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五章
163.ジャックのお悩み相談室!
窓際の一番日当たりがいい場所に、ジャックと並んで寝転がる。
ブランケットの上からゆったりとした手つきで撫でられるから、すぐにでも眠気が襲ってきてしまいそうだ。それをなんとか振り払って、俺もジャックをよしよしと撫でた。
ちらり、と見上げた先のジャックは、なんだかとっても穏やかで優しい微笑みを湛えていた。
いつものヘラヘラジャックじゃないから、目が合った瞬間ちょっぴりドキドキしてしまった。
「ご主人様、なにか話したいことがあるんじゃないのぉ?」
「ほぇっ?きゅ、急になんだっ!」
ぷくぷく、と俺のほっぺをつっつきながらジャックがそう語る。突然の問いにびっくりして仰け反ると、ジャックはクスクス笑って答えた。
「だってぇ、さっきからむぅむぅって可愛い顔してばっかりだよぉ?最近はずぅっとロキロキ呟いてぼーっとしてるしぃ」
突き付けられた衝撃の事実にピシャーッと固まる。な、なん、だと……。
確かに最近は、以前遊んだ時のロキのセリフが忘れられなくて悶々としていたけれど、周囲にはその動揺が悟られないようクールに過ごしていたつもりだった。
それなのに、なのに……まさかぽけーっとしている間に、無意識の呟きが零れていたなんて!ロキロキ言ってむぅむぅしてたとか、そんな姿が見られてしまっていたなんて!
なんてこったい……俺ってば全然クールを装うことが出来ていなかったのか。
思わずガックシと肩を落とすと、ジャックはぷくっと膨らんだ俺のほっぺをふくふくつんつんしながら尋ねた。
「だからぁ、てっきり腹黒変態クソ野郎……げふんげふん、例の男についての相談があるのかなって待ってたんだぁ。でもご主人様ってば、全然相談してくれないからぁ」
ちょっぴり寂しかったんだよぉ?とほっぺぷくーするジャックにしょんぼり眉尻を下げる。
まさかそこまで分かりやすかったなんて。俺ってば大反省である。みんなを心配させないようにクールを装っていたというのに、逆にめちゃんこ心配をかけていたなら意味がないぞ……。
ごめんよぅとうりうり頬擦りすると、ジャックはにまにま笑って「えへへいいんだよぉ」と緩い感じで許してくれた。
「でも、やっぱり心配なのは変わらないからぁ……何か悩みがあるなら相談してほしいなぁ?」
優しい声音に諭されて眉尻が下がる。そう言われてしまうと拒否できない。心配させてしまったからには、きちんと話さなきゃだし……。
うぅむと唸り、ちょっぴり考えること数秒。やがてちらりとジャックを見上げて、最近ずぅーっと考えていたことをヒソヒソと聞いてみることにした。
「……ジャック。あの、あのな……ジャックには、嫌われたくないひとって……いるか?」
想定外の問いだったのか、ジャックは「うん?」と言ってぱちくり瞬いた。
ブランケットの上から俺を撫でる大きな手も、同時にピタリと止まる。何言ってんだ?的な困惑を表情に滲ませたジャックだったが、やがてうーんと唸って頷いた。
「そりゃあいるよぉ?ご主人様には、ぜぇったい嫌われたくない!」
「へ、お、おれっ!?」
当たり前だろ!みたいな顔でうんうんと頷くジャック。どうやら本気の答えらしい。
正直、求めていたような回答とは全然違うけれど……まぁいいや。このままお悩み相談を続けてしまおう。ふむ……と眉を寄せて逡巡し「それじゃあ」と続けた。
「どうしてジャックは、おれに嫌われたくないんだ?」
またもやぱちくりと瞬くジャック。今度は数秒の迷いもなく、ケロッとした声で答えた。
「えぇ?そんなの、好きだからに決まってるじゃんかぁ」
何を分かりきったことを、みたいな顔で返されたその答えに息を呑む。
いや、正直想定外の答えではなかった。俺だって当然そう考えるし、驚きとかは特にない。でも、どうしてだろう。自分で淡々と考える時とは違って、人が言うとなんだか、なんだか……。
ロキの姿を思い浮かべる。以前話した内容が頭の中で蘇る。
嫌われたくないって言ったら、嫌われたくないのはどうして?って問われた。それは当然、俺がロキのことを好きだから。誰だって、好きな人には嫌われたくないだろう。
