異世界マフィアの悪役次男に転生したので生き残りに励んでいたら、何故か最強の主人公達に溺愛されてしまった件

上総啓

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五章

171.やさしいひと

 
 結局あれから、ロキは一緒にプリンやクッキーを食べに戻るという約束を守ることなく会場に戻ってしまった。

 どうやらロキはロキで、この夜会に参加しなければならない理由があったらしい。俺のほっぺで遊んでいたロキのもとに、“例の件”はどうのこうのと苦言を呈す側近らしき人が現れたのである。
 本当に影の中からゆらりと現れたみたいだった。真っ黒いフードの人に引き摺られるようにして「やだやだルカちゃーん!」と泣き喚くロキが消え去ってしまい、こうして俺は一人バルコニーに取り残されたというわけである。

 ついさっきのアンドレアの襲撃には耐えていたのに、やっぱりロキも何だかんだ言って仕事の方が大事なんだな。結局俺を置いてっちゃうし、案外俺とパートナーになってくれたのも、その仕事の“ついで”だったりして……。


「はっ……!」


 ズーンと落ち込んでいた姿勢をハッと正す。
 いけないいけない。俺ってば今、めちゃんこ面倒くさいこと考えそうになっちゃったぞ……。

 そ、そりゃあロキだってああ見えてマフィアなんだから、何より任務を大事にする人間だってことくらい分かっている。父やアンドレアだって、仕事があれば最優先で家を出て行くし。
 俺はおバカだからなのか何なのか分からないけれど、昔からその任務やら仕事やらには同行させてもらえなくて……一人ぼっちの夜を過ごしたのも少なくはなかったけれど、それでも決して寂しいなんてのは言えたことがなかった。

 ここは本来、子供のわがままなるものが通用しない世界なのだ。
 俺が甘ちゃんだってことは流石に自覚している。だからせめてみんなの仕事くらいは、邪魔しないでばいばーいって見送ってあげないと。
 そう、子供のわがままなんて、俺のわがままなんて、本当は優先されるべき世界じゃないのだから。


「はぁー……ロキのおばか、ばかばかっ……」


 分かってはいても、やっぱりむかむかする。
 だってだって、それとこれとは別だろう。俺とロキはしっかり約束を交わしたのだから。
 あとで戻ってプリンとクッキーを一緒に食べるんだぞって、確かに約束した。だから、それとこれとは別。ロキは単純に約束を破ったという、悪いことをしたのである。

 これについては、後日しっかりとお怒りの手紙やら何やらを送らなければ……。


「どーしよーかな……戻るの、こわいなぁ……」


 改めて、ロキが去って静かになったバルコニーと、扉一枚越しに華やかな雰囲気を醸し出す会場を交互に見据える。
 さっきロキを襲撃に来たアンドレアは『ロキと離れたら直ぐに俺のもとへ来い』と言っていたけれど……と眉尻を下げつつ会場を覗き込む。


「……お兄さまってば、囲まれちゃってるじゃんか……」


 ここからでも見える、異常なくらいの人の山。その中心に立っているのは父とアンドレアだった。
 ベルナルディの当主と後継者がいるからと、みんなここぞとばかりに媚を売ったり何なりをしに行っているのだろう。
 正直、自分からあの中に突っ込んで二人のもとに戻るのは……とっても、難易度が高い。

 どうしたもんかと溜め息を吐いた時、突如それは訪れた。


「──おっと、先客がいましたか」


 静寂の広がるバルコニーに響いた声。
 一瞬ロキがもう戻ってきたのかと瞳が輝いたが、すぐにそうではないと悟ってシュンとなった。

 でも、それじゃあ一体誰が来たんだ?と首を傾げつつ見上げた先には、異国風に靡く緑色の三つ編みがあった。
 月明かりに照らされて刺繍が輝く、綺麗なチャイナ服が見えてハッと息を呑む。片手にグラスを持って現れたのは、普段の熱さを冷ましたハオランだった。


「はおらん?」

「えぇ、ハオランですよ。何度かお会いしてはいますが、こうして二人きりでお話するのは初めてですね。ルカ様」


 そう言って、ハオランはにこやかな笑みを湛えたまま俺の隣に立った。
 柵に片手を置いて庭園を見下ろす横顔は、どこか哀愁に染まって見える。たぶん気のせいだろうけれど……以前からハオランの違和感には気付いていたから、なんとなく、すごく気になった。

 シーンと流れる静寂が少し気まずくて、とりあえず他愛もない会話から投げ掛けることにした。


「えっと、おれのことは、ルカでいいぞ。ハオランの方がお兄さん、だからな」


 俺もハオランさんって呼んだ方がいいか?と続けると、ハオランはクスッとおかしそうに笑った。


「いいえ、私のことはこれまで通りハオランと。では二人きりの時だけ失礼しますね、ルカ」


 にこ、と浮かんだ優しげな笑みに一瞬見惚れる。ぽけっとしてしまい、けれどすぐに我に返った。
 ぷるぷるっと頭を振って雑念を追い出す。親し気な呼び方にうむと頷いて俯き、ちょっぴり火照った頬を冷ました。
 夜風が火照った頬を撫でる。特に寒いということはないが、何となくケホッと小さな咳を零した直後、ふいにハオランが持っていたグラスを差し出してきた。


