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六章
231.いってきます
「そわそわ。そわそわ」
身体をぶぉんぶぉんと揺らして緊張を誤魔化す。
今日は天気も良く、気温もぽかぽかなので、玄関ではなくお外に出てお迎えを待つことにした。
たぶんもうすぐ来るだろうし。なんて思いながらそわそわぶぉんぶぉんと揺れていると、ふいに両隣に立って俺の手を握っていた父とアンドレアが、ムッスーッと拗ねた様子で呟いた。
「……もうすぐ盗っ人が来るのか。ベルナルディの家宝を狙うとは、本当に気に食わん奴だ」
「こちらの家宝に傷一つでも付けるようなことがあれば、奴の家門ごと根絶やしにしてやる」
何やら真っ黒いオーラで物騒な呟きを漏らしている二人。
ま、まぁ、これに関しては最近じゃよくあることなので、俺は気にせずのほほんそわそわとロキを待つことにした。
二人ともこんなこと言っているけれど、実際はきちんとロキのことを認めているに違いない。そうじゃなきゃ、たぶんロキは今ごろ二人にけちょんけちょんにされているだろうから。
とは言え、実際に家族が一人家から出ていくというのは寂しいものなのだろう。
俺も、もし俺より先にアンドレアが家を出ていたら……と考えると、たぶん寂しすぎて毎日アンドレアのベッドですんすんしながら号泣して眠っていただろうし。
「お父さま、お兄さま。おれ、いっぱい帰ってくるからなっ!いっぱい、帰ってきてもいいか?」
二人を元気づけるために声を上げる。けれどすぐに、流石にいっぱいは迷惑か……と考え直した。
へにゃりと眉尻を下げて尋ねると、二人が途端にくわっと目を見開く。ちょっぴり目が血走っていて怖いんだぞ。ふえぇ。
「迷惑なわけがあるか。いっぱい帰ってきなさい。そしてそのままあっちには帰らなくてもいい」
それはちょっとどうなのかね、と父の発言に苦笑する。
でも、心はぽかぽかだ。大袈裟なセリフを放つ二人だけれど、その分でっかい愛情を感じるからとっても嬉しい。勝手にしょんぼりせず、それじゃあいっぱい帰ろーってなれるから、本当に嬉しい。
「えへへ。嬉しいぞ。それじゃあ、帰ってきたら、一緒にお散歩とかしたいぞ」
ふにゃふにゃ笑う俺を、二人は柔らかく微笑みながらじっと見下ろす。
ほっぺをムニュムニュ、頭をよしよしと撫で回され、ぐるんぐるんと目が回ってきた時だった。
ふいにガラガラと馬車の音が聞こえて、ハッと息を呑みつつ振り返る。
ちょうど邸の正面に停まった馬車から、王子さまみたいに正装姿のロキが現れた。いつもは無造作な髪が綺麗にセットされ、服装も黒生地に赤と紫の刺繍というベルナルディの色に寄った衣装だ。
いつもよりクールなロキにぽぅっと見惚れていると、やがて俺を視認したロキがとっても嬉しそうにふわっと微笑んだ。
「ルカ!」
愛情たっぷりの声で呼ばれて、思わずぽぽっと頬を染める。
両隣で俺の手を握っていた二人からそっと離れ、とたとたっ!と駆け出した。むぎゅっと抱き着くと、すぐに包み込まれるみたいに抱き締められてほっとする。
「ルカ、おはよう。この日をずっと待ち侘びていたよ。やっと一緒に暮らせるね」
「んむっ、おはよー。おれも、すっごく嬉しいぞ。えへへ」
むへへーと笑う俺を見下ろし、ふにゃりと瞳を細めたロキ。額やら頬やらにちゅっちゅと口付けられ、んむんむと何とかロキの顔を押し返す。
だ、だめだぞ。今は父もアンドレアもいるし、恥ずかしいから外でちゅっちゅはダメなんだぞ。
「む、むぅ……メッだぞ、ロキ。ちゅーは、あとでね?」
「グハァッ!え、え、なに今のっ!えっちに焦らされちゃった!きゅんッ」
別にえっちに焦らしたわけじゃないぞ、とちょっぴりドン引きしてしまう。
ロキってば、急に暴走する癖をそろそろ何とかするんだぞ。俺ってばびっくりしちゃうんだぞ。
恥ずかしいことを言うロキをぺちぺちと叩いていると、ふと背後からムッスーって感じの不貞腐れオーラを感じて慌てて振り返った。
ま、まずいぞ。このドス黒い空気はまさか……。
「私の目の前でルカを襲うとはいい度胸だ。殺すぞクソガキ」
「ルカに低俗な単語を聞かせるな変態。死ね」
無表情で拳銃を手にしながら淡々と呟く父とアンドレア。
銃口がロキに向けられる前に、俺はあわわっとロキにコアラ抱っこしながら声を上げた。
「お、おれ、えっちなんて知らないぞ!ロキはいっつも上品なクールお兄さんだぞ!」
「え、なになに?嬉しいこと言ってくれちゃって。ルカちゃんまで俺のこと殺す気?褒め殺す気?」
ぜんぜん上品クールお兄さんじゃないけど……変態えっちお兄さんだけど……なんてことは決して言わず、フォローに回ったつもりだったのだが。
それを鼻の下を伸ばしたロキが台無しにしちゃったので、俺も諦めてへにゃりと口をへの字にしてしまった。へにゃへにゃ。ロキの変態さんは誰にも止められないし隠しようもないんだぞ。
後ろの二人までドン引きのせいで固まってしまい、拳銃をさらっと下ろす始末だ。ロキの変態さが危機を脱したようで何よりである。周りをドン引きさせて殺気を消沈させるなんて、すごい技だ。
「よーし、それじゃあそろそろ行こうか。父上も邸で待っているからね」
「む!うむ……はっ!ちょっと待って、ロキ」
ニコニコと上機嫌で俺の手を引くロキ。そんなロキからちょっぴりだけ手を離し、とたとたっと踵を返す。
複雑な表情を浮かべていた二人にむぎゅっと抱き着き、にへらっと笑顔を向けた。
「お父さま、お兄さま、大好きです。いっぱい帰ってくるからね、寂しくないからね。へへっ」
「ッ……!」
「っっ……」
「って、んむぐぅッ!?」
お別れの挨拶を済ませて離れようとした時、二人にぎゅぎゅっと強く抱き締められてびっくり仰天してしまった。
むぐむぐ、と何とか顔を出して呼吸していると、やがて二人が身体を離してふわりと微笑む。
「……あぁ。寂しくなったらいつでも帰ってきなさい」
「いつでも待っているからな。嫌になったら帰ってくるんだぞ」
優しい声音を聞いて、ちょっぴり涙が滲んでしまった。
やっぱり、俺は家族が大好きだ。たとえ大人になって、少しだけ形が変わってしまったとしても、それでもずぅーっと家族が大好きだ。
「ん、うむ。それじゃ、えと……」
のそのそと二人から離れて、ふにゃりと笑う。
「いってきます」
踵を返す直前、いつもは淡々とした二人の瞳がほんのり潤んだのが見えた気がした。
てくてくっと駆け出し、ずっと待ってくれていたロキの手に自分の手を重ねる。白い馬車に乗り込む直前、新しい日常を祝福するみたいに、柔らかい風が頬を撫でた。
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