕を恐る恐る見据えて、獣人たちがヒソヒソと囁き出す。
「げこく、じょう……?」
「この有様は、あの血塗れの人間がやったのか……?」
「なんにせよ、これはチャンスだぞ……!憎いこの男に仕返しをするチャンスだ……!」
うんうん。やる気は十分のようで何より。獣化寸前まで興奮し始めた獣人たちを前に満足気に頷く。
楽しい復讐タイムに入る前に、腹を空かせた獣たちへ最後の演説を済ませることにした。
「いいかな君達。これは慈悲深―い僕のご主人様のお気持ちだ。僕のご主人様は獣人が大好きでねぇ……こういう、獣人を迫害するクズはとぉっても大っ嫌いなんだ」
僕のセリフに獣人たちがザワザワと騒めき始める。どうやら僕の言葉がいまいち信じられないようだけれど、中には期待や崇拝の眼差しを向けてくる者もいる。
いくら胡散臭くたって、彼らにとって僕……何より僕をここへ差し向けたことになっているご主人様は、生涯続くと思われた地獄にやってきた一筋の救いの糸なのだ。
だから、本能的に崇めてしまう。かつてのガウや僕のように。救いのない絶望の中に射しこんだ光には、どんな捻くれ者も悪人も逆らえないのだから。
熊に狼、良い人材が揃っているじゃないか。
ご主人様を囲う護衛部隊やら駒やらに十分相応しい奴らだ。
「今から君達は自由!そこの元ご主人様を甚振った後はどこへだって逃げて構わない!今後どんなことをしたって君達の自由だ!でも……」
豚に牙をかけようとしている待ての効かない獣人を締め上げながら、ヒソッと小声で囁いた。
「くれぐれも忘れないでねぇ?君達を神の如き慈悲深さで救った、至上の天使様が存在するってことを……」
最後に不敵な笑みを残して踵を返す。チラッと見えた獣人たちの目は、まだ見ぬ『ご主人様』への期待や妄信、忠誠や恋慕に染まりきっていた。
信者集めも上々。随分大きな寄り道をしてしまったけれど、まぁ収穫を見れば一概に寄り道と言い切ることもできない。有意義な時間だったことに違いはないだろう。
きっと数日後には、何人かの獣人がベルナルディ家の門を叩くはず……たくさんのもふもふを前にしたご主人様の反応が今から楽しみだ。
「──ま、待ってくれッ!助けてくれぇ!たすけッ……グアァッ!」
あーあ、意識戻っちゃったんだぁ……あの豚。ずっと気絶していれば楽に死ねたかもしれないのに。
当然命乞いに耳を貸す時間もないので、背後から聞こえてくるエグい暴行の音をシレッと無視して邸を後にした。
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