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六章
228.花がきれいな理由
「お兄さま、みてみて!お花咲いてるぞ!蝶々さんもいるぞ!」
アンドレアと手を繋ぎ、色とりどりの花を眺めながら庭園を進む。
一つ一つの花に反応する俺の話を、アンドレアは優しい表情を浮かべながら聞いてくれた。どれだけくだらない話でも、まるで鼓膜に刻み付けるみたいにしっかりと。
綺麗な花を見つけてしゃがみこんだ俺の隣に、アンドレアも静かに膝をつく。
つんつんと花弁を突っつくと、その花にとまっていた蝶がひらりと飛び立った。蝶は俺の指先に一度移ってから、またひらひらと自由な軌道を描いて飛んでいく。
「きれいだなー、かわいーなー」
「……あぁ。そうだな」
花は綺麗だし、蝶はかわいい。のほほんと頬を緩めて言うと、アンドレアも小さく頷いた。
アンドレアにも花を綺麗だと認識したり、蝶はかわいいと思えたりする心があったのか。ふいにちょっぴり失礼な考えが浮かんでしまって、慌ててぶんぶんっと首を振った。
そりゃあアンドレアだって人間なのだから、お花綺麗だなーとか思ったりもするだろう。花や蝶が綺麗なのは実際事実だしな。うむ。
俺の「きれい」「すてき」「かわいい」とかの発言一つ一つに頷くアンドレア。
共感してくれるのは嬉しいけれど、それならせめて、お花を見ながら頷いてほしいんだぞ……なんてちょっぴり冷や汗を掻いた。
だってアンドレアってば、なぜか俺のことをジーッと見つめながら頷くんだもの。
ぽふぽふと花を突っついたり撫でたりして遊んでいると、ふいにアンドレアがぽつりと呟いた。
「……ルカが居なければ、こうして花を眺める機会もなかっただろうな」
突然のセリフにきょとんと瞬く。首を傾げる俺を見下ろすアンドレアの瞳には、気のせいじゃなければ、溢れんばかりの愛情が宿っているように見えた。
「花にも蝶にも、興味なんてなかった。今も正直、興味はない。だが、どうしてだろうな。ルカと見る花や景色は、全て綺麗なものに見える」
そう言って花を撫でるアンドレアの手は、まるで俺の頭を撫でる時みたいにとても優しい。
愛情の満ちた瞳の奥に、少しの寂しさが見えて眉尻を下げた。不器用なアンドレアには、自覚するのが難しいのかな。困ったような顔をするアンドレアを見て、なんだか力が抜けた。
自意識過剰かもしれないけれど、アンドレアの寂しそうな表情の意味を悟ってしまったから。
「ルカが邸を出れば、花を綺麗だと思うこともなくなるんだろうか」
アンドレアが花からそっと手を離す。怯えたようなその動きはまるで、自分の手で花を手折らないようにと距離を置いているようだった。
不器用なアンドレアらしい。ほんのり頬を緩めながら、震えるその手にそっと自分の手を重ねた。
ビクッと肩を揺らしたアンドレアが俺を見下ろす。俺はふにゃっと笑顔を浮かべて、いつも通り何にも知らないおバカな子供みたいに言った。
「だいじょぶだぞ!お兄さま。だいじょーぶ、だからな?だってお兄さまは……」
だって、俺は?そう瞳で聞き返すアンドレアに、ちょっぴり赤面しながらひそひそと答えた。
「だってお兄さまは、おれのことが大好きだろ?お兄さまは、おれのこと好きだから……おれの大好きなお花に、ぜーったい酷いことなんてしないんだぞっ!」
アンドレアが息を呑む。無表情でも仏頂面でもない、目を瞠る姿はいつぶりかななんて、そんななんてことないことをふと考えた。
ふにゃふにゃと笑いながら、隣で膝をつくアンドレアの後ろに回り込み、背中に凭れるみたいにぎゅうっと抱き着く。顔を覗かせて頬を擦り合わせながら「だいじょーぶ」と囁いた。
「綺麗って思えなくても、それはそれでよしだぞ!おれだって、お兄さまの好きな拳銃とかナイフとか?そういうのの良さが、ちょっぴりわかんないし……だから、大丈夫だぞ?」
