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第二章
16話 苦い思い出
「ロアーク様も、切り返しの一つや二つ、覚えておいても損はないですよ」
「そうだよね……ちなみに、そういう会話術的なものも、家庭教師に教わるの?」
ロアークが興味あり気に聞いてくる。シュイは少し考えてから、「いいえ」と答えた。
「そっか……じゃあ、ご両親に教えてもらうものなのかな?」
「あ、いえ、僕の母も早くに亡くなり、父も忙しかったので…………その、幼馴染、みたいな人に教えてもらっていたんです」
「幼馴染、みたいな人?」
「ええ、亡き母の親友の息子さんです。彼もΩなので、よく引き合わせられてたんです」
脳裏に四歳年上の幼馴染の顔が浮かび、シュイの胸がちくりと痛んだ。
シュイにとって彼は幼馴染というより、憧れのお兄さんに近かった。Ωの男性としてどう生きていけばいいのかを、シュイは彼に教えてもらったのだ。
自分の外見の美しさを武器にすること、仕草ひとつで美しも怖くも見せれること、Ωは舐められがちだから肝心なところは強気でいないと後で大変なことになるなど。
社交界でどう振る舞えばいいのかも、彼に教えてもらった。実際彼はとても美しく、言葉にも説得力があり、今でも心の中で尊敬している。
「へぇ、そうなんだ。今でもその幼馴染には会っているの?」
「あー…………」
しかし、瞬時に脳内に苦い記憶が蘇り、シュイは口ごもってしまう。ロアークは何か察してか、「ごめん、あまり話したくないことならいいんだ」と気を遣ってくれた。
「……あ、いえ、すこし仲違いをしてしまって……」
シュイは話すかどうか迷ったけれど、特別秘密にしておく必要もないなと気づいて、喋り始めた。
「……彼が社交界デビューをした年のことです。僕が十三歳のとき、たまたま一度だけ、彼の家に連絡もなく行ったんです」
社交界デビューをしたあとは、彼とはほとんど会えなくなってしまった。それで寂しくて、軽い気持ちで家に行ってしまったのだ。
「そしたらちょうど客間に、幼馴染とαの男性が一人いて……αの男性が僕を見て言いました。『可愛い子だね』って。今ならわかります。あの方は、幼馴染が好意を抱いていた相手だったんです」
今でも彼の傷ついた顔が忘れられない。当時のシュイは何がなんだかわからなくて、無邪気に「ありがとうございます!」と笑顔で返事をした気がする。
けれどその場で幼馴染は部屋を出て行った。ただならぬ様子に慌てて後を追いかけたら、面と向かって言われたのだ。
——『僕は、お前が嫌いっ! あの人に色目使って、最低だっ……!』
シュイは色目を使った覚えは微塵もなかった。でも彼にはそう見えてしまったのだ。ただシュイは立って、微笑んでいただけなのに。
どんなに仲良がいと思っていても、一度そう勘違いさせてしまったら、終わりだ。
所詮人は外見でしか判断できない。中身なんて二の次だ。たとえ、長らく親しい仲だったとしても。
「……だから、見た目は大事ですよ。視線一つで、誤解させてしまいますから」
シュイは苦笑気味にそう言って、話を締め括った。
けれどロアークは少し考えてから口を開いた。
「僕の憶測だけど……その子は本当に、シュイが色目を使ったなんて思ってないんじゃないかな」
「……えっ?」
「だって、話を聞いている限り、その子は見た目に気を使ってて、社交術も詳しいんでしょう? だからシュイが色目を使ったかどうかなんて、すぐにわかりそうだけど……」
「それは……」
確かにそうだろうか? 今まで考えたこともなかったけれど、改めて第三者から指摘されるとおかしいかもしれない。今となっては真相はわからないが。
でもあれからシュイはことさら外見には気を使うようになった。特に表情や声のトーンなど、自分がどう見られているかを意識するのはマナーだと思うようになった。
シュイが考え込んでいると、ロアークが先に口を開いた。
「シュイは見た目も可愛らしいし、性格も良いから、純粋に嫉妬したんじゃないかな? 悪口言おうとしても出てこないから、捏造した、みたいな」
「へっ?! せ、性格がいい!?」
目が点になった。正直、今の今まで、どこを切り取ったら「性格が良い」になるのか、シュイにはわからなかった。
