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六章
189.父とないしょのおはなし
「湯浴み係は僕だもん!僕がやるのがフツーでしょぉ!?」
「ふざけるな変態……!主様は先の性的暴行で深く傷付いておられるのだ!貴様に任せられるか!」
もこもこタオルを抱えたままむーんと立ち尽くし、もう何分経過しただろうか。
ここ最近いつも湯浴みの時間になると喧嘩し始める二人だけれど、今日は一段と罵り合いが激しい。連日の成長しない喧嘩を経て、そろそろ流石に意味がないと互いに悟ったのだろうか。
ここで会ったが百年目!くらいの勢いで殺し合いを始めそうな二人を前に、俺はかれこれ十分ほどすっぽんぽんで放置されていた。
いよいよ本格的に身体が冷えてきたし、そろそろ決着をつけてもらいたいのだが……。
「うるさいうるさぁい!僕だけは例外なのぉ!ご主人様は僕と触りっこすると喜ぶのぉ!」
「それは貴様の勝手な解釈だ!どうせ実際は何が何だか分かっていないポンコツな無垢さを良いことに、主様に好き勝手セクハラをしているのだろう!」
「はあぁ!?そんなんじゃないしぃ!ていうかそれを言うならガウも同罪でしょぉ!コッソリご主人様と湯に浸かってるのバレてるんだからねぇ!?」
「んなッ!なぜ貴様がそれを……ッ!?」
五十歩百歩な言い合いをする二人をジトーッと見上げ、抱えていたもこもこタオルをふすふす……と広げて身に纏った。寒いし、とりあえずもこもこで身体を包んでおこう。
二人の口喧嘩はここ数日まったく進歩しなくて、湯浴み係に相応しいのはどっちか、だとか、本当の変態はどっちか、だとかくだらないことばかりだ。
昨夜は妥協案として『三人でおふろ入ればよくない?』と言ってみたのだが、怒涛の勢いで『それじゃ3Pじゃん!』『どちらも暴走してしまった時に止める役がいないのは危険です』と二人にガチ説教をされてしまった。
よくわかんないけど、もう二人の喧嘩に口は出さないとだけ確かに決心したぞ……。
とは言え、もうかれこれ二十分が経過しそうなこの状況。
流石にすっぽんぽんな身体が限界を迎えそうになってきたので、そろそろお湯を浴びたい頃合いだ。
ここはガチ説教の二の舞を覚悟してでも、冷たいすっぽんぽんを守る方向で動き出さなければ……。
というわけで、俺は意を決して二人にとことこと近付いた……いや、近付こうとした。
「むっ!むん?」
とたたーっと駆け出そうとした足が突如宙に浮き、四肢がぷらんぷらーんと投げ出される。
両脇をがっちり掴まれ、背後からひょいっと抱き上げられている。そう気が付くのに、フリーズした時間を含めて数秒かかってしまった。
「何やら騒々しいからと訪ねてみれば……一体何なのだ、この変態共の醜い争いは」
「お父さまっ!」
ぱっと振り返り、俺を抱っこした人物の正体を知る。
呆れと蔑みを含んだ表情を浮かべた父は、二人から隠すみたいに俺をぎゅうっと抱え込んだ。
父がわざわざここまで来るのは珍しい。どうやら二人の言い争いはかなり大きく、邸中に響き渡っていたようだ。
確かに考えてみればここ浴場だし、大声で叫べばそりゃあ響くに決まってたぞ。開け放たれていた廊下への扉を見てむんっと納得した。逆に今まで響かなかったのが不思議なくらいだ。
「あっ、おとーさま!丁度よかったぁ!ねぇガウ、どっちがご主人様に害悪な変態ヤローか、おとーさまに決めてもらおーよぉ!」
「ふん、馬鹿め。当主様は合理的なお方。結果は目に見えているだろうに、自ら死地に飛び込むなど流石は愚か者の変態野郎だ」
バチバチと殺気を籠めて睨み合う二人。どうやらどっちが変態か戦争に終止符を打つべく、父に判断を委ねることにしたらしい。
この状況でひれ伏すわけでもなく、自分たちの口喧嘩に父を巻き込むのだから……二人は本当に怖いもの知らずというか、なんというか。
俺がハラハラソワソワしていると、父は俺を抱っこしたまま、光の速さで二人の頭に鉄拳を振り下ろした。
「馬鹿かアホ共。どちらも等しく純粋無垢なルカに害悪な変態野郎だ。とっとと失せろ」
「いったぁッ!」だの「ッ……!」だのめちゃんこ痛そうに蹲って悶絶する二人を足蹴にして、父はサッサと服を脱いで俺と同様すっぽんぽんになった。
突然すっぽんぽんになるとは何事か……?と困惑しちゃったが、俺を抱っこしたまま浴場へ進む父を見てなるへそと納得した。
