異世界マフィアの悪役次男に転生したので生き残りに励んでいたら、何故か最強の主人公達に溺愛されてしまった件

上総啓

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六章

最終話.『ルカ』




「あぁ、瑠佳。やっと起きたか」


 視界に広がった光景に、あれ?と瞬いた。
 おかしいな……確か俺は今、ヴァレンティノ邸について、リカルド様や構成員たちと挨拶をして……その後部屋に案内されて、それで、疲れてそのまま眠ってしまったんだ。
 広い部屋に用意されたソファがあまりにもふかふかだったものだから、離れられなくなっちゃって。

 でも、どうしてだろう。それなのに、どうして今、俺の目の前に……


「──……おとう、さん?」


 アメジストの瞳じゃない、あの頃は一般的だった黒い瞳と、黒い髪。
 白いベッドに横たわる俺の傍で、“お父さん”は読んでいたらしい本を閉じて微笑んだ。

 ……あぁそうだ、ここは病室だ。もうほとんど薄れていた前世の記憶が、走馬灯みたいに蘇る。
 真っ白な壁と天井、そしてベッド。開いた窓から吹き込む穏やかな風と、それに合わせて揺れるカーテン。病院特有の、少し鼻にくる薬の匂い。
 全てが懐かしいこの感覚。俺はいまいち状況を掴み切れずに、ただ呆然とその男性を見上げた。

 若くして死んでしまった親不孝な俺を、最期まで愛し続けてくれた最愛の家族を。


「手術、今回も無事に成功したぞ。よく頑張ったな。偉いぞ、瑠佳」


 優しい声。聞き慣れた、けれどもうとっくに忘れていた、大好きな父の声。
 幸福なこの光景は、間違いなく夢だ。そう悟ると同時に、堪え切れない涙がぶわっと滲んだ。
 どうして前世の夢を見ているのだろう?前世の夢なんて数えるほどしか見たことがないし、ここ数年は記憶が完全に薄れかけていたほどなのに。

 どうして今、このタイミングで前世の家族を夢に見てしまったのだろうか。


「母さんも、さっきまで居たんだが……仕事が入ってついさっき出て行ったんだ。タイミングが少し悪かったな」


 そう言って苦笑するお父さん。その会話には聞き覚えがある。
 そうだ、これは俺が死ぬ一か月前の会話だ。病弱で、何度も手術を繰り返していた俺が、何度目かの手術を終えて目覚めた時の会話。

 いつも通り無事に手術を終えて、余命があるだなんて言いながら、きっとこれからもこんな風にちゃっかり生きていくんだろうなって。そう思っていた時の夢だ。
 結局、この日の一ヶ月後に容体が悪化して、そのままぽっくり死んでしまうのだけれど。


「瑠佳が寝ている間に、瑠佳の好きなこの本、読ませてもらったぞ。いやーすごいな、これ男同士の恋愛モノなのかぁ」

「へ……って、ちょ!なに読んでるんだよぅ……」


 呆然としていた身体が、お父さんの何気ないセリフによってハッと動き出す。
 お父さんが手に持っているものを見て、慌てて身を起こそうとしたが……手術後ということもあり、すぐに疲れてベッドに逆戻りしてしまった。

 ニコニコ笑顔で向けられる本の表紙には、見慣れた人物のイラストが描かれている。
 シリアスなフォントで書かれた『暗雲を裂く華』というタイトルを見て、一気に懐かしさがこみ上げた。
 なんだか……ロキとアンドレアの姿を前世で見ることになるなんて、少し不思議な感覚だ。こうして見れば、本当にこのイラストって現実の二人とそのままなんだなぁ……。

 なんて考えていると、ふとお父さんがムッと不貞腐れた表情を浮かべ「でもなぁ……」と不満そうに本を見下ろした。


「父さんはちょっと不服だぞ。瑠佳と同じ名前のキャラが、そりゃあもう不憫で不憫で……。それがずーっと心残りで、主人公側を最後まで好きになれなかった!」


 あぁ、そういえばそんなことを言っていたな。
 俺が眠っている間に暗華を読みふけって、感想は『主人公側が好きになれない!うちの息子と同じ名前の子を冷遇するとは何事か!』とこれでもかとばかりに批評を訴えていた。
 その頃は、本の登場人物にまで俺を重ねる親バカなお父さんに呆れていたけれど……なんだか今聞くと、胸がじーんと締め付けられる。

 誰も気にも留めないような、序盤も序盤で退場する影の薄い脇悪役。
 あの頃は俺でさえ適当に流し読んでいた“ルカ・ベルナルディ”という人物に、お父さんは“瑠佳”と名前が同じというだけで真剣に向き合ったのだ。
 “ルカ・ベルナルディ”として新たな人生を歩んでいるからこそ、今になってお父さんの言葉が強く印象に残る。


「このキャラは絶対に、来世で報われてほしいなぁ。父さんの大好きな瑠佳と同じ名前だから、どうしても情が湧いちゃうんだよ……」


 しょせん小説のキャラじゃないかって、きっと前世の俺ならそう笑って流しただろう。
 実際、俺はそういう流し方をした気がする。本当に親バカだなぁって、そんないつも通りの他愛もない返事しかしなかった気がする。

