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四章
119.ガウの行方
その日の夜、俺は馬車に揺られてとある場所へと向かっていた。
重苦しい表情で隣に座るのはアンドレア。向かいには気まずそうに顔を逸らすミケの姿もある。
俺が無表情のままずっと無言でいることを気にしているのだろうか。実際はただ、感情をあらわにする余裕すらないだけだ。
手遅れかもしれない。そんな可能性はとうに理解しているし、もう聞き飽きた。
みんなきっと、本心では“たかが獣人”だとか思っているんだろう。俺ばっかりが焦っていて、みんなはそれに振り回されているだけなんだって、ちゃんと分かっている。
それでも、今はみんなを振り回して巻き込むことを厭わない。家族を守る為だから。
この世界はマフィアが主役のダークファンタジーな小説の中。
楽しいことばかりじゃないのは当然だ。毎日のように、すぐ近くにいる誰かが死ぬ。殺し屋の世界というのはそういう場所だ。そんなことは、流石の俺でも理解している。
だから、時には残酷な結末が待ち構えることだろう。立場が弱く、この世界で明確な役割を与えられていない者には尚更。
分かっているから、歩みを止めない。どんな展開が起こったとしても、俺には“ルカ・ベルナルディ”として、その結末を見届ける責任があるから。
***
時は少し遡って、昼間の執務室。
重々しい空気の中、俺はみんなの隠し事についてを聞き出して呆然と固まった。
「──……ガウが、死んだ?」
零れた声は酷く掠れていた。まるで感情が無くなってしまったみたいな、そんな空虚な感覚が一瞬心を支配する。けれどすぐに、行き場のない酷い悲痛が襲ってきた。
混乱と困惑と、泣き叫びたい衝動に駆られる激情。俺はゆらゆらと瞳を揺らしたまま、感情がすっぽり抜け落ちた表情で硬直する。
そんな俺を見たみんなの顔には、一様に『ほら見たことか』と言わんばかりの後悔が滲んでいる。
俺もようやく、あぁそうかと理解した。これは確かに、みんながグルになって俺を騙そうとするのも分かる。何が何でも知られないようにと、隠し事をするのも分かる。
現に彼らは今、俺の頬に一筋伝う涙を、まるで自分事のように苦しげに見据えているのだから。
「ま、まだ死んだと決まったわけではありませんよ?現時点で見つかっているのは、拷問を受けた場所と思われる廃倉庫と、致死量を満たした出血跡だけですから、えぇ」
「……馬鹿か、救いは無いと言っているようなものだぞ。黙れアホミケ」
絶望しか感じないフォローをされて更に無表情が深くなる俺を見て、アンドレアが呆れた様子でミケの頭をパシーンと叩いた。
アンドレアの言葉にもどよんと気持ちが沈んで、案外“救いは無い”という事実に間違いはないんじゃないか。そんな考えが湧いた。
廃倉庫で見つかった大量の出血跡、そして何より、最悪の事態を確固たるものとする証拠は……
「……ほんとに、この中にガウの腕が入ってるの?」
テーブルに置かれた黒い箱を見下ろし、ぽつりと問う。みんなの反応や曖昧な頷き加減を見る限り、どうやらここにガウの腕が入っているというのは真実らしい。
出来ることなら実際にこの目で見て確かめたいところだけれど……それだけは絶対に駄目だと父やアンドレアに止められたから、無理そうだ。
二人があんなにも強く語るのは珍しい。どれだけ脅しやら何やらを重ねても、こればかりは二人の方も譲ってはくれないだろう。
となると、俺に出来るのは精々想像することだけ。この箱の中に人の腕が入っているなんて、到底信じられないけれど……。
「腕、なくなったら……人って、すぐ死んじゃう?」
自分で問いを紡いでおいて、何を恐ろしいことを……とちょっぴりドン引きしてしまった。
こんなの日常生活じゃ絶対に口にしない疑問だろう。なんというか、俺もこの世界に転生して長いし、少し倫理観がズレてきているような気がする……。
まぁ何はともあれ今はガウだ。微かな期待を籠めて紡いだ問いに、答えを返してくれたのはアンドレアだった。
「……後の処置による。直ぐに治療すれば、そう簡単には死なない。頑丈な獣人なら尚更。だがこれも、結局は治療の有無で決まる」
それじゃあ、もしも腕がなくなった後にすぐ治療されていたなら、ガウは生きている可能性が高いということ?