どうやら二人を追い出す代わりに、父が俺と一緒に湯浴みをしてくれるみたいだ。
「お父さま。一緒にぽちゃぽちゃ、あわあわしてくれるのですか?」
「ぽちゃぽちゃ、あわあわ……?あ、あぁ。父と湯浴みをするぞ、ルカ」
やったやったぁ!一緒にあわあわ身体を洗って、ぽちゃぽちゃ楽しくお湯に浸かってくれるみたい。
父とお風呂なんていつぶりかなーっとルンルン気分な俺を抱いた父は、何やら困惑顔を浮かべながらもふにゃりと頬を緩めた。
***
「ふんふん、ふんふん」
広いバスタブの中、父に後ろからぎゅーっとされながらぬくぬくとお湯に浸かる。
父とあわあわなんて久しぶりだから、身体を洗う時からずーっと上機嫌でルンルンと浮かれてしまった。
揺れる俺の頭を後ろからぽんぽんと撫でる父。振り返ると、ナイスミドルな父と目が合いえへへと頬が緩んだ。父ってば全然歳をとらないなぁ……むしろ月日が経つにつれて、更に妖艶さやら魅力やらが増していく気がする。
アンドレアが大人になったら、きっと父みたいなカッコいい男になるんだろうな。
それじゃあきっと俺も……?と妄想しながらくふくふ笑っていると、ふいに父が話しかけてきた。
「ルカ。少し話さないか、ルカの将来のことについて」
「むん……?」
父にしては珍しい『父親っぽい』切り出しに首を傾げた。
将来のことについて?まるで世の父親が息子に物々しく切り出すかのような内容だ。ちょっぴり驚いて瞬く俺をぎゅっとしながら、父は俺の返答を待たず話を続けた。
「この国で現在、ルカの存在が最も注目されていることは知っているか。表の社交界、裏社会、全てにおいて、ルカの一挙手一投足があらゆる者達に監視されていることを」
「……む、それは……」
最近、できる限り見ないフリ、知らないフリをしようとしていたこと。
あれだけ毎日のように楽しく読んでいた新聞も避けるようになった。どうやら父はそのことに目敏く気が付いていたらしい。
なるほど。だからこうして、俺と実際に話をしようと思ってくれたのか。
「ルカが王族……その上、反乱軍のリーダーである王弟にまで狙われたこと、それを知らぬ者はこの国には居ない。皆がお前に大きな価値があると踏み、今も尚、愚かにもお前の身を狙っている」
「……」
「情けないことだが、これ以上ベルナルディでのみルカを囲うにはリスクがあり過ぎる。恐らくこの先も、例の夜会での件と似たような事例が起こることだろう」
しょんぼりと肩を落とすと、父は俺の心情を悟ったみたいに優しくなでなでしてくれた。
分かっている。俺は色々な厄介事に巻き込まれすぎた。
王太子の空気を読まない花嫁宣言もそうだし、一番は反乱軍が俺を狙ったことが周知されてしまったこと。そして、ヴァレンティノが俺を介してベルナルディと結束を結ぶようになったこと。
色んなことが、王国中の人たちに知れ渡ってしまった。きっとみんなが、俺は一体何者なのかと騒ぎ立てていることだろう。
みんなに……特に、ベルナルディに、父に、たくさんの迷惑をかけてしまっていることを自覚している。
だからこそ自分が情けなくて、涙が溢れそうな衝動をグッと堪えた。これ以上情けなくなるなんてゴメンだ。こういう時こそ、しっかりしないと。
「ごめ、ごめんなさい……おれのせいで、お父さま、たくさん忙しくなって……めいわく、いっぱいかけてぇ……」
「何を言うか。迷惑など掛けられた憶えはない」
めそめそし始める俺の身体を、父がくるりと回して対面になるよう体勢を変えた。
ほっぺをむにゅっと両手で包まれて持ち上げられると、綺麗なアメジストの瞳とぱっちり視線が合う。ぱちくり瞬くと、父は言葉を選ぶみたいに瞳を揺らして、やがて不服そうにぽつりと呟いた。
「……嫌なら嫌と言いなさい。ルカがどんな選択をしたとしても、私が必ずお前を守ってやるから」
「む……?」
一体なんのこっちゃ……と浮かべた困惑顔は、続いた父のセリフによってぱっと崩れてしまった。
「ヴァレンティノの倅が好きか」
「……ほぇ?」
「仮に婚姻を結ぶとして、ロキ・ヴァレンティノが相手というのは不満か」
答えを聞くことを避けるみたいに、不服そうに顔を背ける父をポカーンと見つめる。
やがてその質問の意図を理解した途端、全身がぽぽっと熱に染まってしまった。
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