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五章
142.美人さんの正体
どうしてだろう。何度も来ているはずのヴァレンティノ邸が、今日はなんだか重苦しく見える。
まるでラスボスが潜むダンジョンみたいな、そんな空気感。たぶんこれは邸自体が暗くなっているんじゃなくて、俺の見え方がどんよりしているだけだ。
俺が怖がっているから、だからそう見えるだけ。実際はいつもと変わらない邸なのに。
「たっ、たのもぅー……」
サメさんをむぎゅっと抱き、正門の前でへにゃんと眉尻を下げて呟く。
けれど返事がくる気配はないし、そもそも人の気配もない。いつも立っている構成員もなぜかいないし……あれ、やっぱり邸自体もなんだかおかしくないか?
そわそわと門に顔を寄せて覗き込むものの、やっぱり誰かが現れる様子はない。どうしたものか……としょんぼり肩を下ろすと、ふいに後ろに控えていた側近二人が拳を鳴らしながら前に出た。
「こんな無礼な門ぶっ壊しちゃおうよぉ。ご主人様の道を塞ぐなんてほんと失礼だしぃ」
「ついでにこの程度の仕事も遂行出来ない無能な門番を探し出してボコボコにしましょう」
各々真っ黒オーラを纏いながらそう語る。ちょ、ちょっぴり落ち着くんだぞ……。
門をぶっ壊すのも門番をボコボコにするのもダメッとプチお説教をかましていると、ふいに門の向こう側から誰かがぱたぱたと走ってきた。
「む?あれは……」
耳の尖った銀髪の美形さん。血濡れた白衣を翻して走ってくる男性を見てぱちくり瞬いた。
白衣が血濡れていることからは目を背けるとして……あの人はあれじゃないか。例の、ガウの腕をくっつけてくれた恩人!天才ドクター・シド!
なんだかすごく焦った顔をしているけれど、中で何かあったのだろうか?
「坊ちゃん!よく来てくれた!急でワリィが今すぐロキの奴に会ってやってくれ!」
「ほぇっ?ま、まかされたぞ!ロキに会うぞ!」
ガタガタと慌ただしく門を開くシドに、困惑しながらもこくこくっと頷き中へ踏み入る。
本当に突然すぎて何が何だかわけわかめだが、目的はロキなのでその頼みを拒否する理由もない。
状況把握がまったく追い付かないが……今はとにかくロキ優先。こっちだ!と邸を指し示して走り出すシドを慌てて追いかけた。
***
シドに連れられてやって来たのは、ヴァレンティノ邸の客間だった。
そこにたどり着くまでに徐々に空気が重くなって、構成員たちも何やらピリついた雰囲気を纏い始める。明らかに、客間に何か“よくないもの”があるのだろうということは確かに察した。
僅かに開いた扉からそろーりと顔を覗かせた瞬間、ガシャンッ!ととんでもなく甲高い音が鳴り響いてピタァッと硬直した。
どうやらティーカップが床に落ちて割れてしまったらしい。飛び散る破片を恐々と眺めた後に、視線をちらっと移す。
客間にいたのはロキとリカルド様と、胸に緩く三つ編みを流した絶世の美女だった。
美女を見てハッと息を呑む。あの人、ロキと楽しそうに街を歩いていた例のデート相手じゃないか。
……む?いやでも待てよ?前はかなり距離が離れていたから気付かなかったけれど、あの美女さんってよく見たら、美女というより“中性的な美人”と言った方が正しいかも、なんて……?
「──……戯言ですね。二大ファミリーは既に、互いに牽制し合わなくとも良好な関係を維持できる状況にあります。わざわざ均衡を気にせずとも……」
ソファにゆったりと腰掛ける三つ編みの美形さんとリカルド様。
そんな二人とは異なりピリついた雰囲気を纏って立ち上がったロキが、普段の優しい声音からは想像もつかない怜悧な声でふと呟いた。
街で見かけた時は仲良さげだったけれど、どうやら今はそうでもないらしい。
美人を睨むロキの目には、親しみや恋情なんてものは微塵も籠っていなかった。喧嘩でもしているのだろうか?それにしては、美人さんがまったく狼狽えていないのが気になるけれど……。
美人さんは柔らかそうな金髪の三つ編みを撫でながら、微笑を浮かべてゆったりと語った。
「らしくないじゃないか、ロキ。お前はもっと合理的な人間だっただろう」
「仰る通り合理的に考えているつもりです。貴方の策は度が過ぎる。そこまでする必要性が無い。だからこそ合理的に、貴方の策を否定しているのです」
な、なんだかものすっごくピリピリしているぞ……。
俺ってば明らかに場違いだ。シドの慌ただしい空気につられてここまで来てしまったけれど、これ絶対来ちゃだめなやつだったよな?
