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五章
138.本気のきもち(後半ロキ視点)
ロキと手を繋いで庭園をとてとて進む。
背が高くて足も長いロキは歩幅がとっても大きいけれど、俺と歩くときはいつも俺の歩幅に会わせてゆっくり進んでくれる。こういうところはとっても好き。普段の奇行はちょっとアレだけども。
綺麗に整えられた道をじっと見下ろし、以前との違いに気が付いて苦笑した。
前までは所々に小石が落ちていたけれど今はなくなっている。以前俺がここを歩いた時に、小石に躓いて転んだことで整備が入ったのだろうか。小石一つ見つからない道を見てふと思った。
確かにあの時はロキが珍しいくらいのガチ焦りを見せていたし、ちょっぴりだけ血が滲んだ俺の膝を見て、庭の整備担当らしい使用人を射殺す勢いで睨んでいた。
……あの使用人さん、無事だといいなぁ。
「あっ、ロキ。ちょっとまて。すとっぷだぞ」
「うん?どうかした?」
物騒な想像をしてしまいそうになり、慌ててぶんぶんっと首を振った時。
ふいに俯いていた視線の先にあるものが見えて、あわわっとロキを引き留めた。
「みろ、アリさんだぞ。みんなでとことこ歩いてるから、みちをゆずってあげるんだぞ」
「んんッ!かわッ……!そうだねっ、アリさん頑張って進んでるから、見守ってあげないとねっ」
むんっとしゃがみ込んでアリさんの行列を見下ろす。がんばれーがんばれー。
みんなでお行儀よく列を作りながら進んでいくアリさん。ほのぼのと眺めていると、ふいにおっきな虫の死骸を背負ったアリさんグループが出てきて思わずすっ転んでしまった。
「ふんむぅっ!?びっ、びっくりしたじょっ!でっけーやつ持ってきたぞっ!」
「わー、数の暴力だね。虫の世界も大体は人間と同じみたいだ」
ぽすんっと尻餅をつく俺の横で、ロキがにこやかな笑顔のままいつもの感じで冷静に呟く。その淡々と非情なこと言うの、ちょっぴり怖いからやめてほしいぞ……。
ロキの穏やかな様子に恐々としながらも、恐らく今日のごちそうになるであろう死骸を抱えて去っていくアリさんたちをそろりと見送る。むぅ、なんだかなぁ……。
「……しょぼん」
「あぁっルカちゃんどうしたの!急にしょんぼりしちゃって……そんな顔しても可愛いだけだよ!」
かわいいアリさんの世界の現実を見てしまい、思わずしょんぼり落ち込んでしまう。
そうだよな……世界ってどこもこうだよな……アリさんだって今日のごちそうを手に入れるために毎日必死なんだ。そう、今日を生き残るために必死な俺と同じで。
ネガティブ思考にハマってどよーんと項垂れる俺を、ロキが困ったように微笑んでひょいっと抱き上げた。むん……背中ぽんぽんされたってこの気持ちはしばらく癒えないんだじょ……。
「うーん。ルカちゃん、もふもふ触る?狼の毛、もふもふする?」
「しゅるぅっ!」
おれ、完全復活!
