「僕なんて」が口癖の卑屈なα様を、美しい僕(Ω)が最高の番に育てます!

栄円ろく

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第二章

16.5話 【ロアークside】日陰の主と日向の子

 ロアークは書斎の窓越しに、遠ざかっていくシュイの後ろ姿を追う。
 陽光を反射してきらめく金の髪は、どんな絹糸よりも艶やかだ。恐ろしいほどに小さく整った頭部、しなやかな身のこなし。

 シュイはただ歩いているだけで、周りの風景を一枚の絵画へと変えてしまう。その上、見た目だけじゃない。シュイがひとたび口を開けば場が華やぎ、いつまでも彼と話し続けていたいと思わせる魔力があった。

(……どうして、あんな素晴らしい子が、僕のところに)

 到底、手の届く存在ではない。そう諦め、遠くから眺めるだけの存在だと思っていた。

 なのに、まるで女神のようなシュイが、今は自分と同じ場所に立ち、親しげに微笑みかけてくれる。その奇跡に深く感謝するとともに、この幸福がいつまで続くのかという焦燥が、じわりと胸を焼くのだ。

「ロアーク様、久しぶりに表に出られたと聞きましたが」

 低い無粋な声が、静かな書斎に響く。ロアークは窓の外からゆっくりと視線を外し、部屋の主であるグレイヴナー公爵を鋭く睨みつけた。

 シュイとの大事な時間を奪った罪は重い。滅多にしない苛烈な視線を向けたが、公爵はどこ吹く風で軽く肩を竦めてみせた。

「……ソフィアおばさまに挨拶もせずに、無様に逃げ出した臆病者、とでも言われましたか?」

 ロアークは、シュイの前では決して見せない、冷え切ったぞんざいな声を出す。
 彼が来るとろくなことがない。ロアークは冷淡な拒絶を隠そうともせず、目の前の公爵を冷たく突き放した。

「それもありますが……生まれ変わったように美しい姿で現れたとか。それは本当だったようですね」

 グレイヴナー公爵の視線が値踏みするように上から下まで執拗にロアークをなぞる。

 その無遠慮な眼差しに耐えかねて、ロアークは乱雑に椅子へ身を沈め、足を組んで視線を逸らした。

「たとえ……容姿が変わったとしても、僕は政界に出るつもりはありませんよ。ゼファリオに勝ちたいなんて気持ちはないです」

 そう。グレイヴナー公爵の思惑はただ一つ。王位が第二王家に移ったのが気に食わない。だからどうにかして権力を奪還し、理を覆したい――頭にあるのは、それだけだ。

 そのための駒として、時折こうして自分に期待を寄せてくる。だが、ロアークにしてみれば「なぜ自分に?」という冷めた疑問しか湧かなかった。

(僕は、人前に立てるような器じゃない……)

 根暗で、卑屈で、まともに人前で話せない。

 そんな自分に比べれば、ゼファリオの方が圧倒的に王に相応しい。彼には大衆の目を惹きつける美しさがあり、周囲を納得させる説得力がある。

 彼が王になって、一体何がいけないというのか。 グレイヴナー公爵に言わせれば「ゼファリオ殿下は見た目だけの王子。中身がなく、だから未だに王太子にもなれない」と辛辣極まりないが、それは流石に言い過ぎだろう。

 ゼファリオと関わりはほとんどないけれど、彼だって、次期王としての責務を果たすべく、何かしらの努力は重ねているはずだ。

 自分が上手いこと言い包められて王座を狙ったところで、無駄な争いを産むだけ。国を混乱させ、多大な損害を招く結果にしかならない。

 だから、公爵がこれまで幾度となく持ちかけてきた「表に立ちましょう」という誘いは、すべて断ってきた。それが自分にとっても、そして何よりこの国にとっても最善だと信じているからだ。

「……さようですか」

 グレイヴナー公爵は考えるように、ゆっくりと顎に手を当てた。だが、それが単なるポーズに過ぎないことをロアークは知っている。長年、政界で生き抜いてきた公爵の腹の内など、到底読み切れるものではない。

「……でも、そうなったらシュイ殿は可哀想ですな」

 シュイの名前が出て、ロアークはぴくりと肩を揺らす。

「残りの一生をこんなオンボロな離宮に閉じ込められて過ごすわけですから。縁談は無事進んでいるのでしょう? そうなると、彼は貴方の番としてここで生活することになる」

「…………」

 それが可哀想なことなど、誰よりもロアーク自身が理解している。自分のような卑屈で将来も見込めない男には、到底似合わない婚約なのだということも。

(……断るべきなんだ。彼のために)

 シュイに似合うのは、自分なんかではない。それこそゼファリオのような——いや、浮気をするような相手は論外だが——もっと相応しい、光り輝く場所にいる高位の貴族であるべきだ。

(でも……今更、手放せない)

 シュイと過ごす時間は、濃厚な蜜のように甘く、うっとりとするようなひとときだった。一度その味を知ってしまえば、自ら手放すことなど不可能なほど、シュイの存在は自分の奥深くに根を張っている。

 いつか断らなければ。シュイにとってもったいない時間を過ごしている。そう毎日自分に言い聞かせても、シュイ本人から拒絶の言葉がないことを盾にして、決断を先延ばしにしていた。

「……ここに来ると、いつも鬱屈とした気持ちになります。古い調度品に、手入れも行き届かぬボロボロの屋敷。貴方は慣れ親しんでいるから良いかもしれませんが……シュイ殿はどう思われますかな」

「…………」

 何も言い返せずにいると、グレイヴナー公爵がぐるりと書斎を見渡す。

「あの子は日向の子だ。貴方とずっと、日陰に身を隠しているのが好きには見えませんよ」

 長らく使われていなかったこの書斎には、淀んだ空気と、どこかカビ臭い匂いが染み付いている。

 輝く金の髪を持ち、周囲を華やかに彩るシュイには、あまりに似つかわしくない。

「……何が言いたいんですか」

 絞り出すような声で、ロアークは公爵を睨み据えた。だが、公爵は動じることもなく、静かに見つめ返してくる。

「シュイ殿を思うなら——もしくは、本気で彼を手放したくないなら、今の貴方のままでは難しいということです。いい加減、貴方も日陰にいるのは飽きたのでは? もし外へ出る覚悟ができた日には、まず私にご連絡を。いつでもご協力差し上げますよ」

 それだけを言い残すと、公爵は未練もなく背を向けた。コツ、コツと規則正しく響く靴音。公爵の気配が消えた後も、ロアークはその場を動くことができなかった。

 窓の外に広がる、シュイが歩いていった明るい世界。 自分はこのまま、この淀んだ空気の漂う離宮で彼を腐らせるのか。それとも、自らシュイを手放し、一人ここに残るのか。

(……今の僕のままでは難しい)

 グレイヴナー公爵の言葉を頭の中で反芻する。 これまで政界には露ほども興味がなかったが、もし今の自分を変え、表舞台へ出る覚悟が決まれば——シュイを、あの光そのもののような彼を、健全に繋ぎ止めることができるということだろうか。

 彼に相応しい環境を用意し、彼を守れるだけの力を手に入れる。そうすれば、いつかシュイを失うのではと焦る日々から、抜け出せるのかもしれない。

 ロアークは再び窓の外を見た。 網膜を刺すような眩しい日の光に、思わず目を細める。 

「……シュイ」

 愛おしい名を口の中で転がす。 これまでは疎ましくさえあったその日の光が、今は手に入れるべき未来のように見えた。
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