リカルド様もいるのを見る限り、たぶんこのピリついた話し合いはとても重要なもの。それこそ部外者が聞いちゃいけないやつのはず。
気づかれない内にさっさと帰ろう、日を改めようそうしよう……とそろーり忍び足で歩き出した時だった。
ドンッ!とものすごい音が聞こえて、ビクゥッと肩を揺らしつつ振り返る。なにごと!?と視線を向けた先には、無言で壁ドンの姿勢を保つシドの姿があった。
ニコッと白々しい笑顔を浮かべたシドを見て『あっこれわざとだ』と悟った身体がワナワナと震え始める。
「あっワリ、ちょっと眩暈が」
「うそつけぇぇっ!ぜったいわざとだろぉぉっ!」
全然眩暈なんてしてなさそうなニコニコシドをぽかぽかっとぶん殴る。
まさか嵌められた?シドのやつ、俺を嵌めるためにあんな演技をしたっていうのか?わざと慌ただしい空気を纏って、俺を騙して……そんなの、そんなのひどいぞっ!
「なにが狙いだぁっ!おれをだましおってぇっ!」
「ちょ、ごめっ、ごめんて。そこ股間、股間だから地味に痛い、イテッ」
割とガチめな悲鳴にハッとして手を止める。すると何やらシドが股間を押さえて蹲った。
めちゃくちゃ高身長なシドと俺だと身長差がありすぎて、胸をぶん殴るつもりが股間をチーンチーンとボコってしまっていたらしい。殴るのに夢中で気付かなかったぜ。
「ご、ごめんよ。おちん、じゃなくて、たまたまつぶれてないか?」
「主様。その言い換えも如何なものかと……」
チーンとご臨終するシドを見下ろしあわあわと瞳を揺らす。
背後からガウの控えめな制止が聞こえたが、なんのこっちゃと首を傾げることしか出来なかった。たまたまもダメならもう何も言えないぞ。たまたまも十分お上品じゃろがまったく。
「しど、しど、ごめんよぅ。たまたま攻撃するつもりはなかったんだぞ、ほんとだぞ……」
「──ルカちゃん?どうしてここに?」
たまたま、たまたま、と何度もセリフに入れながらシドを慰めていると、ふいに背後からロキの声が聞こえてビクゥッと肩を揺らした。
ま、まずい。たまたま騒ぎで俺の存在に気が付いてしまったみたいだ。冷や汗たらたらしながらそろーりと振り返ると、そこにはびっくり顔のロキと、扉から顔を覗かせるリカルド様、そして例の金髪美人さんの姿があった。
「今日は遊べないって、手紙送ったよね?」
眉尻を下げてそう語るロキ。その瞬間、俺の中の何かがぷちっと切れてぷるぷる震えてしまった。
滲む涙をなんとか堪えて唇を引き結ぶ。声音は至って優しいものだけれど、内容がちょっぴり怒っているみたいに聞こえて悲しくなっちゃったのだ。
「う、ぅむ、ごめ、ごめんなしゃ……」
ロキってば、本当に俺に会いたくなかったのか。
だって全然嬉しそうじゃない。いや、今日は会えないって言っていたのに無視して突撃しちゃったのだから、そりゃあ嬉しく思われないのは当然なのだが。
でも、相手は“あの”ロキだぞ?俺がとてとて歩くだけで『かわいい!』『すき!』『愛してる!』って叫ぶあのロキが、だぞ?
困惑するのも無理なかろう……とうるうるの瞳を伏せると、それを見たロキがあわわっと慌てた様子で膝をついた。
「あっ、ちが、違うよ!怒ってるわけじゃない!ただ、今日は本当に面倒な用事があって……」
焦燥に塗れたロキの表情がぐにゃりと歪む。涙のせいで視界が滲んでいるみたいだ。
むぐむぐと唇を噛んで涙を堪えていると、ふとロキの後ろから金髪の美人さんがひょこっと顔を覗かせた。
「その子か?お前が必死に隠していた私の“花嫁”は」
「ッ、殿下!いい加減に……!」
何やら慌ただしく声を上げるロキと、その怒りをサラリと躱して薄く微笑む美人さん。
なんだかとんでもない空耳が聞こえたような……?というか美人さんの声、女性にしてはなんだか野太いような……と困惑しつつぱちくり瞬く。
「はな、よめ?」
瞬いたことでぽろぽろと零れ落ちた涙を美人さんが指先で拭い取る。
ニコッと浮かんだ笑顔は、下手をすればロキの作り笑顔よりも胡散臭く見えた。
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