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第二章
15話 優秀なロアーク殿下
ロアークは、当たり前だがα性だ。
しかし、その事実を時々忘れそうになるのは、彼の態度がいつも自信なさげで、おどおどしているせいだろう。
本来、αは家柄や血筋に関係なく、どこか堂々としている者が多い。
幼い頃から“自分は優れている”と実感できる出来事があり、その積み重ねが自然と余裕ある立ち居振る舞いを作るからだ。
逆に、人より秀でていると褒められた記憶も、能力を認められた実感もないまま育てば、αの人間が持つはずの確かな自信など生まれるはずがない。
おかげで、シュイは気づいたことがある。
「……これを全部三日間で覚えたんですか?」
セレナトリア離宮の小さな書斎で、シュイは思わず舌を巻いた。
木製のデスクの上には、先日シュイが運んできた外国語学の分厚い本が何冊も積み上がっている。
その向かいに座るロアークは、ページの端を指先でそっと触れながら、不安そうに小さく頷いた。
「う、うん……載ってる単語と文法だよね? ごめん、逆にそれしか覚えられなくて……」
「いやいやっ! 十分すぎますから!! だって、この量を三日で覚えるって……普通の人には無理ですよ!!」
「え、そ、そうなのかな……?」
「そうですっ!」
シュイが勢い込んで伝えても、ロアークは照れたように「シュイが教えるのが上手いからだよ」なんて笑ってる。
シュイがロアークに勉強を教え始めてから、二週間ほど経った。その間、離宮に行っては前回教えた本の内容について理解できているか確認をし、確認が終われば新しく本の内容について教える。以上のことをずーっと繰り返ししていた。
勉強は自信がないと聞いていたので、最初の方こそゆっくり進めていたものの……だんだんと、シュイはロアークの能力が非常に高いことを知った。
まず、記憶力が異様にいい。「次に会う三日後までに、この本の三ページ分を覚えておいてください」と課題をだせば、三ページどころか本丸ごと頭に入っている。
しかも、応用力も高い。算学の公式を教えれば、数分後には別の問題にも応用し、正しい解を出す。
それならと、学習速度を上げて教えると、あっという間に算学、経済学、地政学の基礎を習得し、今では外国語まで覚えつつあった。
(ロアーク様も、やっぱりα性なんだな……)
シュイは手元の紙を改めて確認する。ロアークが書いた外国語の作文だが、ほとんど文法的な過ちもなく、完璧に近いものだった。
今まで意識していなかった分、ロアークのαらしさを初めて感じて、複雑な気持ちになる。
劣等感、ではない。ロアークの新しい一面を知って、戸惑っている、の方が近いかもしれない。
ロアークはαの中でもことさら優秀なほうだろう。思えば恵まれた体格も、α性の影響があるのかもしれない。
だからこそ、今まで正しい教育を受けてこられなかったことが、悔しくて仕方ない。ロアークには隠れた才能がこんなにもたくさんあるのに、陽の目を見ないだなんて——
(いや、今からでも遅くない。僕がロアーク様を立派な紳士にするんだからっ!)
シュイは顔を上げて、身を乗り出す。
「ロアーク様は外国語もお得意なようですから、もし今度アナスタシアに何か言われたときは、外国語で切り返すのも良いかもしれませんね。彼女はあまり言語は得意ではないですから」
「え、そ、そうなの?」
「ええ、地政学と絡めて、ヴァロワ家は水産資源で成り立ってる家ですから……【君のお口は、魚臭くてかなわないね】なんて外国語で言えば……」
「えっ、待って」
ロアークが目を丸くする。
「も、もしかして、それ……言ったことある?」
シュイは少し迷ってから、肩を竦めた。
「先にアナスタシアが『顔だけのΩは、お家が没落しても顔が能天気ですね』って言葉の刃を向けてきたんです」
一瞬の沈黙のあと、ロアークが「ふっ、ははっ」と吹き出した。肩を震わせ、軽く咳き込んでいる。
声を出してまで笑う姿は初めて見た気がして、シュイはすこしだけ唖然とした。
「そ、そんなに面白かったですか?」
「う、うん。前から思ってたけど、シュイは言うべきことをちゃんと言ってて偉いね。芯がしっかりしてる」
笑いながら話してるので悪い意味ではないと思うが、シュイは少しだけムッとする。
「……まぁ、はい。そうかもですね」
ゼファリオにも『お前は性格が可愛くない』とよく言われた。じゃあ反対に、可愛い性格ってなんですか? と聞きたいぐらいだった。何も忠告せず、黙って受け入れるのが可愛い性格なら、それはもはや人形と一緒だ。
社交界では一度舐められたら終わり。将来王妃を目指しているならなおのこと、相手を蹴散らすぐらいの気概がないと生き残れない。
おかげで陰では「顔が可愛いだけで、性格はきつい」などと噂されているらしいが……もう、どうしようもないことだと割り切っている。
「僕にはできないことだから……すごいなって、尊敬してる」
シュイが不機嫌そうに黙ったからか、ロアークが真剣な面持ちでフォローしてくる。本当にそう思ってるかは定かではないが、シュイも本気で気分を害したわけではないので、ロアークの発言はあっさり流した。
