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五章
161.ドキドキの意味
俺ってば、また何かおかしなことを言ってしまったみたいだ。
俺をぎゅっと捕まえて、さっきからぐすんぐすんと泣き言を吐いているロキを見上げて困り顔をする。生殺しだ、小悪魔だ、だの何だのと、呟きの内容はよくわからないものばかり。
仕方ないのでロキのぎゅーに収まり大人しくしていると、やがて少し落ち着きを取り戻したらしいロキが顔を上げてぽつりと呟きを零した。
「……ルカちゃんはさ、俺に依存していて……それで嫌われるのが嫌だから、離れたいんだよね?」
ちっちゃな子を諭すみたいな、そんなゆっくりとした口調で紡がれた問いにこくりと頷く。
その通りだ。さっきも説明しただろ?と首を傾げると、ロキはふにゃりと力無く微笑んだ。
「それじゃあ、俺に嫌われたくないのは、どうして?」
そう尋ねられた瞬間、なぜだか胸がドクンと音を立てた。
何かの核心を突かれたみたいな、そんな感覚に自分でも困惑する。思わず胸元に手を当てて瞬くと、ロキがクスッと笑った。緩んだ眦がとっても素敵だ。
たぶん、絶世の美形をこんなにも至近距離で拝んでしまったからだろう。途端にドキドキと早鐘を打つ鼓動にそわそわしながら、お腹に添えられたロキの大きな手に、自分の小さな手を重ねる。
蚊の鳴くような声音で「それは……」と紡ぎかけるが、その先が出てこない。
悶々と眉尻を下げる俺を見て仕方なさそうに微笑んだロキは、俺のほっぺにそっと手を添えて顔を上げさせた。いわゆるあれだ、ほっぺクイってやつだ。
「ルカちゃんは、俺とちゅーするの好き?嫌い、ではないよね?拒んだことないし」
「はぇ、あぅっ……」
「たまに皆から隠れて、触りっこすることもあるよね。俺のと擦り合わせると、ルカちゃんすっごく気持ちよさそうな顔して可愛い。最近はもっと、もっとって、おねだりもしてくるし」
耳元で妖艶に囁かれる。悪戯っぽい色も含んだその声音が擽ったい。きっと今、リンゴみたいに真っ赤な顔をしちゃってるんだろうなぁって、自分でも分かるくらい全身が熱い。
ぱくぱく、と口を開閉させるばかりで何も言えない。そんな俺のほっぺをむにゅっと包んで固定したロキは、ふと微かに笑みを浮かべながら顔を近付けてきた。
あ、これは……と察した頭が反射的に抵抗の意思を消し去ってしまう。
最近ではかなり慣れてしまったこの流れ。慌てて瞼を伏せた瞬間、唇にふにゅっと何かが触れた。
「ん、むっ……」
今回は本当に、ただふにゅっと触れるだけの口付けだった。いつもなら無遠慮に舌を侵入させて、歯列やら俺の舌やらを全部へにゃんへにゃんになるまで舐め回すくせに。
すぐに離れたロキの唇を視線で追って、むぅっとちょっぴり不貞腐れる。拗ねて尖らせた唇を、ロキが嬉しそうにツンツンと指先で突っついた。
「ふふっ、むぅってしちゃってかわいーね。足りない?もっと欲しい?」
悪戯っぽい笑みに眉を寄せる。本格的に拗ねてぷいっと顔を背けると、ロキはようやく慌てた様子で俺の頭をなでなでし始めた。
ごめんねぇっ!と涙目で反省するロキをチラリと見上げる。まったくふんすだぞ。そうやって揶揄うような真似はするなって、いつも言っているのに。
ぷくーっとほっぺを膨らませながら、あわあわと俺を撫でるロキに吐き捨てる。
「ロキの、いじわる」
「ッッ──!!」
ちょっぴり紅潮した頬と、照れくさくて逸らした視線。
それらを晒しながらボソッと呟いた瞬間、何やら“ズッキューン!!”というハートを撃ち抜かれたみたいな音が聞こえた気がした。いや、完全に気のせいだと思うけれど。
それでも気にはなったから、なにごと?と首を傾げてロキを見上げた。
視線の先のロキは何やらかぁーっと真っ赤な顔をしていて、胸を片手でぎゅっと抑えながらぷるぷる震えていた。どうしたのだろう、心臓痛いのかな、大丈夫かなそわそわ。