けれど逆に……杜撰な治療しかされていなかったら、それだけ生きている可能性は絶望的になるということだ。腕を一本切り落とされても生き延びるなんて、常人には想像がつかないけれど……。
「なら、はやく助けにいかないと。遅くなるほど、ガウがピンチになっちゃう!」
これは時間との勝負のように思える。助けが遅くなればなるほど、ガウが力尽きて死んでしまう可能性がアップしてしまうに違いない。
うん?とっくに殺されているかもって?今はその可能性はスルーだ。ガウは生きている、生きているのだ、いいね?
「ガウがゆーかいされた場所は、わからないのか?」
焦って問いを紡いでからハッとする。まぁ分からないよな……分かっていたら、とっくにガウのことお助けに行っているだろうし。
しょぼん……と肩を下げると、案の定みんなは申し訳なさそうに首を振った。けれど、リノからふいに紙切れを差し出されたことでハッと息を呑む。
「これは……」
「箱の中に入っていた紙です。ルカ坊ちゃまへの脅迫状のようで……脅迫の内容にしては、場所の指定が無いという点が不思議なのですが……」
『側近を無事に返してほしければ、一人で例の場所に来い』から始まる典型的な脅迫状。
こんなドラマでしか見ない脅迫状、実際本当にあるんだぁ……とちょっぴりシリアスな空気を忘れてジト目をしてしまった。
確かにみんながコレを隠した理由が分かった気がする。これは確かに、俺ってば一人で暴走しちゃうかも。それもみんなに何も言わないで。
事情を知らずに激おこしてしまったことには反省しないと。そうしょんぼり反省しながら、紙に書かれた文章を全て読んでみる。
「“側近は主のもとにいる”……むぅ、あるじ?」
主のもとにいるって。ガウのご主人様は俺だが?と眉を顰め、やがてハッと思い出した。
蘇ったのは、前世読んだ原作のとある文章。獣人奴隷について記されたところに、こんな内容の文章が書かれていた気がする。
『買われた獣人奴隷には隷従の焼印が刻まれる。焼印は主の所有物たる証。追跡の呪、絶対服従の呪が施されており、新たな主の焼印に上書きされるまで、その証が効力を失う事はない』
どうして忘れていたのだろう。獣人奴隷の所有について表に出ていないこの惨い真実……こんな重要な内容を今まで忘れていたなんて。
焼印は単なる所有の証ではなく、呪いだ。それを知るのは一部の奴隷商人だけ。父達でさえ、この事実を知らなかったのか。だから、ガウの居場所が分からなかったんだ。
「なぁリノ!ガウのまえのご主人さま、調べられるかっ!」
「……?以前の主、ですか?それは勿論、直ぐにでも特定できますが……」
「しらべてくれ!ガウは、まえのご主人さまにつかまってるんだ!」
みんながハッと息を呑む。リノが足早に執務室を出ていくのと同時に、残ったみんなが再び紙切れへ視線を移した。
「これ……敵の主って意味じゃなくて、ガウの主ってことだったんですね」
「……紛らわしい書き方をしてくれる」
苛立ちを滲ませるアンドレアを横目に、黒い箱へと視線を向けてじーっと見つめる。
中身は……やっぱり、今は見ない方がいいかも。本当に中にガウの腕が入っているのなら、今目の当たりにするのは危険だ。何も、手を付けられなくなってしまうだろう。
冷静にガウをお助けに行くために、弱い俺は、目の前の残酷な光景から目を逸らすことにした。
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