むぎゅーっと抱き着く力を強める。頬に当たる三つ編みがくすぐったい。見下ろした先に見える花々は、俺のこともアンドレアのことも全部受け入れるみたいに、変わらずふわふわと揺れていた。
「お花のことも……おれがいたら、綺麗って思えるんだろ?それじゃあ、お花を見るときはおれを呼ぶんだぞ!それで解決だぞ!ふふんっ」
「っ……」
「そのかわり!おれが怖いなーって思うときは、お兄さまがそばに来るんだぞ?こわいことも、お兄さまがいれば怖くない!あ、いや……怖いのは怖いけど、お兄さまがいれば、ぷるぷるって震えないんだぞ。えへへ」
ぽわぽわと笑顔を零した直後、アンドレアが突然体を捻らせて、腕の中に俺をぎゅうっと閉じ込めた。二人でぽすっと地面に座り込む形になり、なんだなんだと目を回す。
「はわわっ」とびっくり仰天しつつ、ふとあることに気付き硬直した。俺を抱き締めるアンドレアの腕がなぜか震えている。
慌てて視線を上げると、そこにはぽろぽろと涙を零す、アンドレアの珍しすぎる泣き顔があった。
「お前はどうして、いつも、いつも……っ!」
「お、お兄さま……?どしたんだ?おれ、なんかしちゃったか……?」
ほっぺにぽたぽたと落ちてくる雫。その生温い感触で、アンドレアが泣いていることを実感する。
それでなぜかハッとして、アンドレアが泣いている!と遅れて衝撃と焦燥が湧き上がった。
だめだめ、アンドレアの涙なんて悲しくて見てられないぞ。俺まで涙目になりながら、なんとかアンドレアを笑顔にさせるべく奮闘する。
「お、お花見るかっ?蝶々さんもいるぞっ!どどっ、どうしよ、どうすれば」
あたふたする俺を抱き締めながら、アンドレアは俺の首元に顔を埋めてふいにぽつりと呟いた。
「……ルカ。ルカ、俺のルカ。愛してる。愛しているからな」
「むんっ!?きゅ、急になんだだぞっ!不意打ちはやめるんだぞ!照れるんだぞっ!」
突然の愛している攻撃にはわわぁっ!と仰け反る。
羞恥でぷるぷる震える俺に、アンドレアは甘くて胸焼けしちゃうくらい、感情の籠った声音で語りかけた。
「三日に一度は帰ってくること。帰ってきた日は、必ず俺と散歩をすること。湯浴みも昼寝も何もかも、俺と共にすること。分かったか?」
「む、むぅっ……?わ、わかったぞ……?」
「よし。いい子だ。不服だが、憎悪が止まないが……大人しく、ルカを見送ることを約束しよう」
未練やら本音やらを隠そうとしない姿勢にぱちくり瞬いて、やがてふはっと吹き出した。
なんだかちょっぴり気が抜けちゃったな。別れをこれだけ惜しんでくれる家族がいるって、よく考えなくてもとってもすごいことだ。
俺だってものすごく寂しいけれど、でもこうして冷静にその日を楽しみしていられるのは、アンドレアの強い愛情があるからっていうのもあるのかも。
「寂しくなったら、お兄さまもおれに会いにくればいいんだぞ」
「言われずともそうするつもりだ。毎日会いにいく」
「ふへへ。そのうち、お兄さまのお部屋もできそーだな?」
「その時は……ルカの部屋の隣に作れと脅さないとな」
ふわっと微笑むアンドレアの表情は、柔らかくて温かくて、少し滲んだ涙が輝いて、とっても綺麗。
ぎゅっと抱き着いて、うりうりと頬擦りする。今はこうして好きな時にできる抱っこも何もかも、あと少し経てば、簡単には出来なくなってしまう。
環境が変わるって、新しい家族ができるって、そういうことなんだ。でも悪いことなんかじゃないから、シクシク泣いちゃう必要なんてこれっぽっちもない。
俺たちはただ、もうすこしで訪れる新たな日常を、楽しみだねーって笑い合えばいいだけ。
そんなことを思いながら、ふと視線を下ろす。その先に咲いているのは、色とりどりの綺麗な花。
「むっ、お花、やっぱりきれーだなー」
「……そうだな」
アンドレアの言う通りだ。
大好きな人と見る花は、確かにいつも以上に綺麗に見えた。
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