「ルカ、喉は乾いていませんか?よければ、これをどうぞ」

「むん……?ごめんよハオラン、おれ、お酒は飲めないんだ」


 グラスに口をつけた形跡はない。けれど手にしていたということは、今からハオランが飲む分だったということだろう。それなら、たぶん中身はお酒のはず。
 そう思いぷるぷると首を横に振ったのだが、ハオランはすぐにニコッと笑って答えた。


「いえ、これはお酒ではありませんよ。さっき間違えてジュースを受け取ってしまったのです。私、実はジュース系が飲めなくて……どうしようかと悩んでいたのです」


 ジュースが飲めない?そんな人類いるのかえ?とびっくり仰天しつつ、そういうことなら何とかしてやろうじゃないかとグラスを受け取った。


「それじゃあ、おれが飲むぞ。ありがとな、ハオラン」

「……。……いえ」


 まぁ、考えてみれば確かに、喉が渇いていた気がしなくもないかも?なんて言いながら受け取ったグラスを、早速口元につけて傾けた。

 そんな俺を、ハオランがやけにじーっと見つめてくる。なんだ?とちょっぴり不思議に思ったけれど、構わずグラスに入っていた分をこくこくっと飲み干した。
 ぷはぁっと盛大に息を吐く。その時、横目で見えたハオランの表情が、どことなく苦しそうに歪められているように見えた気がした。


「……ルカは、優しいですね」

「む?そ、そんなことないぞ。えへへ、急にどしたんだ?」


 褒めたって何も出ないぞ、と緩んだ頬を晒しながら言うと、ハオランは「いいえ」と首を振ってそのまま言葉を続けた。


「ルカは優しいです。今だって、私が“ジュースは飲めない”と言わなかったら、断るつもりだったでしょう?」


 ぱちくり瞬き、ふにゃっと困り眉の笑みを返す。確かに、言われてみればそうかもしれない。
 正直、ジュースを飲みたいと思えるほど喉が渇いていたわけじゃない。ハオランがどうぞと差し出してくれたグラスも、初めは大丈夫だと言って断るつもりだった。
 そう、ハオランの言う通り、ジュースが飲めないと言わなかったら。

 でも、急になんだってこんな話を?
 首を傾げる俺をそのままに、ハオランは更に言葉を続ける。


「……マフィアというものは、そういう無垢な優しさに付け込むような策を容易く実行してしまう」


 ふと、手から力が抜けるような感覚がした。
 危ない!と思った時にはもう遅い。零れ落ちたグラスを慌てて受け止めようと手を伸ばす前に、手だけじゃなく全身から力が抜けた。

 ガシャンッという音は聞こえなかった。まるで騒音を気にしているみたいに、ハオランがゆったりとした優雅な動きでグラスを受け止め、そのままバルコニーの手摺に置く。
 片手でその作業をこなしつつ、もう片方は崩れ落ちる俺の身体をしっかりと受け止めた。


「は、はお、らん……?」

「……」

「どー、しよ……さっきの、やっぱり、お酒だったのかも……なんだか、からだが……」


 身体が、とっても痺れるんだ。

 視界がぐにゃぐにゃして、心なしか全身が熱くなってきた。
 涙まで滲み始めて、あぁやっぱりさっきのはお酒だったんだと思い込んだ。無意識にハオランの裾をぎゅっと掴んで、ふにゃっと困り顔で微笑む。


「ごめ、ごめんよぅ……おさけ、はおらん、おさけなら、のめるのに……おれ、はおらんのおさけ、のんじゃったぞ……」

「ッ……──!」


 ハオランこそ、喉が渇いていたかもしれないのに。俺は特に、喉なんて乾いていなかったのに。
 そう言うと、ハオランはなぜかとっても辛そうな顔をしてぐっと拳を握り締めた。頭がぐにゃぐにゃして、意識も朦朧としているけれど……ハオランの声は、変わらずまだ聞こえる。


「──……本当は、優しい人が好きです。でも、父は優しさなんて必要ないと言う」

「──……絶対中立という立場は、居心地がよかった。私はこのままがいいと、思っていたのに」


 思考が鈍る。間違ってお酒を飲んでしまった時は、どうするんだっけ?とりあえず、使用人か誰かを呼んでもらって、別室で休ませてもらって……。
 なんて考えていると、ふいにハオランがそっと俺を抱えて立ち上がった。

 その時何気なく気付いたが、いつの間にか位置がバルコニーの中心から、死角の隅に移動していた。気付かない内に、中心から隅っこに誘導されていたらしい。
 まるでわざと人目を避けるみたいな……なんて、違和感が深く根を張り出したのは、その時だ。

 ふと視界の隅に、倒れ伏せた人影が数人見えた。バルコニーがよく見える木の上に一人、柱の影に一人、それ以外にも複数。どれもこれも、随分見慣れたような気がする黒服の男たちだ。
 ベルナルディの構成員だと気付くまでに、そう時間はかからなかった。どうやら彼らは、父かアンドレアが内緒で俺につけた護衛らしい。

 ……でも、どうして彼らが揃いも揃って倒れているんだ?なんて。


「もう、何を言っても遅いですよね」


 全てを諦めたみたいな、そんな自嘲的な声音を最後に、意識は完全に遠のいてしまった。
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