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四章
132.隷従契約・焼印編
暖炉であっためていた焼き鏝。型はベルナルディのオシャンティーな紋章だ。
なるべく痛みを広めないよう、尚且つ焼印が目立たないように出来る限り小さな鏝にしてもらったが……それでもかなりの大きさに見える。
それに何より……見る限り絶対痛い。それが怖くて、思わず目をきゅっと閉じてしまいそうだ。
見ているだけでもこの恐怖。手もガクガク震えているし、不安しかない。
これをガウの身体に押し付けるって?考えただけで震えが止まらなくて痙攣の域に達しそうだ。
「え、えぇー、むり、むりかもだぞ。おもったより熱そうだぞ、こわいぞ、こわいぞ……」
なんかこう、流石にもっと、こう……ハンコとかに近い気楽さなのかと思っていた。
俺が人間の残酷さを甘く見ていただけなのだとたった今思い知ってしまった。そうか、人間って堕ちるところまで堕ちればここまで残酷になれるのか……。
よく考えなくても、熱した金属を皮膚に押し付けるって普通に惨いな。俺の頭が無意識の防衛本能を発揮して、易しいイメージしか見せてくれていなかったらしい。
今だって、焼き鏝の柄の部分に触れるだけでも相当の覚悟が必要な段階だ。暖炉に向かって伸ばす手が震える……ガクガクブルブル。
そんな俺の葛藤を察したらしいジャックが、ふいに横からぬるっと現れてファイト!とエールを飛ばしてきた。
「ご主人様がんばれぇ。熱くないよぉ、痛くないよぉ。ふれーふれー」
「そ、そりゃおれは熱くないだろーけども……ガウがさ、はふはふってなっちゃうかもだろ……」
「いや大丈夫でしょ。ガウって鈍感じゃん?痛みにも鈍いんじゃない?知らんけど」
「おい急にスンッてなるな。びっくりするだろ」
突然のクールジャック、またの名を素ジャックが現れたことで割とガチのビビりを晒してしまった。
ジャックってば急に興奮して急に冷めちゃう困ったさんだから、たまに光の速さで切り替えが起こるんだよな。それについていけないことが多々ある。
スンとした面持ちで語るジャックに恐々とするが、それによって気が引き締まったお陰なのか手の震えが突如止まった。これもジャックの策略なのか?とびっくりするくらいの綺麗な流れだ。
何はともあれ震えが止まったので、さっさと焼き鏝を持って慎重に踵を返す。先っちょの部分を人やら物やらに当てないよう注意して動かないと……。
「がう、がう。お待たせだぞ。これ……その、たぶんぜったい熱いから、ちょっとさますか?」
「冷ましたら上手く焼印が刻めないのでは」
「ぐぅっ!そ、そりゃそうかもだが……やきたてほかほかの、あちあちだから……やっぱりちょっとは冷ましたほうがいい気がするぞ」
「主様がそうおっしゃるなら、そうしましょう」
ぽすっと床に正座したガウの隣によっこらせと足を伸ばして座る。
じゅわって何でも焼けちゃうから、焼き鏝が地面やらモノやらにつかないようずぅーっと手に持っていなければならないわけだが……これが結構な重労働だ。
焼き鏝って意外と重いから、これじゃまるで腹筋だ。ぷるぷる、ぷるぷる……まずいぞ、お腹がぷるぷる震え始めたぞ。
「……主様。そろそろ焼印押しましょう。焼印、ほしいです」
「むっ!そ、そうか。おーけーだ、まかせろ」
お腹をぷるぷると真顔で震わせる俺を見下ろしたガウが、何やら数秒逡巡したような素振りを見せてからそう言った。
まだ冷まし始めてから全然時間が経っていないような気がするけれど、体感時間が狂っていただけかな。流石のドМさんも焼印を待ち遠しく思うなんてことはないだろうし。
何はともあれガウの望みだ。そそくさと立ち上がり、焼き鏝をしっかり握って深呼吸をする。
すーはーすーはー……うぅむこわい。ガウが一番怖いだろうけれど、俺もめちゃんこ怖いぞ。
「どどっ、どうしよう。こわくて手がふるえちゃう」
「ご主人様しっかり!しっかりやらないと型ブレちゃうよ!どうせなら綺麗に押そう!」
「わかってるよぅ。ふるえがとまらないんだよぅ」
ジャックのエールを聞いて涙目になりながらも、なんとか震えを収めつつ焼き鏝を持つ手に力を籠める。がんばれ俺、一番痛くて怖いのはガウなんだから、泣いちゃダメだっ!