ロアークには見た目をよくしろだの、勉強しろだの、挙句の果てには自分の褒め言葉を受け取れ、みたいなことを強要している。
それこそ顔合わせの初期は猫を被っていた自覚もあるが……仕立てを進めたあたりからあまり猫を被れなくなった。なんでだろうか。素のままでもロアークが嫌そうじゃないからだろうか。
けれどロアークは、珍しい鳥を見るような目を向けてきた。
「シュイは優しいでしょう? 僕なんかのために色々教えてくれるし、本も持ってきてくれる」
「いやそれは……」
ロアークがかっこよくなれば自分も満足するからで……とそこまで考えて、でももはやロアークの隠れた才能を見つけ出したいがためにやっている節はあるなと思い立った。
(それはロアーク様のため……というのか? いや、でも自分が見つけたいだけで、ロアークが望んでいることじゃなかったら、やっぱりただの押し付けで自分は性格良くないし……)
そのとき、使用人が来客を知らせた。ロアークとシュイは互いに顔を見合わせる。
「……来客って、珍しいですね」
「そうだね……あ、もしかして」
途中でロアークが顔を顰めた。どうしたのだろうと思っていたら、使用人の後ろから来客が顔を出した。
「ロアーク殿下、お久しぶりです」
白に近い銀の髪。齢四十に近いと言うのに、肌艶がしっかりしている。
(——グレイヴナー公爵!?)
シュイはびっくりして声を失う。彼の名はセドリック・ハーランド。滅多に社交界にでない政界の重鎮だ。そんな大御所がなぜ離宮に?
「……セドリック」
しかしもっと驚きなのは、ロアークがグレイヴナー公爵を名前で呼んだことだ。
「突然の訪問、申し訳ございません。私は客間で待っていますので、どうぞごゆっくり」
しかしシュイからしたらそうも行かない。公爵をまたせてまで勉強会は続けられないだろう。
ロアークもため息をついて「……ごめん、シュイ。今日はもうお終いでもいいかな」と言った。
「は、はい。もちろんです……」
シュイは慌ててデスクの上を片付ける。
(どういう関係だろう——)
変に胸がざわつくのを感じながら、シュイは離宮を後にした。
「そうだよね……ちなみに、そういう会話術的なものも、家庭教師に教わるの?」
ロアークが興味あり気に聞いてくる。シュイは少し考えてから、「いいえ」と答えた。
「そっか……じゃあ、ご両親に教えてもらうものなのかな?」
「あ、いえ、僕の母も早くに亡くなり、父も忙しかったので…………その、幼馴染、みたいな人に教えてもらっていたんです」
「幼馴染、みたいな人?」
「ええ、亡き母の親友の息子さんです。彼もΩなので、よく引き合わせられてたんです」
脳裏に四歳年上の幼馴染の顔が浮かび、シュイの胸がちくりと痛んだ。
シュイにとって彼は幼馴染というより、憧れのお兄さんに近かった。Ωの男性としてどう生きていけばいいのかを、シュイは彼に教えてもらったのだ。
自分の外見の美しさを武器にすること、仕草ひとつで美しも怖くも見せれること、Ωは舐められがちだから肝心なところは強気でいないと後で大変なことになるなど。
社交界でどう振る舞えばいいのかも、彼に教えてもらった。実際彼はとても美しく、言葉にも説得力があり、今でも心の中で尊敬している。
「へぇ、そうなんだ。今でもその幼馴染には会っているの?」
「あー…………」
しかし、瞬時に脳内に苦い記憶が蘇り、シュイは口ごもってしまう。ロアークは何か察してか、「ごめん、あまり話したくないことならいいんだ」と気を遣ってくれた。
「……あ、いえ、すこし仲違いをしてしまって……」
シュイは話すかどうか迷ったけれど、特別秘密にしておく必要もないなと気づいて、喋り始めた。
「……彼が社交界デビューをした年のことです。僕が十三歳のとき、たまたま一度だけ、彼の家に連絡もなく行ったんです」
社交界デビューをしたあとは、彼とはほとんど会えなくなってしまった。それで寂しくて、軽い気持ちで家に行ってしまったのだ。
「そしたらちょうど客間に、幼馴染とαの男性が一人いて……αの男性が僕を見て言いました。『可愛い子だね』って。今ならわかります。あの方は、幼馴染が好意を抱いていた相手だったんです」