 けれど今は、軽く流すなんて出来そうにない。
 どうせ夢の中の話だし、真剣に考える必要なんかないってことは分かっているけれど……。


「──報われたぞ」


 ぽつりと呟くと、眉尻を下げていたお父さんがきょとんと瞬いた。
 そんなお父さんにふわりと笑んで、俺は静かに語る。


「“ルカ”の来世は、とっても幸せだぞ」


 その呟きを、お父さんはどう受け取っただろう。
 徐々に滲んでいくお父さんの瞳をじっと見つめる。ぐっと引き結んだ下唇、握り締めた拳、俯く視線……どれもこれも、お父さんの心情を痛いくらいに表していて、俺まで瞳が潤んだ。


「……っあぁ、そういえば……次の手術は、二ヶ月後らしい。手術頑張ったご褒美、また考えておけよ?今回はぬいぐるみだったよな」


 そう言って立ち上がり、そばに置かれた簡易的な棚を開くお父さん。
 その姿を、脳裏に焼き付けるみたいにじっと見つめた。

 ごめんねお父さん。今度の手術のご褒美も、俺はたしかワガママを言ったと思うけれど……せっかくお父さんが用意してくれたご褒美を、俺は受け取ることができないんだ。
 その手術をするよりも先に、俺は呆気なく死んでしまうから。


「ほら!瑠佳、見てみろ。今回はオオカミのぬいぐるみにしてみたぞ。耳とか尻尾とかがモフモフしてるから、きっと瑠佳が気に入るだろうと思ってな!」


 笑顔を浮かべてそう語るお父さんの腕には、デフォルメされた可愛いオオカミのぬいぐるみが抱かれている。
 それを「ありがとう」と言って受け取り、ぎゅっと抱き締めた。あぁ、懐かしい……これは前世の俺が迎え入れた、最期のぬいぐるみだ。


「あ……ふふっ」

「ん?どうした?」

「……ううん。なんでもないぞ」


 オオカミをじっと見つめて、あることに気が付いた。
 思わず笑みがこぼれたけれど、お父さんの不思議そうな反応には誤魔化しを返す。
 白い身体と赤い瞳……あぁそうだ、そういえば、こんなぬいぐるみだったなぁ。今改めて見てみると、ロキにそっくりじゃないか。


「あ!そういえばこの本、新作が出るらしいな?父さんが買ってきてやろうか」


 ふとお父さんがニコニコ笑顔でそう語る。
 暗華の表紙に視線を移して、ふにゃりと微笑んだ。あの頃は、新刊が読めなかったことをとても悔いていたけれど……今は、もう。


「いや、だいじょぶだぞ。次は、新しい本を読もうかなーと思うぞ」

「なに、そうか?」


 こくりと頷く。オオカミのぬいぐるみをぎゅっと抱き締めて、赤い瞳を見下ろし頬を緩めた。

 そう、もう暗華の新刊は必要ない。だって俺はもう、その本の続きを知っているから。
 今の俺なら、きっと最終話まで見届けることが出来るから。


「──……む」

「うん?あ……瑠佳、眠くなってきたか?ほら、我慢しないで寝なさい。まだ術後だし、ゆっくり休まないとな」


 ふいに重たい眠気が襲ってきて、頑張って瞼を上げようとしても耐え切れず瞳が閉じていく。
 そうだ、そういえば術後は、一度目が覚めてもすぐ眠くなるのがほとんどなんだった。あぁ、嫌だな、まだ寝たくないな……だって、だって。

 きっともう、終わりだ。今眠ってしまったら、きっともう二度と、この幸せな夢を見ることはできない。

 眠りたくない。ずっと起きていたい。大好きな家族のそばにいたい!
 そんな感情が溢れ出しそうになった時だった。突如、お父さんの大きな手が俺の頭を撫でて……優しい声が、耳を撫でたのだ。


「大丈夫だぞ、瑠佳。瑠佳はいい子だからな、絶対、絶対、よくなるからな。瑠佳ほどのいい子が、幸せを手に入れられないわけがないんだから」


 視界が滲む。お父さんの優しい笑顔がぼやけて、少し寂しくなったけれど……それでも俺は、きちんと伝えたいと思った。そう思ったから、なんとか震える声を絞り出した。


「おとう、さんは……おばか、だなぁ」


 なんだって?と子供みたいに膨らませた頬が見える。それを見て、またくすりと頬が緩んだ。


「おれは、幸せじゃなかったことなんて、一度もないぞ……ずっと、ずぅーっと、幸せだぞ」


 そう、ずっと幸せ。“この時”も、”今“も。

 視界がぼやけてお父さんの顔がよく見えない。だというのに、こんなにぼやけていても、お父さんがぽろぽろと大粒の涙をこぼし始めたのはよく分かった。
 ふにゃりと笑みを浮かべる。意識はもう沈み始めて、眠気は限界に達している。


「ありがとう、おとうさん。あんしん、してって、おかあさんにもね、つたえてね」


 最後の最後に、俺はまた笑った。



「おれはこれからも、ずっとしあわせだよ」






 ──……何かが優しく頬を撫でる。その感触で目が覚めた。

 背に感じるのは、病院の硬いベッドとは違う極上の柔らかさ。ふかふかのそれがヴァレンティノ邸のソファだということに気付くまで、そう時間はかからなかった。
 ぽやぽやとしたまま、ゆっくりと視線を動かす。じっと俺を眺めていたらしい彼に気が付いた瞬間、反射的に表情がふにゃりと綻んだ。


「おはようルカ。すごく幸せそうな寝顔をしていたけれど、なにかいい夢でも見た?」


 頬を撫でる大きな手に頬擦りする。
 愛おしそうに弧を描いた赤い瞳を見つめ返し、柔らかく微笑んだ。



「うん。"今"とおんなじくらい、幸せな夢だったぞ」



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