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本編
2.ご機嫌取りのハンバーグ
「雲雀、今日は夜ご飯食べてく?」
「そのつもり。なんか用事あった?無理なら帰るけど」
「ううん何も無い!寧ろ食べてって欲しいなぁって。雲雀と出来るだけ長く一緒に居たいからさ」
嬉しそうに笑う湊さんを見て、恋人と喧嘩でもしたんだろうかとぱちくり瞬いた。せっかくの休日を俺と過ごすくらいだし、恋人と何かあったと考えるのが妥当だろう。
「ふふっ、今日は雲雀の好きな料理作っちゃおう」
にこにことキッチンに立つ湊さん。料理の準備を始める彼に目を細めて、いつもは鉄仮面と言われるくらい微動だにしない表情筋が無意識に緩んだ。
まぁ何でもいいや。そんなことより湊さんと過ごせることを喜ぼう。彼女さんには悪いけど。
――湊さんの浮気現場を目撃した次の日。
運良くお互いの都合が合ったので、今日は湊さんのマンションにお邪魔していた。
彼には特に変わった点は無いし、あぁそういう感じねと密かに頷いた。彼にとっては俺はただの浮気相手で、俺に対して全てを話すくらいの誠意が無いのも納得だ。
ただえさえ彼女さんと最近上手くいってないみたいだし、俺はその期間の穴埋め役かなんかだろう。
彼女と過ごす時間が減ったら寂しくもなるだろうし、俺みたいなのを使っても無理はない。
自分が湊さんの浮気相手なのだと気付いて、それと同時に彼との未来が無いことにも気付いた俺。たぶん1ヶ月もすれば彼女との仲は元通りになるだろうし、そしたら湊さんの未来は彼女のものになる。
だから俺は用無し。湊さんとの未来があるから生きてたけど、それも無くなるので生きる理由もない。というわけで俺は死ぬ。うん、簡潔で素晴らしい。
自分でもビビるくらい完璧な流れだ。家の中で死んだらあのご立派な豪邸を事故物件に出来るし、義父にも嫌がらせが出来る。うーん、ほんと完璧!
「雲雀が笑ってる…可愛い…!何かいい事でもあったの?」
「ん?まぁそうかも、俺A型だから完璧に終わらせたくて、考えてたら一番いいやり方を思いついたからさ」
「終わらせる…課題とか?確かに雲雀、掃除とかもすごく綺麗にしてくれるもんね」
キッチン越しに笑いかけてくる湊さんに頷いて、すぐに話を中断させる為にスマホを開いた。それを見て湊さんが眉を下げて微笑む気配を感じたが、顔は上げない。
今はフライパンやら包丁やらを使ってるみたいだし、怪我をしたら大変だからだ。自分の血を見ることに抵抗は無いが、彼の血を見るのは心底嫌だ。
緩んだ頬は気付くと元の真顔に戻っていて、それを見た湊さんが悲しそうに息を吐いていたことなんて知る由もない。
無表情で見下ろす画面には義父からのメッセージ。
『明日は今日の分も相手してもらうからな』
下品な笑みでこれを打っている義父の顔が頭に浮かぶ。読んでる俺の顔は死んでるけど。
いつものねちねちしたセックスを二日分と考えると気が滅入るが、それと引き換えに湊さんとの休日を手に入れたと思えば安いもんだ。あの男はバックが好きなんだが、たるんだ腹が肌に当たってちょっと気持ち悪いんだよなぁ…。
まぁ性欲は発散出来るから良しとしよう。湊さんとはセックス出来ないから仕方ない。この傷だらけの体を見て好意的な感情で俺を抱けるとは思えない。湊さんには綺麗な俺だけ知ってて欲しい。恋愛ってほんと難儀なものだ、惚れると汚い部分を見せることに抵抗感を抱く。
俺の場合汚い部分が九割方だから、湊さんに出せる本当の姿はめちゃくちゃ限られてしまうのが悩みどころだ。
「雲雀、ご飯出来たよ」
「わ、すごっ…ハンバーグだ。ありがとう」
「ふふっ、どういたしまして」
目の前に置かれた皿には、見るだけでも肉汁が詰まってるのが良く分かる肉厚のハンバーグが乗っている。興奮して瞳が輝き、思わず湊さんの手を掴んでぶんぶん上下させながらお礼を言ってしまった。
感情があまり表に出ないタイプなので、なるべく動きで気持ちを伝えないと誤解されやすいのだ。