今でも彼の傷ついた顔が忘れられない。当時のシュイは何がなんだかわからなくて、無邪気に「ありがとうございます!」と笑顔で返事をした気がする。
けれどその場で幼馴染は部屋を出て行った。ただならぬ様子に慌てて後を追いかけたら、面と向かって言われたのだ。
——『僕は、お前が嫌いっ! あの人に色目使って、最低だっ……!』
シュイは色目を使った覚えは微塵もなかった。でも彼にはそう見えてしまったのだ。ただシュイは立って、微笑んでいただけなのに。
どんなに仲良がいと思っていても、一度そう勘違いさせてしまったら、終わりだ。
所詮人は外見でしか判断できない。中身なんて二の次だ。たとえ、長らく親しい仲だったとしても。
「……だから、見た目は大事ですよ。視線一つで、誤解させてしまいますから」
シュイは苦笑気味にそう言って、話を締め括った。
けれどロアークは少し考えてから口を開いた。
「僕の憶測だけど……その子は本当に、シュイが色目を使ったなんて思ってないんじゃないかな」
「……えっ?」
「だって、話を聞いている限り、その子は見た目に気を使ってて、社交術も詳しいんでしょう? だからシュイが色目を使ったかどうかなんて、すぐにわかりそうだけど……」
「それは……」
確かにそうだろうか? 今まで考えたこともなかったけれど、改めて第三者から指摘されるとおかしいかもしれない。今となっては真相はわからないが。
でもあれからシュイはことさら外見には気を使うようになった。特に表情や声のトーンなど、自分がどう見られているかを意識するのはマナーだと思うようになった。
シュイが考え込んでいると、ロアークが先に口を開いた。
「シュイは見た目も可愛らしいし、性格も良いから、純粋に嫉妬したんじゃないかな? 悪口言おうとしても出てこないから、捏造した、みたいな」
「へっ?! せ、性格がいい!?」
目が点になった。正直、今の今まで、どこを切り取ったら「性格が良い」になるのか、シュイにはわからなかった。
ロアークには見た目をよくしろだの、勉強しろだの、挙句の果てには自分の褒め言葉を受け取れ、みたいなことを強要している。
それこそ顔合わせの初期は猫を被っていた自覚もあるが……仕立てを進めたあたりからあまり猫を被れなくなった。なんでだろうか。素のままでもロアークが嫌そうじゃないからだろうか。
けれどロアークは、珍しい鳥を見るような目を向けてきた。
「シュイは優しいでしょう? 僕なんかのために色々教えてくれるし、本も持ってきてくれる」
「いやそれは……」
ロアークがかっこよくなれば自分も満足するからで……とそこまで考えて、でももはやロアークの隠れた才能を見つけ出したいがためにやっている節はあるなと思い立った。
(それはロアーク様のため……というのか? いや、でも自分が見つけたいだけで、ロアークが望んでいることじゃなかったら、やっぱりただの押し付けで自分は性格良くないし……)
そのとき、使用人が来客を知らせた。ロアークとシュイは互いに顔を見合わせる。
「……来客って、珍しいですね」
「そうだね……あ、もしかして」
途中でロアークが顔を顰めた。どうしたのだろうと思っていたら、使用人の後ろから来客が顔を出した。
「ロアーク殿下、お久しぶりです」
白に近い銀の髪。齢四十に近いと言うのに、肌艶がしっかりしている。
(——グレイヴナー公爵!?)
シュイはびっくりして声を失う。彼の名はセドリック・ハーランド。滅多に社交界にでない政界の重鎮だ。そんな大御所がなぜ離宮に?
「……セドリック」
しかしもっと驚きなのは、ロアークがグレイヴナー公爵を名前で呼んだことだ。
「突然の訪問、申し訳ございません。私は客間で待っていますので、どうぞごゆっくり」
しかしシュイからしたらそうも行かない。公爵をまたせてまで勉強会は続けられないだろう。
ロアークもため息をついて「……ごめん、シュイ。今日はもうお終いでもいいかな」と言った。
「は、はい。もちろんです……」
シュイは慌ててデスクの上を片付ける。
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変に胸がざわつくのを感じながら、シュイは離宮を後にした。
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