だいじょぶー?とロキの頭をぽふぽふ撫でてみると、たちまち血走った目が向けられて「ぴぇっ」と涙目になりながら硬直した。
「お、おれ、なんかだめなことしちゃったかっ?ご、ごめんだぞっ……!」
ロキってばいじわるだぞふんすふんす、とほっぺぷくーしただけなのだが、どうやらこれが何故かロキの地雷の何かしらに触れてしまったらしい。
いつもの穏やかでふにゃあな笑顔が掻き消えている。なんだかアレだ、獣さん……そう、ロキってば獣化寸前のガウみたいな目をしちゃっている。
今にもふしゅーっとお腹を空かせた猛獣の荒い息遣いが聞こえてきそうな、そんな空気。
どうしよう、もぐもぐされちゃう。俺ってばロキに食べられちゃう。
なんて、獣化したガウに食べられそうになった時と同じ恐怖心が湧き上がって、思わず目を潤ませて命乞いしてしまった。
「う、うぅっ!い、いたいのやだぞぉっ……たべないでぇぇっ……!」
「んぐッ!?だ、だからどうしてそういうことを軽々とッ……──」
ぴえぇっ!と号泣する俺を見て、ロキがぐぬぬっと顔を真っ赤にして悶絶し始めた。
何やらあわあわと俺を宥めようとしているようだが、如何せんもぐもぐされる光景を想像してしまったことで恐怖に苛まれ、まともに発言を聞き取ることができない。
とりあえずロキのいつも良い匂いがする首元に顔を埋め、ふすふすと精神安定のためのくんかくんかをすること数秒。
やがて冷静さが戻ってきたことにほっと息を吐きながら、急に混乱しちゃってごめんよーとロキににへらぁっとした笑顔を返した。
「えへへ、ちょっぴり慌てちゃってごめんだぞ……って、ろきぃっ!?」
なんてことだ!俺がロキの首元いい匂いするぞくんかくんかふすーっと堪能している間に、何やら事件が起きていたらしい。
ふにゃふにゃ笑顔を浮かべながら見上げた視線の先には、鼻血を両方からたらーっと零して穏やかな死に顔を晒すロキの姿が。つい先日のアンドレアご臨終事件と重なって既視感マシマシだぞ。
慌てて鼻血をふきふきしつつ、ロキのほっぺをぺちぺち叩いて応急処置を施す。
何度かほっぺぺちぺちを繰り返したところで、ようやくロキがハッとしたように我に返った。
「ハッ!いけないいけない、危うく青姦でルカちゃんの処女を散らしてしまうところだった……」
「むん?なぬ?あおいかんむりでおれのしじょーをちらしずしっていったか?」
「全部間違ってて可愛いよルカちゃん。ほんと骨の髄まで真っ白なんだね可愛いよルカちゃん」
「ほねは白いぞ。それくらいはしってるぞ。バカにするなだぞ」
ちらしずしがどうの骨が白いのどうの、と妙なことを呟くロキにはて?と首を傾げる。
ただでさえ小声だったものだから聞き取りづらくて、更にはとっても早口だったために全然違う聞き取りをしてしまった気がする。
うーむまぁいっか。なんかロキが癒されたーって言ってニコニコしてるし。
「そうだね、そうだったね。今ので俺、完全に目が覚めた。ルカちゃんを食べるにはまだ早いってこと。もう少し色々と教え込んでからにしないと、犯罪臭ヤバいねこれ」
「むぅ?」
「段階を踏むから安心してってこと。実際、身体から堕としていけば流石の鈍感ルカちゃんも、その過程で自覚してくれるかもしれないし」
「むん……」
だめだ、何言ってるかわけわかめなんだぞ。
とりあえず食べるのはメッだぞ、おいしくないぞ、とだけ言っておくことに。うんうんわかったよえへへ、って。なんだそのゆるゆる笑顔は、ほんとにわかってるのかぁ?
何はともあれ、ロキのメンヘラ暴走が収まったようで何よりだ。
なんだか笑顔がちょっぴり不穏な気がするけれど、うむ、見なかったフリをしよう。うむうむ。
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