しかし、その事実を時々忘れそうになるのは、彼の態度がいつも自信なさげで、おどおどしているせいだろう。
本来、αは家柄や血筋に関係なく、どこか堂々としている者が多い。
幼い頃から“自分は優れている”と実感できる出来事があり、その積み重ねが自然と余裕ある立ち居振る舞いを作るからだ。
逆に、人より秀でていると褒められた記憶も、能力を認められた実感もないまま育てば、αの人間が持つはずの確かな自信など生まれるはずがない。
おかげで、シュイは気づいたことがある。
「……これを全部三日間で覚えたんですか?」
セレナトリア離宮の小さな書斎で、シュイは思わず舌を巻いた。
木製のデスクの上には、先日シュイが運んできた外国語学の分厚い本が何冊も積み上がっている。
その向かいに座るロアークは、ページの端を指先でそっと触れながら、不安そうに小さく頷いた。
「う、うん……載ってる単語と文法だよね? ごめん、逆にそれしか覚えられなくて……」
「いやいやっ! 十分すぎますから!! だって、この量を三日で覚えるって……普通の人には無理ですよ!!」
「え、そ、そうなのかな……?」
「そうですっ!」
シュイが勢い込んで伝えても、ロアークは照れたように「シュイが教えるのが上手いからだよ」なんて笑ってる。
シュイがロアークに勉強を教え始めてから、二週間ほど経った。その間、離宮に行っては前回教えた本の内容について理解できているか確認をし、確認が終われば新しく本の内容について教える。以上のことをずーっと繰り返ししていた。
勉強は自信がないと聞いていたので、最初の方こそゆっくり進めていたものの……だんだんと、シュイはロアークの能力が非常に高いことを知った。
まず、記憶力が異様にいい。「次に会う三日後までに、この本の三ページ分を覚えておいてください」と課題をだせば、三ページどころか本丸ごと頭に入っている。
しかも、応用力も高い。算学の公式を教えれば、数分後には別の問題にも応用し、正しい解を出す。
それならと、学習速度を上げて教えると、あっという間に算学、経済学、地政学の基礎を習得し、今では外国語まで覚えつつあった。
(ロアーク様も、やっぱりα性なんだな……)
シュイは手元の紙を改めて確認する。ロアークが書いた外国語の作文だが、ほとんど文法的な過ちもなく、完璧に近いものだった。
今まで意識していなかった分、ロアークのαらしさを初めて感じて、複雑な気持ちになる。
劣等感、ではない。ロアークの新しい一面を知って、戸惑っている、の方が近いかもしれない。
ロアークはαの中でもことさら優秀なほうだろう。思えば恵まれた体格も、α性の影響があるのかもしれない。
だからこそ、今まで正しい教育を受けてこられなかったことが、悔しくて仕方ない。ロアークには隠れた才能がこんなにもたくさんあるのに、陽の目を見ないだなんて——
(いや、今からでも遅くない。僕がロアーク様を立派な紳士にするんだからっ!)
シュイは顔を上げて、身を乗り出す。
「ロアーク様は外国語もお得意なようですから、もし今度アナスタシアに何か言われたときは、外国語で切り返すのも良いかもしれませんね。彼女はあまり言語は得意ではないですから」
「え、そ、そうなの?」
「ええ、地政学と絡めて、ヴァロワ家は水産資源で成り立ってる家ですから……【君のお口は、魚臭くてかなわないね】なんて外国語で言えば……」
「えっ、待って」
ロアークが目を丸くする。
「も、もしかして、それ……言ったことある?」
シュイは少し迷ってから、肩を竦めた。
「先にアナスタシアが『顔だけのΩは、お家が没落しても顔が能天気ですね』って言葉の刃を向けてきたんです」
一瞬の沈黙のあと、ロアークが「ふっ、ははっ」と吹き出した。肩を震わせ、軽く咳き込んでいる。
声を出してまで笑う姿は初めて見た気がして、シュイはすこしだけ唖然とした。
「そ、そんなに面白かったですか?」
「う、うん。前から思ってたけど、シュイは言うべきことをちゃんと言ってて偉いね。芯がしっかりしてる」
笑いながら話してるので悪い意味ではないと思うが、シュイは少しだけムッとする。
「……まぁ、はい。そうかもですね」
ゼファリオにも『お前は性格が可愛くない』とよく言われた。じゃあ反対に、可愛い性格ってなんですか? と聞きたいぐらいだった。何も忠告せず、黙って受け入れるのが可愛い性格なら、それはもはや人形と一緒だ。
社交界では一度舐められたら終わり。将来王妃を目指しているならなおのこと、相手を蹴散らすぐらいの気概がないと生き残れない。
おかげで陰では「顔が可愛いだけで、性格はきつい」などと噂されているらしいが……もう、どうしようもないことだと割り切っている。
「僕にはできないことだから……すごいなって、尊敬してる」
シュイが不機嫌そうに黙ったからか、ロアークが真剣な面持ちでフォローしてくる。本当にそう思ってるかは定かではないが、シュイも本気で気分を害したわけではないので、ロアークの発言はあっさり流した。
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