恋を知らない麗人は

かえねこ

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6.再別

 前半、騎士団長視点。
 後半、ルクレオン視点。
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『ただの性欲処理じゃないんですか?』

 その言葉が俺の頭の中でグルグル廻り続ける。

 いや、確かに好きだとも愛してるともお互いに口にしたことはない。
 コーデリアがいる限りそんな言葉に意味はないし、そもそも男同士だ。

 この国の男同士の関係など、「性欲処理」の一言で片づけられるものだ。
 
 騎士団の連中も遠征時に関係を持っているぐらいで、本当に思い合っている者など数えるほどだろう。
 王都に居ればいくらでも娼館があるし、それなりの給金を得ている彼らがそれを我慢する必要はない。

 ルクレオンにしても、副団長になった後は付き合いでか女に興味があったのか、俺が娼館に赴く際に誘えば付いて来ていた。
 だが最初の一、二回だけで後は付いてこなかった。どうも性的興味が淡泊らしい。


 俺が酔った勢いでルクレオンを押し倒した時、紛れもなくあいつに男の経験はなかった。
 あいつの中へ入るまでにかなりの時間を要した。
 その間にいくらでも抵抗する余地はあった筈だ。なのにあいつは抵抗しなかった。
 誰にも靡く気配のなかった男が俺を受け入れてくれた――そのことが嬉しかった。

 眠っているあいつの腕輪を外して初めて見た姿に見惚れ、目が離せなかった。
 自分だけのものにしたい、誰にもこの姿を見せたくない。そんな独占欲に心が占められた。

 古い王家に伝わる書物に書かれた記述。
 銀髪金眼が国にとってどれだけの意味を持っているか。それを知った時の俺の歓喜。

 コーデリアさえ居なければ、あいつと一緒に居られると。

 父上を説き伏せ、コーデリアを排除し、俺はルクレオンと一緒になれる未来を掴んだ――そう思っていた。

 すべて俺の独り善がりだった。

 あいつと再会して打ち明けた告白は、見事に跳ね返された。
 あいつの中には俺への恋情はなかった。

 その事実に俺は打ちのめされた。




「団長ー。仕事してくださいー。
 ルクレオン様に振られたことは同情しますけどね。いつまでもここにいる訳に行かないんですよー」

 腑抜けた俺に痺れを切らしたメルウィンが俺の肩を揺する。

「あ……あぁ、すまん……」

 小さな村のなかに騎士団が寝泊まりするような施設があるわけもなく、俺達は天幕を張って拠点としていた。

 昨日は魔獣の死体の始末などに追われてルクレオンのことを考える暇は殆どなかったが、今日はもう王都に向けて出立しなければならない。
 だが俺はルクレオンと離れる決断がつかずに座り込んでいて、天幕が片づけられないのだ。

「気持ちは解りますけどね。ルクレオン様の銀髪姿。破壊力ありましたねー。
 以前の姿もそれはそれは優美で崇拝者が多かったですけど、あれはやばいですよ。崇拝者どころか狂信者が出るレベルですって。
 どっちにせよあの姿何とかしないと王都には連れ戻せませんよ。
 下手すりゃ団長を誑かした魔物扱いされます」 

 そうだった。まずあの姿を隠さないと王都に連れ帰れない。この村から出す事すら危険だ。

「そういや、この村の連中はあいつを魔物扱いはしていないようだな」

 普通は銀髪の人間を見ればびっくりして恐れ慄くのだが、この村では尊敬されているようだ。

「この村では崇拝者ばかりみたいですね。迫害されないから居心地よかったんでしょう」

 この一年、影を使ってルクレオンを探していたが、その消息は掴めなかった。
 魔法具で姿を変えていた時ですらあれだけ目立っていた男だ。村や町に立ち寄れば噂になる。なのにその噂すら聞こえてこない。
 彼を目撃したものは魔物とでも思ったのか。

 この村の住人は外の人間には一切喋らなかったのだろうな。

 だが今回の魔獣の氾濫であいつの姿を大勢に目撃された。
 騎士団の連中は箝口令を敷けばけっして口を割らないだろう。
 だが他の連中はそうはいかない。
 貴族はまだいい。俺が王子として命じれば噂が拡散することはない。多少身内に漏れたりはするだろうが。
 問題は冒険者だ。あの連中は基本自由だ。国に所属している訳ではない。俺の命令は効力を持たない。国を股にかけて活動する者もいる以上、他国に知られる可能性がある。

 その前にあいつの姿を何とかして、王都へ連れ戻さないと。
 そうだ、腑抜けている場合ではない。
 早く王都に戻って父上に報告し、あいつの姿変えの魔法具を手に入れなければ。


 この村を出立する前にあいつに会いたい。

 村の中にはあいつの魔力を感じない。
 暫く集中して探るが、周辺にはその気配はない。となると、あの山しかない。魔獣の氾濫を起こした山だ。

 俺はメルウィンに「すぐ戻る」と一言いいおいてから、馬を駆った。


  ◇ ◆ ◇


 魔獣の氾濫を起こした山を少し入ったところ、村からは見えない木の枝に腰を落ち着けた。

 暫く村へは戻れない。

 今はまだ、王立騎士団と近隣貴族の私兵や冒険者たちが屯している。
 唯でさえ目立つ外見だ。余計な詮索はされたくない。
 この膨大な魔力も相まって魔物扱いされては堪らない。


