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五章
157.父の逆鱗
帰宅後のお小言は散々だった。
アンドレアはずぅーっと『ロキ・ヴァレンティノが如何に残酷な人間か』を哲学のように説いてくるし、父に関してはその真逆でずっと無言。正直、父が一番怖い。
チラッと執務室を覗いた時に見えた。何やら身代わり人形のようなものを灰皿に押し潰して切り刻んだり燃やしたり。何か呪いの儀式的なものをしているのだろうとは察したけれど、その場にいぇーいと入っていける度胸は俺にはなかった。
ガウとジャックに至っては、数日俺にくっついて離れなくなった。加えてガウには『主様、何やら主様のお身体から淫靡な匂いがします』と断言される始末だ。
それを偶然耳にしてしまった父とアンドレアを宥めるのがめちゃんこ大変だったぞ……。
そんなこんなでその後、数日をかけて『きゅるるんうるうるおめめ作戦』を実行してようやくアンドレアの不満を収めることが出来た。
一応ロキとの交流禁止令は解かれたけれど、それからしばらくは自由な交流が制限されたまま。
一か月ほど経ってようやく再会した時には、ロキはぐったりやつれて不健康な人間みたいになっていた。こ、この一か月で一体なにが……。
むぎゅむぎゅ抱き締められて耳元で『監禁したい閉じ込めたい……一生俺の傍から離れられないように手足を斬り落としてベッドに縛り付けたい……』と低く囁かれた時は流石に死を覚悟してぴゃーっと号泣してしまった。
すぐにアンドレアが救出してくれたから助かったけれど、これからは自分でもきちんと気を付けないと。ずっとのほほんと油断していたが、目の前の男はイカレ狂人ヤンデレ執着攻めでお馴染みのロキ・ヴァレンティノなのだから。
とは言え例のお泊まり以降、ベルナルディからヴァレンティノに対しての警戒はとても強固なものになった。
いくらロキとはいえ本気になったアンドレアには敵わないみたいだから、最悪の事態とかを想像してブルブル震える必要はなさそうだ。
とまぁそんな感じで色々あり、ロキが以前よりも過激でえっちなアプローチを仕掛けてくるようになったなどの変化を含みながら、日々は淡々と過ぎ去り……。
気づけば主人公組の年齢も十八歳。原作で言う、本編中盤辺りの時間軸へと差し掛かった。
***
俺も十二歳になって何か変わったかと聞かれると、それがまったく、全然なんにも変わっていない。
身体は相変わらず成長期とまった?ってくらいちっちゃいままだし、体力も全然つかないし。
後から父に聞いてみたが、どうやら俺は本当に人より体力や筋肉がつきにくい身体で、尚且つ疲れを感じやすい体質だったらしい。
原作で語られていた俺の虚弱設定はきちんと活かされていたようだ。大元のストーリーやら展開やらはとち狂っているくせに、序盤で死ぬモブ悪役の詳細な設定はきちんと守るんだなぁ……。
俺も主人公組みたいにさいきょーになる!と意気込んでいただけに、その事実を突きつけられた日はしょんぼりしちゃって毛布に包まってしまった。
もふもふの山を作る俺にアンドレアは根気よく付き合ってくれて、毛布越しに頭をよしよし撫でられた時にはあまりの心きゅーっな温もりに泣いちゃったくらいだ。
なんて、そんな平和な日々がずーっと続いていたわけだが、それが表面上のものだと俺が察したのは今朝のことだった。
発端は、天気がいいからたまには父を誘ってお散歩でもいこうかなふっふーんと、ルンルン気分で執務室に到着した時のこと。
何やら中から深刻そうな声がいくつも聞こえてきたので、終わるまで待っていようと廊下にピタッと張り付いた時、ふいに大人達の会話の内容が聞こえてしまったのである。
「この数年、王太子殿下の支持率が右肩上がりで勢いを失う気配がありませんね。やはり二大ファミリーが王太子殿下の全面支持を宣言した影響が大きいのでしょうか」
「今代が愚王であることも理由の一端だろう。最近は反乱軍の動きも目に見えて激しくなっていますし、王は反乱を恐れて末端の村々には支援すら送らなくなったとか」
「王都を完全に封鎖し、反乱軍の侵入を防ごうとしているのか?全く愚王のお考えには驚かされるな。既に反乱軍は王都内にもアジトを構えているだろうに」
──はわっ、はわわっ……!
廊下にピトッと背中を貼り付けながら、俺はぷるぷると震えてしまった。
サメさんを抱っこする手もぷるぷる。びっくり!な声が飛び出てしまわないよう、片手でしっかり口元を覆ってぐるぐると思考を巡らせた。
まさか反乱軍やら王太子やらといった問題が、着実に進展を見せていたなんて。
いや、そりゃあこの世界は現実で時間が過ぎているのだし、色々なことが時の流れと共に動き出すなんて当然のことなのだけれど。
それでも、反乱軍のことやら何やら、俺は詳しい進展内容をなんにも知らなかった。
新聞とかもあまり読まないようにと父やアンドレアに制限されているし、外出だって滅多にしない。
基本的にこのベルナルディ邸が世界の全てと言える俺にとって、“情報”というものは何より手の届かない高級品だったのだ。
それが深刻な問題であることは自覚していたけれど、まさかこれほどとは思っていなかった。
「──……ふぇ」
むぐっと止めていた息を吐き出し、改めてふしゅーっと深呼吸をする。
この際だ、知れる情報には全て聞き耳を立てておこう。そう考え、改めて執務室内の会話に耳を澄ませた。
「当主、そろそろ真剣にお考えになった方が宜しいかと……ご子息方の縁に関して」
ごしそくがたの、縁?
聞き慣れない、けれどどこか不穏な気配を漂わせる発言にぱちくり瞬く。
何やら執務室の空気が軽く冷え切って凍り付いたような感覚がしたけれど、発言の主はその冷えた空気に気付いているのかいないのか、口を噤むことなく言葉を続けた。
「直近で最も問題と言えるのは反乱軍の暴動でしょう。収める為には王家の影響力を強めねばなりません。これにはやはり、二大ファミリーの協力が不可欠かと」
「た、確かに、私も同意です。王家と二大ファミリーが縁を結び合えば、反乱軍など敵ではありません。我々は今こそ手を取り合うべきで……」
──バキッ!!
臣下と見られる彼らが発言する最中、それを強く遮るかのように何かが折れる音が響き渡った。
シーンと静寂が広がった後、淡々と、だが静かな怒りを含んで紡がれたのは、普段の穏やかさなど微塵もない父の声音だった。
「──それ以上その不快な発言を口にしてみろ。殺すぞ」
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