萎れた花が一瞬で咲き誇るみたいに、どんよりオーラをぱぁっと晴らす。
わくわくっと身体を揺らすこと数秒、ロキは軽く目を伏せて、初めにぴょこんっとケモ耳を生やした。すかさずふんっ!と鷲掴み、はむはむっと咥えて堪能しまくる。
「はむっ、はむはむっ……んむっ!?」
熱心にはむはむしていると、やがてロキの身体がしゅるしゅると形を変えていった。どんどん下がる目線にぱちくりと瞬いている間に、完全に獣化が終えてとってもクールな狼が現れる。
普段の優しい印象からは想像もつかない、クールで怜悧なこの雰囲気……真っ赤な鋭い瞳を前に、ちょっぴりドキドキ胸を高鳴らせてしまった。
「かっ、かっちょいいぞ!やっぱり、狼はとってもクールだぞっ!だいすきだぞっ!」
『……ん、ふふ。ほんと?ほんとに、狼好き?』
「だーいすきだ!おれ、かっこいいものはぜんぶ!だいすきなんだぞっ!」
もふもふの身体にもふぅっ!と全身を埋める。もふもふ、はふはふ……もふぅ。
ぐでーんと四肢を投げ出して背に乗る俺をそのままに、ロキがゆっくりと歩き出して近くの木陰へと向かう。
優しく俺を下ろすと、自分が枕になるみたいに丸まって、俺の全身をもふっと包み込んでくれた。
「なんだこれは……てんごくかぁー……?」
『涎垂らしてかわいいねぇ。お昼寝する?おやすみのチューしちゃだめ?』
「むぅ……ちゅーは、めっ……」
もふもふの誘惑に負けて、襲ってくる睡魔に身を委ねる。
ロキが何やらおやすみだのちゅーだの言っているが、頭はもうぐっすりおねむモードに入ろうとしているので真面目に内容を理解しようとしてくれない。
だからなのか何なのか、“チュー”という単語だけを確かに聞き取った頭が、眠気によるバグを起こしながらおかしな行動を取ってしまった。
ロキのもふもふな顔をむんずっと両手で包み込み、鼻先にむちゅっと唇をくっつける。
寝惚け眼で見えた赤い瞳はポカンと見開いていて、もふもふな身体はピタッと硬直してしまった。
『…………は?』
乾いた声が聞こえてふんにゃぁっと頬を緩める。
ぽやぽやと眠気に従い瞼を閉じながら、もふもふにスリッと擦り寄って呟いた。
「へへ……おやしゅみのちゅー、だじょ……」
そう言ってふわぁっと欠伸を漏らし、硬直するもふもふに身体を埋めながら眠りについた。
ロキが何やらうずうずと悶絶していることには気づかずに。
***
「もう、もうッ!どういうことなの……ッ!?」
「……俺のセリフだが」
ルカが眠りにつき、俺が獣化を解くという一連の流れが始まってからどれほど経ったのか。
絶望ムーブから無事抜け出したらしいアンドレアが俺を殺すべくやってきたが、のほほんと眠るルカを見て即座にスンッ……と拳銃をしまったのはつい数分前のこと。
つまり今、ルカを膝に抱きながら悶絶する俺にアンドレアが冷徹な視線を向ける……これをかれこれ数分続けているという状況なのである。
「ねぇ聞いて!ルカちゃんってば俺に自分からキスしたんだよ!おやすみのチューだって!可愛すぎだろ!軽く勃ったし余裕で抱いていいかな!?」
「死ねクソ野郎。殺すぞ盗っ人。地獄に堕ちろ泥棒猫」
軽くアンドレアに首を絞められてしまったのでこの辺で自重することに。
俺の呻き声でルカを起こす結果になったら忍びない。ここは息を殺し……いや、息を止めてでもルカの穏やかな睡眠を守らなければ。うーん……すぅすぅおねむしててかぁいいねぇ。
「程々にしろよクソ野郎。鈍感なルカにバレずに人間一人処理する方法なんぞいくらでもあるんだからな」
割とガチの答えが返ってきて苦笑してしまう。確かに、こいつがその気になれば、ルカに気付かれず俺を処理する程度やってのけそうだ。
だがそれは俺にとっても同じこと。本気で動こうと思えば、この堅物男を殺し、一人になって悲しむルカの弱味に付けこむ程度いくらでも可能なのだ。
だからこそ、俺達は互いにラインを守る。決して最後の一歩を踏み越えることはしない。
全てはこの子の笑顔を守るために。
「まぁそう怒らないで。君は俺の本性を知っているから前向きに思えないんだろうけど、俺は本当に……本当に、本気なんだ。ルカちゃんのこと」
涎を垂らして眠るルカを抱き締めながら、静かに、けれど強く語る。
俺の声音を耳にしたアンドレアがピタッと硬直して、すぐに気に食わなそうに眉を顰めた。けれど何か反論してくる気配はないから、きっと俺の本気を察するくらいはしてくれたのだろう。
「……そんなことは、言われなくとも分かっている」
ボソリと返された呟きにハッとした。
複雑な感情に苛まれたアンドレアの表情を見て、思わず眉尻の下がった微笑が浮かぶ。そうか、何となく、この男の心情が理解できた気がする。
「うん、それならいいんだ。これからも、ちゃんと認めてもらえるように頑張るよ」
アンドレアがふいっとそっぽを向く。
「……別に頑張らなくていい。頑張るな。さっさと飽きろ」
「ははっ!それは無理な話だね」
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