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六章
190.婚約
「ルカとロキの婚約を、認める……?」
執務室にて。アンドレアが愕然と目を見開きながらそう零した。
父が発したセリフについて、信じられないとでも言いたげな顔だ。確かに、俺も最初はポカーンとしてしまったから気持ちは分かる。父らしくない言葉だからびっくりしちゃうよね。
珍しくベルナルディ邸に訪れたリカルド様とロキが向かいのソファに座り、上座に父が座るこの状況。俺の隣に腰掛けていたアンドレアはガタッと立ち上がると、わなわなと震えながら父に尋ねた。
「ど、どういうことですか、父上……あれだけルカの婚姻には反対なさっていたのに……」
色の抜け落ちた顔で説明を求めるアンドレアとは裏腹に、向かいに座るヴァレンティノ親子はとっても優雅な様子で紅茶を楽しんでいる。
アンドレアが絶望をあらわにしているこの状況で、よくもまぁ楽しそうにクッキーぱくぱくできるものだ。俺はアンドレアの反応が怖くて、みゅーんと可能な限り縮こまることしかできないのに。
父はアンドレアの問いを受けると、無表情のまま低く答えた。
「誤解するな、あくまで婚約だ。ルカが少しでも不快だと感じれば、その時点で婚約を破棄する」
「しかし……書類上の婚約であれば明確な契約関係となってしまいます。いずれ破棄したとしても、ヴァレンティノと婚約を結んだという汚名が消えるわけではない」
目の前に本人たちがいるのに堂々と『汚名』だなんて。流石はアンドレア、媚売りとかの概念がない最強のクール男子だ。
案の定ヴァレンティノ側からぶーぶーと子供みたいなバッシングが飛んでいるけれど、アンドレアはそれを一切受け取らずに跳ね返して完全スルーを決め込んだ。つ、つよい……。
「……案ずるな、その場合はヴァレンティノを消してでも汚名を抹消するつもりだ。関係を破棄した後のことは、今は考える必要はない」
これまた目の前に本人たちがいるってのに、堂々とケンカを吹っ掛ける父。流石は親子だ。
こんなの完全に抗争を宣言したのと同じじゃないか?とビクビク震えているのはどうやら俺だけのようで、ヴァレンティノ側はさっきと同様ふーぶーと子供みたいなブーイングしかしていなかった。いや、それはそれでどうかと思うけれども……。
「一時的な策だ。反乱軍の件で王国中が騒いでいる以上、現状ルカをベルナルディでのみ囲うのは難しいと判断した。今は、敵からの手出しを断念させるための強力な後ろ盾が必要だ」
無表情の父だけれど、よーく見れば眉間にちょっぴり皺が寄っていて、とっても不服そうな顔をしていることが分かった。
今回の策は父が主導となって進んでいるものだけれど、当人の立場でもやっぱり嫌なものは嫌らしい。父親としての面が表に出てきてしまっている父に、ちょっぴりふにゃっと心が温まった。
「流石に『二大ファミリーで大事に囲ってますよー』なんて宣言すれば、特攻してくる馬鹿は確実に減るだろうからね」
優雅に足を組んで紅茶を嗜んでいたリカルド様が、ふと父の言葉を補足するように語った。
それに続くように、ロキもニッコニコの笑顔でルンルンと声を上げる。
「それに、この策はまさに今が狙い目だ。俺とルカちゃんが一線を越えたという噂が広まっている今、婚約を結べば……流石にこの策を疑うヤツも出てこないだろうし」
このピリピリしている時にアッハーンな話を持ってくるなんて、ロキってばなんてKYさんなんだ。
案の定アンドレアが、思い出さないようにしていたっぽい俺とロキの夜の営みを思い出してわなわな震え始めてしまったじゃないか。あぁほら、額に青筋まで浮かんじゃってるよぅ。
「まぁ、どのみちヴァレンティノにはケジメをつける義務がある。君の言う通りたとえ関係を破棄することになったとしても、一度はケジメとして婚約という確かな関係は結ばないと」
「っ……」
リカルド様のトドメの一撃によって反論の選択を絶たれたのか、アンドレアはぐぬぬと悔しそうな顔をしながらソファに座り込んだ。
俯くアンドレアが心配になって、そわそわしながらおっきな手に自分のちっちゃな手を重ねる。するとアンドレアの手が俊敏に動いて、俺の手をむぎゅっと包み込んだ。
「……そう落ち込まないで。あくまで全ての決定権はルカちゃんにあるんだ。たとえばルカちゃんが婚約を気に食わないと言ったなら、その時点でロキには問答無用で婚約破棄を認めてもらう」
リカルド様がサラリと語った言葉に、ロキがうんうんと深く頷いた。
どうやら俺の意思を最優先で配慮してくれるらしいけれど、そもそも“ケジメ”という建前で婚約にまで漕ぎつけたヴァレンティノ側がそれをいうのは、なんというかちょっぴり不服だ。
どうせロキのことだから、こうなることまで想定済みで最後まで致しただろうに。ま、まぁ、別に嫌というわけじゃないからいいけども……。
リカルド様の発言を最後に静寂が流れ出す室内。
チラッチラッと見上げた先のアンドレアが、やがてパッと俺に視線を向けた。
なにごと!とびっくりするのも束の間、アンドレアは俺の手をぎゅうっと包み込みながら、眉尻を下げた弱々しい表情を晒して言った。
「ルカ、ルカ……少しでも嫌だと思ったら、すぐに俺に言うんだ。後ろ盾なんぞ無くとも、俺が必ずルカを守ってやる。大人達の事情など気にしなくていい、分かったな」
ほっぺをふにゅっと摘ままれながら、アンドレアの言葉にこくりと頷いた。
兄らしいことを言う時のアンドレアは、いつもよりも頼りがいが段違いでとってもかっこいい。
すりすりと距離を縮めて、横からむぎゅっと抱き着く。するとアンドレアは、ふにゃりと無表情を緩めてぎゅーっと強く抱き締め返してくれた。
やっぱりアンドレアが一番だ。大好きな兄がいるなら、案外これからのことも心配しなくて大丈夫そうだな。うむ。
状況も忘れてうりうりーっとアンドレアに抱き着いていたから、気が付かなかった。
向かいに座るロキがむっすーとほっぺを膨らませて、リカルド様に軽く笑い飛ばされていたことに。
「ははっ。どうやらルカちゃんの“一番”はお兄様みたいだね。この二人には入る隙もなさそうだ。精々努力しなさい、ロキ」
「むぅ……兄弟だからって、狡い……」
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