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五章
159.だんなさま
「ぱ、ぱぱと結婚するからっ、王子さまと結婚?は、むりなんだじょっ!」
かみかみの棒読みだけれど、俺の得意技『とりあえず叫んどけ!』を駆使してなんとか押し切る。
父にむぎゅむぎゅ抱き着きながらそう叫ぶと、シーンとした静寂が執務室を漂い始めた。
どれだけ恥ずかしくて突拍子もないことを言ってしまったのか、その自覚があるだけに、俺は顔を上げることが出来なかった。
有能リノに従ってこんなことを言ってしまったけれど……よく考えたら今のセリフ、本当にわけわかめだぞ。何言ってんだてめぇ、って父にドン引きされたらどうしよう。
おかしなこと言ってめんしゃい。お願いだから捨てないでくだしゃい。なんてぷるぷる震えながら、とにかく引き剥がされないよう強く抱き着いていると、ふとあることに気付いた。
このぷるぷる……俺が恐怖でガクブルしているのかと思っていたけれど、違うな。これ、俺じゃなくて父のぷるぷるだ。父がぷるぷる震えているんだ!
……いや、なにゆえ?
「ぱぱ……こほんっ。お、おとしゃま?」
「──……ってこい」
「ほぇ?」
ど、どうしよう。このぷるぷる、もしかして俺のあまりのおバカっぷりに呆れて怒りすら湧いているとか?
怖くて俺もぷるぷるしていると、ふいに父の口からちっちゃな声が聞こえた気がして瞬いた。
なんだなんだ?今、なんて言ったんだ?罵声とかだったら泣いちゃうぞ。泣く準備おーけーだぞ、と眉尻を下げて待つこと数秒。
やがてゆっくりと顔を上げた父が、静寂の広がる室内に堂々たる顔つきで命令を響かせた。
「婚姻届を持ってこい」
ついさっきまでの静かな怒りに染まった苛立たしげな表情とは一転、そう言い放つ父の顔はスッキリとした清廉さに溢れていた。
とっても清々しい雰囲気を感じる……まるで肩の荷が全部下りたみたいだ。ピシッと硬直する俺をめちゃんこ上機嫌な様子でなでなでしながら、父は微かに口角を上げてセリフを続ける。
「ふん……父たるもの、子の我儘程度は叶えてやらなくてはな」
いやあの、当人の分際でアレだけれど、これたぶん『子の我儘程度』って内容の代物じゃないぞ。
世のパパたちなら大抵経験したことがあるであろう、子供の『パパと結婚する』発言。それを喜ぶパパがいたりするのはともかく、本気で結婚しようとするパパが実在したとは思わなかったぞ。
自慢げドヤドヤ上機嫌パパと、びっくらこいて固まる俺、そして突拍子もない発言続きでもはや生気を失った臣下たち。
それらを全てスルーして颯爽と父に近付いたリノが、淡々とした声音で容赦なく語った。
「主様。残念ながら、父子同士の婚姻は法で認められておりません。ルカ坊ちゃまとの婚姻は不可能でございます」
そんなの誰かが言わなくても倫理的にわかりきっとるがな、と眉尻を下げる俺の傍で、父が本気のびっくり顔を晒しながら絶望に塗れた声音を吐いた。
「なん、だと……──」
いやいや、ガックシ……バッドエンドなり、じゃないんだぞ。
なに当たり前のことで絶望しているんだこの困ったさんパパは。まさか本気で本気だったのか?本気で俺のワガママを叶えるために結婚してくれようとしたのか?
わからない……父の考えていることが全く読めないぞ……なんて眉尻を下げた時、ふいに父がボソボソと悔しそうに呟いた。
「くッ……とにかく婚姻さえさせてしまえば、クソ王太子にもヴァレンティノの倅にも攫われないと思ったのに……」
ま、まさかパパってば、そんなことのために近親結婚を……!?