でも……どうしてだろう。たった今ジャックが答えた『好き』『嫌われたくない』と、俺があの時思った気持ちとでは何かが違う気がする。
「うぅむ……そうだ!ジャックは、ガウのことも好きだよなっ?」
「うん?うーん、まぁそうだねぇ。ガウのことは好きだよぉ?」
ぱぁっと瞳を輝かせ、ルンルンと身体を揺らしながら尋ねる。
「それじゃあっ、ガウにも嫌われたくないよな?ガウのことが、好きだからってことだよなっ?」
違和感の正体がぼんやりだけれど、ちょっぴりだけ分かった気がする。
たぶんこの問いでジャックが頷いてくれたらモヤモヤは晴れる。なんでなのか、言葉にするのが難しいけれど……とにかくこれで頷いたら、俺がロキに対して感じたモヤモヤは、誰がどんな相手に対しても抱く感情ってことだから。
つまり、そう、それは“特別”とはちょっぴり違って……
「いや別にぃ?好きだけどぉ、嫌われても特になんにも思わないかなぁ。相手はガウだし」
「っっ!?なっ、なんでだっ!」
「え、だからぁ、相手がガウだからだよぉ。ご主人様じゃないなら別にどうでもいいー」
思ってた答えと違う!思わずナヌーッ!とびっくらこいて仰け反ってしまった。
だめだ、これでまたゼロに戻ってしまった……とシクシク落ち込んで縮まる俺を、ジャックがきょとんと首を傾げながらぎゅーっと抱き締めてくれる。慰めてくれているのか?ありがとだぞ……。
どうしたの?という優しい声に誘われて、俺は思わず今燻っている思考を全部曝け出してしまった。
「わかんない……全然、わかんないんだぞ……好きなら、嫌われたくないだろ?みんな同じだろ?なんで、違いがあるんだ?なにがちがうんだ……?」
俺には好きな人がたくさんいる。
アンドレアとか、ロキとか、父とかジャックとかガウとか。みんなのことが大好きで、だからこそみんなに嫌われたくないと思っている。だって、好きだから。
でも、ジャックやロキと話していると、どうも俺とは違う思考回路をしているみたい。好きだから嫌われたくないって相手がいれば、好きだけど別に嫌われてもいいやって相手もいる。
その違いはなんだろう?俺は前世も含めて人付き合いってやつをまったくしてこなかったから、そういう類の話がちょっぴりよくわからない。
違和感の正体を完全に理解することができない。そんなことをぐちぐちめそめそと語ると、ジャックはやがてへにゃっと困り顔で苦笑した。
「あぁー……なんか、分かったかもぉ」
「……?なんだ、なにがわかったんだ?」
ジャックが困ったようにうーんと唸り、どうしたもんか、みたいな苦い微笑を湛えて答える。
「ご主人様がずぅーっとかわいくて、ポンコツでぇ、お馬鹿さんな理由。そりゃあ、ちっちゃい頃から変わらず籠の中にいれば、そんなのわからないまま成長しちゃうよねぇ」
「む……?どゆことだ、よくわかんないぞ……」
「ははっ。まぁわかんないよねぇ、そりゃそうだ」
ぽんぽん、と頭を撫でられ、むぅっと唇を尖らせる。なんだか馬鹿にされているみたいで悔しいぞ。
もったいぶらずに答えんか!とぷんすかする俺をどーどー宥めながら、ジャックが言葉を選ぶみたいにゆったりと語った。
「つまりねぇ、サンプルが少ないんだよぉ。ご主人様の中には、“家族”と“ロキ”しかいないわけ。だから、気持ちの違いがよくわかんなぁーいってシクシク泣いちゃう」
「さんぷる、ちがい……?」
「ご主人様の人間関係がめっちゃ極端ってこと!超絶好き好きぃって相手か、これっぽっちも興味なぁいって感じの他人しかいないの。そりゃわかんなくて当然だよぉ」
ここまで言われてもまだよく理解できない俺を見下ろし、ジャックは何やら突如にまーっと満面の笑顔を浮かべた。
なんだか嫌な予感……とガクブル震える。そんな俺をぎゅーっと抱き締めたジャックが、とっても楽しそうな声で言った。
「──というわけでぇ、おこちゃまなご主人様には、大人の一歩を踏み出すために!人付き合いなるものを経験してもらいまぁす!」
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