「ガ、ガウ、やるぞ?やっちゃうぞ?いいのか?やっちゃうんだぞ?」
「はい。やっちゃってください」
涙目でぷるぷる震える俺とは裏腹に、なんかめちゃんこ積極的な感じで肩を晒すガウ。
ほんの微かに以前の焼印が残った筋肉質な肩を見せられあわわっとなる。こ、ここに押すのか……まて、最初にイメージ、イメージ……。
ジュッて押してシュッて離す!よし、これでいこう。
「じゅっておしてしゅってはなす。じゅっておしてしゅってはなす」
「ご主人様しっかり!手ぇめっちゃ震えてるよぉ!」
イメージを口にしながら、一度すーはーと深呼吸して顔を上げる。
よし、覚悟よし。ルカいきます!いっちゃいます!いっちゃうんだぞ!
「ガウ!怖かったらおめめとじてろ!あとでおれのこと好きなだけぶん殴っていいからぁっ!」
うわーん!と涙を溢れさせながら思い切って焼き鏝を伸ばす。
先っちょがガウの肩に当たった感覚と、ジュッ……という音が聞こえて思わず身体を震わせた。
ぶわわぁっと鳥肌が全身に立つ感覚と共に慌てて手を引っ込める。
力を失った手から零れ落ちる焼き鏝をジャックがナイスキャッチしたのを横目に、俺はサーッと顔を青褪めながら力無く座り込んだ。
「あ、ぁ……が、がう、がう……」
完全に腰が抜けてしまったせいで立ち上がることも出来ないから、四つん這いで足を引き摺るみたいに進んでガウのもとへ。
涙をぽろぽろ零しながら手を伸ばし、まだ熱と痛みが強く残っているであろう肩に触れないよう注意しながらそこを覗き込んだ。
「っ……!い、いたい……いたいじょ……じぇったいいたいじょ……」
「主様。私は焼印の痛みには慣れているので、この程度問題ありません。あぁ……だからどうか泣かないで……」
黒ずみ盛り上がった皮膚。痛々しく爛れた肩を見て更に涙を滲ませた。
こんなの痛いに決まっている。これを俺が、おれがやったんだ。俺がガウの肩にジュッて焼き鏝を押し付けて、そうして出来た傷なんだ。
ぷるぷると震える俺を片腕で抱き締めるガウ。腕なんて今動かしたら激痛モノだろうに、ガウの顔は本当になんてことなさそうに真顔のままだ。
焼き鏝をジュッてした時も反応すらしていなかったし……ガウの忍耐強さは一体どれほどのものなのか。
俺をぎゅっとするガウを抱き締め返し、せめてもの慰めとしてうりうりと頬擦りする。ついでに背中もなでなでして……っと。
よしよし、俺ってば超絶クールにガウのこと慰めてる。
「うぅ、うぅー……ガウ、がうぅ……」
「主様。よく頑張りましたね。偉いです、とても賢いです。また一歩大人になりましたね」
「がうぅっ!おれがんばったじょ!めっちゃがんばったじょぉぉっ!」
「えぇ、頑張りました。よしよし」
ガウの大きな手が俺の頭や背中をぽんぽんと撫でる。
するとふいに、ジャックの呆れたような声が聞こえたような気がした。
「えぇ……なんか立場逆転してない……?ご主人様が焼印がんばったみたいになってない……?」
まぁ確かにがんばってはいたかぁ……という言葉を背に、俺はガウからのなでなでぽんぽんをふにゃぁっとなるまで堪能した。
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