「ふうー……」
 まさか、エルリック様にこの姿を知られているとは思ってもみなかった。
 だが異形として忌み嫌われなかったことにはホッとする。

『お前は俺に好きで抱かれていたんじゃないのか?』
 
 焦がれるような、それでいて複雑な瞳を思い出す。

 好き……?
 男同士に恋愛感情が絡むことなどないだろうに。

 今まで俺に言い寄る男はただこの外見に魅かれただけで、一度は組み敷いてみたいという欲望だけしか感じなかった。
 俺でなくてはならないとかそういうものではなく、ただ男として屈服させてみたいという征服欲混じりのものだ。

 俺にとってはそれが性欲よりも、剣などの武芸で屈服させたいという欲求になる。
 騎士団の中で俺が敵わないのは団長だけだった。
 俺も魔獣の氾濫の起きやすい辺境で育ったため、剣技や体術には自信がある。
 だが団長のそれは他者の追随を許さない。何度模擬戦を挑んでも勝てたことがない。

 その強さに憧れはする。剣技にも魅かれる。
 だがそれは恋愛感情とは別物だ。

 つくづく酒量を越して流されたのがまずかった。
 せめてその後の誘いを断れば良かったのだろうが、何となく受け入れてしまった。
 本当に何となくとしか言いようがない。
 後で考えれば、騎士団の雰囲気を悪くしない為ということもあったのだろう。


『俺の伴侶として傍にいて欲しい』

 何故、彼はそんなことを言い出したのか。

 婚約者であったコーデリア様を処分したと言っていたから、婚約解消したのだろう。これでもう彼女にはばかる必要はない。いくらでも彼に相応しい貴族の令嬢がいる筈だ。
 
 それがどうして俺と結婚などという話になるのか解らない。
 彼は第三王子という生まれと王立騎士団の団長という立場だ。国の頂点に近い立場のものが同性婚などありえない。

 何より陛下が認めたというそのことが理解できない。



 人と馬の気配が近づいてくるのに警戒し、気配を絶って身を潜める。
 近づくにつれて力強いその魔力がエルリック様のものだと気付く。

「ルクレオン、どこだ? 俺はもうすぐ王都に戻る。その前に話がしたい」

 正直どんな顔をして会えばいいかわからないが、彼が王都へ戻れば暫くは会えない。
 ましてや自分はこの姿だ。ここから移動も出来ない。

 俺はエルリック様が近くまで来てから木の下へ飛び降りた。

 何を言われるかと身構えたが、エルリック様の口から中々言葉が発されない。
 暫くはお互い無言で見つめ合う。

 ややあって、エルリック様が話しかけてきたた。
「お前を守るためとはいえ、お前に心無い言葉を浴びせたことを謝る」

 王子でもある彼が頭を下げるのに、俺は慌てた。
「いえ、あの時は仕方ありませんでしたから。頭をあげてください」
 誰も見ている者がいないとはいえ、一国の王子たるものが頭を簡単に下げるものではない。

 あの時の俺はコーデリア様の悋気に触れていた。あのまま騎士団あそこにいては確実に彼女の標的になっていただろう。
 それを回避するためにはむを得ないことだった。

 エルリック様は俺が王都を離脱してからのことを話しだした。
 コーデリア様が俺の実家まで陥れようとしていたこと、俺に刺客を放っていたこと。
 彼女の愚挙の明証を集めて婚約破棄に持ち込んだこと。
 彼女と侯爵家への処分の内容。そして彼女の被害者達への補償のこと。

 取りあえずは彼女に関することでの俺の危惧が払拭されたことは解った。
 だからと言って王都へ戻れるかといえば別の話だが。

「ルクレオン、王都でお前の姿変えの魔法具を手に入れてくる。お前がしていた腕輪を貸してくれないか? もしかしたら修理が可能かもしれない」
 その懸念を見透かすように、エルリック様が助け舟を出してくれる。

「助かります。この姿では何処にも行けないので……」
 この姿変えの魔法具を修理するか新しいものを手に入れたかったのだが、その為には大きな街へ行かなければならない。
 だが、この姿のままでは移動も儘ならなかったのだ。正直に言って彼の助力は嬉しい。

 俺は既に役に立たないと解っていても、母の形見として腕に嵌めていた魔法具の腕輪を外し、エルリック様に渡した。

「出来るだけ早くここに来る。それまではこの辺りからあまり動かず、待っていて欲しい…」
 彼は腕輪を受け取ると、そう言って村へと戻っていった。
 山を出る前に一度俺を振り返ると、あとは馬を走らせて一気に村へと向かった。

 意外なことに、彼は一度も結婚の話をしなかった。
 そのことに安堵する。再度その話をされても俺には断ることしか出来ないのだから。
 諦めてくれたのか、それとも質の悪い冗談だったのか。

 きっと王都へ戻ればまた綺麗なご令嬢に目を向けるだろう。


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