湊さんは、出来る限りの最大限の動きで嬉しさを伝えようとする俺を見ておかしそうに笑う。俺の頭をぽんぽん撫でて、見下ろしてくるその視線はどこまでも優しい。また頬が緩んだ。
フォークを取ってハンバーグを一口食らうと、あまりの美味しさに涙が出そうになった。家で一人で食うカップ麺より何倍も美味い…。
これだから湊さんとご飯を食べる瞬間が大好きなのだ。家では味わえない幸福を味わえる。
もぐもぐご飯を堪能し終えると、向かいでずっと俺の様子を見つめていた湊さんが口を開いた。
「今日泊まってくよね?」
「うん。湊さんと一緒に寝るの好き」
「っ…!あんまりそういうこと言わないで…」
顔を真っ赤にして俯いてしまった湊さん。きょとんとしてそんなことってどんなこと?と尋ねると「かわいいこと」と返って来る。よく分からない。
けど前のめりになって艶っぽく顔を染める湊さんを見てようやく理解した。どうやら彼は相当溜まっているらしい。
彼女さんとセックスすら出来てないのかな…俺は相手出来ないけど、どうするんだろう。
そこまで考えて、俺はそういうことかと頷いた。
どうして貴重な休日に俺を呼んで、わざわざ泊まってくよね?と聞いて来たのか。湊さんは初めから俺とセックスするつもりで呼んだんだ。なるほどハンバーグもご機嫌取りか。
全てを理解して悔やんだ。これくらい誘われたときに察しておくのが浮気相手の役割なのに、俺はそんなことも察することが出来ずに、単純に会えることを楽しみにして来てしまった…不覚。
だがどうしたものか、今更理解したところでもう遅い。湊さんを満足させてあげることは俺には出来ない。
というわけで、役に立てない俺は退散することにした。
「ごめん、俺帰る」
「…え?な、なんで急に…」
「ハンバーグ美味しかった、ほんとにありがとう」
「は、ちょ、雲雀!?」
困惑したように引き留めてくる湊さんを宥めて、俺はそそくさと部屋を後にした。
流石に「セックスは出来ない」と堂々と言うのはダメだろう。下手したら彼のプライドを傷付けかねないし、どうしてかと聞かれても答えることが出来ない。無言で去れば察して、湊さんも違う人…もしくは彼女さんを呼ぶはず。
邪魔者は消えるに限る。自分の判断を内心べた褒めしながら家に帰った。
* * *
「なんだ、フラれたか?」
リビングに入ると、ねっとりした笑顔で出迎えてくる義父。たるんだ腹が寝間着越しに見えて目を逸らした。心なしか股間も少々勃ち上がってた気もしたもんで。
「…まだフラれてない。疲れたから寝る」
早々に会話を終わらせて部屋へ行こうとすると、すぐに「待て」と声が掛かった。無視したらろくなことにならないので大人しく従う。
やっぱそう簡単に逃がしてくれないよな、と半ば諦観しながら、目の前に立ち塞がった義父を見上げた。
「…なに」
「はっ…分かってるだろう?どうせ帰って来たなら相手をしろ」
「疲れてるって…、…っ!」
視線を逸らすと同時に体を思い切り壁に押し付けられる。背中に広がる痛みに視界が滲み、次の瞬間には唇を分厚いそれに塞がれていた。
キスだけはどうしても鳥肌止められないんだよなぁ…と他人事みたいに考えて、閉じた唇をこじ開けて入って来る舌をこれまた大人しく迎え入れる。
気付けば服は乱されていて、薄い胸には脂肪のついた手のひらが二つ這い回っていた。
その手がズボンに手を掛けたところで、義父の腕を掴んで動きを阻止した。
「なんだ、抵抗したら殴るぞ。痛いのは嫌だろう?」
「違う。マジで疲れてるから立ちながらは無理。ヤるからベッドいこ」
苛立つ義父を落ち着かせる為に、宥めるようにこっちからキスして微笑んだ。それだけで義父は顔を赤くして寝室まで急いだ。短気だが扱いやすい男だから、その単純さにだけは意外と助かっている。
「………」
義父にバレない程度に溜め息を零す。
こんな時なのに頭に浮かぶのは湊さんの顔だけで、心底惚れ込んでいる自分に苦笑した。
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