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五章
141.攻め主人公の好きなひと
その日、俺はたくさんのクッションに埋もれて芋虫になっていた。
不貞腐れた姿をクッションの下に隠しているため、さっきから「お願いだから出てきてぇ。ご主人様のかわいいお顔見せてぇ」と泣き声を響かせるジャックには当然俺の表情は見えない。
そう、俺のぷくーっと膨らんだほっぺと、悔しさで涙が滲んだ瞳も、今は誰にも見えないのである。
「ご主人様ぁ。フラれて悲しいのは分かるけどぉ、もうコレ二日目だから流石に機嫌直してぇ」
「おい貴様……!主様は今初めての失恋を経験して混乱しているのだ、初めての思春期なのだ!たった二日連続不貞腐れておられるからといって音を上げるな、保護者失格だぞ……!」
何やら熱心に俺の思春期や失恋についてを力説し合う側近たち。
聞こえる距離で失恋だとかフラれたとか言わないでくれるかね。俺ってばもう涙が枯れる勢いで号泣しちゃってるぞ。おめめぱさぱさだぞ。
まぁ、とは言え一生このままでいられるわけでもない。
今朝は父とアンドレアが『やはり潰すか、ヴァレンティノ』『ルカを泣かせた屑共です、早急に滅ぼした方が良いかと』と物騒な会話をしているのも聞いてしまったし。
たぶん、俺がスッキリ落ち着くより先に邸のみんなの忍耐がブチ切れる。だから、まだ心がぐちゃぐちゃな今から、俺は無理やりスッキリ落ち着いて元通りにならねばならんのだ。
そうと決まれば、と覚悟を決めてそろーりとクッションから顔を覗かせる。
初めに見えたのは涙に濡れたジャックの顔、次いで心配そうにこっちを見つめるガウの顔だった。
「あっ、ご主人様ぁ!よかったぁ息はしてるね、ずぅーっと埋もれてるから心配してたんだよぉ!」
「主様……!ご無事で何よりです。ささっ、まずはどうぞ、ケモ耳を食んでリラックスでも」
ぶわぁっと安堵の号泣をするジャックと、ケモ耳を献上するみたいにベッドに上がって土下座するガウ。なんかもう、とりあえず俺より二人が落ち着くべきだぞ。
ひとまず精神安定のためにガウのケモ耳をはむはむしながら、二人に「ごめんよぅ」と頭を下げた。
「ごめんよ二人とも。おれの心がよわいばっかりに……」
しょぼん、と眉尻を下げて呟く。二人の慌ただしいフォローに力無い笑みを返しながら、この二日の出来事をふと思い返した。
芋虫化事件の発端は三日前、街でロキのデート現場を目撃してしまったのが始まりである。
俺はその日の夜、それはもうあらゆるたっくさんの可能性をぐるぐると考えた。色々考えた記憶はあるのだが、残念ながら内容は覚えていない。導き出した結論しか覚えていない。
その導き出した結論とはズバリ『主人公カプが崩壊したんだから、攻め主人公が別の人間と結ばれてもなーんにもおかしくないよね!』である。泣いていいだろうか。
実際、ロキはこの世界の攻め主人公でありながら、受け主人公であるアンドレアに微塵も恋愛感情を抱いていない。そして、今まではなぜか俺に好き好きムーヴをかましていた。
というわけで、俺みたいなちんちくりんにさっさと飽きてナイスバディなお姉さんに気持ちが移り変わるのは、まぁ普通に考えて超絶普通の展開なのである。泣いていいだろうか。
そんなこんなで夜を明かし、二日前の朝。俺はクールもへったくれもなく足掻くことを選んでしまい、早馬でロキに手紙を送った。
手紙の内容は『今日一緒に遊ぼう!ふたりっきりで遊ぼう!』というものだ。
俺からロキに手紙を送ることなんて滅多にない。いつものロキなら、きっと泣いて喜んだ後にでっかい花束を抱えて突撃して来る。これくらいのことは仕出かすはず。
そう、いつものロキなら……だ。これでいつもと違う反応が返ってきたら、それはもう俺の完全敗北が決まった瞬間なのである。
まぁでもロキに限ってそんな……なんてヘラヘラ待ち侘びた俺に返ってきたのは、いつものロキからは想像もつかないほどの素っ気ないお返事だった。
『ごめんね、今日は遊べないかな。予定が空いたら、次は俺から連絡するよ』
明らかにササッと適当に書いたことがわかる、そんな冷たい返事。
普段なら数枚に長文で返してくるロキだからこそ、その変化がとてつもなくヤバいものであることはすぐに察することができる。ロキが俺にたった一文の手紙を送るなんてありえないことだ。
それをすぐに悟ってしまったから……俺はその日以降、こうしてクッションに埋もれてシクシク泣いていた、というわけである。
我ながらめちゃんこ情けないとは思うが、あまりに突然起こったロキの変化に俺も大混乱しているのだ。悲しいのか悔しいのか……正直、自分でも今の気持ちがよく理解できない。
どうして俺は今、こんなにもムッスーとなっているのだろう?そもそも、そこから理解出来ない。
……いや、俺が理解したくないだけか。
「……やっぱり、おとこならナイスバディなお姉さんが好きだよな……おばかなちんちくりんなんて、ちょっぴり頭がバグっちゃったときしか好きにならないよな……」
心の弱さについて謝罪した直後にコレである。俺ってばネガティブボーイすぎて救えない……穴があったらすっぽり入りたい気分だ。しょぼぼん……。
「や、やばいよガウ!ご主人様ってば、フラれた乙女特有の極端ネガティブ思考に入っちゃってるよぉ!」
「いや落ち着け。これもまた主様にとって大切な青春の一部……我々はただじっと見守るのみ。行き過ぎた手出しは不要。主様が再び泣かされたら相手を殺す、それだけに留めるのだ」
「行きすぎてるよ、留めなよ」
ガウのケモ耳をはむはむしながら、ほっぺをしとしとと涙で濡らす。
俺ってば何を泣いているのか。そう、ちょっぴり大好きなお友達が離れていっちゃったくらいで泣くなんて、これじゃあクールには程遠い。ただのちんちくりんでしかない。
……そう、そうだ。泣いていたって状況が変わるわけじゃない。クッションに埋もれてシクシク泣くだけの無駄な時間を過ごす前に、まずスッキリするための行動をしなければ!
突如戻ってきたいつものポジティブ思考。その波に遅れないよう飛び乗って、その勢いのままガバッ!と飛び起きた。
クッションがぼわぁっ!と舞う様子をキラキラおめめで眺めながら声を上げる。
「ふたりともっ、いくぞ!ロキのところに突撃しにいくぞっ!」
「おおぅ、急に戻ったねぇ」
「流石は主様!見る目の無い馬鹿を排除しに行くのですね、お供いたします!」
何やらガウの口から的外れな物騒発言が飛び出した気がするが、それは気にせずひょいっとベッドから下りる。
「ヤなことはちゃっちゃと整理してかいけつ!いくぞ二人とも!れっつごー!おーっ!」
かわいくおめかししたサメさんを胸に抱き、二人を連れて部屋を飛び出した。
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