たぶん父のボソッとした呟きを聞き取れたのは俺だけだ。つまり、父の突拍子もない策を察したのも俺だけってこと。いや、リノは別かもしれないけれど。リノ、なんかめっちゃ呆れ顔してるし。
何はともあれ、聞き取れたのが俺だけなら好都合。父のおかしな思考回路が臣下たちにバレて、父ポンコツ説を巷に流されないようにしないと。
「ルカの相手に相応しいのは一に私、二に私、三にアンドレア……」
親バカ呪文を唱え始めた父が、やがて神妙な面持ちでうむと頷いて俺を見下ろした。
ひしっ……と俺の肩を掴む手には重々しい力が籠っている。なんだなんだ、なんでそんな真剣そうな顔をしているんだ。
なんて思いながらビクビク怯える俺に、父は諭すような声で低く語り掛けた。
「ルカ、アンドレアと結婚しなさい。アンドレアであれば、ルカの婚姻相手に不足は無い」
「父子が駄目なら兄弟でも駄目に決まってるでしょうが」
ポンコツ父にピシッとツッコミをいれるリノ。敬語が外れている辺り、相当呆れているみたいだ。
再びガガーンと絶望の表情を浮かべる父をよしよし撫でていると、ふいに執務室の扉がバンッ!と勢いよく開かれる。
「──話は聞かせていただきました」
何やらむっふーという擬音が聞こえてきそうな満足気な無表情を湛えて現れたのは、背中までの艶やかな髪をポニーテールにして靡かせたアンドレアだった。
「流石は父上。その妙案、喜んでお引き受けいたします」
俺が突撃してからというもの、状況の理解がついていかず無言を貫いている臣下たちは、怒涛の展開に死んだような顔をして固まっている。
そんな臣下たちを最早背景の如くスルーしてスタスタ踏み入ってきたアンドレアは、父に抱っこされる俺の前に颯爽と跪いた。
超スマートに手をとられ、その甲に淡く口付けを落とされる。俺の思考はショート寸前だ。
「ヴァレンティノにも王太子にも散々掻き乱されたが……よく考えたら、俺以外に相応しい男など存在しなかったな。よしルカ、結婚しよう」
あまりに俺様すぎるプロポーズをかまされ、ポカーンと目も口もかっぴらく。
救いを求めて移した視線の先の父は、何やらうむうむと満足気に頷いていた。こりゃだめだ、とアンドレアに視線を戻すと、やっぱり“ガチ”の色を瞳に爛々と宿して俺をじっと見つめている。
「ルカ。ルカも腹黒変態野郎やヘタレポンコツ王太子よりも俺の方が魅力的だろう」
うーむ、たしかにそれはそうね。なんて、一瞬本気で頷いてしまうくらいには二人の欠陥がありありと浮かんでしまった。
ロキは監禁癖のあるヤンデレさんだし、王太子はとにかくおバカさんだし……。
その点アンドレアは、二人と比べればとってもまともに見える。二人と比べればね。普通の人と比べたら完全に狂人の鬼畜さんだけどもねげふんげふん。
まぁ何はともあれ、普通に考えて血の繋がった兄弟での結婚はだめだ。その、倫理的に。
恋愛的に愛し合っているならまだしも、俺とアンドレアの場合は完全に兄弟愛だし。アンドレアのブラコンが暴走した結果で結婚なんて、それはちょっぴりアレだぞ。アレ……アレだぞ、うむ。
というわけで、俺は弟としてしっかり兄を説得することにした。
「お兄さま、いけません。兄弟では、結婚できないのですよ?」
「……?それがどうした。法など俺が王になって変えてしまえば良いだけのこと」
まずい、ナチュラル反乱宣言だ!父もうむうむ頷いていないで息子の衝撃発言を止めるんだぞ。
このままでは黒幕が倒されてハッピーエンドになる前に、主人公であるアンドレアが黒幕化してバッドエンド一直前である。それはだめだ、なんとかしないと。
慌ててむんむんっ!と首を横に振り、アンドレアにメッとばってん指を向けた。えぇとえぇっと、考えるんだぞ俺……!こういう時、ブラコンの暴走を止めることのできる一言を……!
「結婚したら、もう“おにーさま”って呼べませんよっ!“だんなさま”に、なっちゃいます!」
「──……ッ!?」
これでどーだッ!と言い放った瞬間、ふと誰かが息を呑んだ。誰かと言うよりも、全員といった方が正しかったかもしれない。
俺を抱っこする父の腕にも苦しいくらい力が籠ったし、視界の端に見えるリノは何やらあちゃーと顔を手で覆っている。
もしかしてセリフを完全に間違えてしまったか……?とぷるぷる震えていると、ふいにアンドレアがタラ―ッと鼻血を零し始めた。それにぎょっとして、慌てて「おにいさまっ!?」と声を掛ける。
「だん、だんな、さま……」
俺の呼びかけが聞こえていないのか、アンドレアはボソボソと何かを呟きながら後ろ向きに倒れ伏せる。まるで銃弾を撃ち込まれたかのような深刻さだ……。
慌てて父の膝から飛び降り、アンドレアの口元に耳を寄せる。
せめて遺言はしかと聞くぞ、ぐすんぐすん、死なないでお兄さま……。
「それはそれで、アリ……──」
「おにいさまあぁーっ!」
穏やかな死に顔を晒してご臨終したアンドレアに、嘆きながらヒシッと抱き着いた。
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