最も上のもっと上

雛田

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 次の日、いつも通り、図書室に向かう。何か、すっきりしない頭の中。今日は、朝から一人らしい。そして、あの子と俺しかいない。今日は、お爺さんもお婆さんも来ないみたいだ。そんな頭で、ぼんやりと詞を考えていた。
 でも、ありきたりな言葉しか出てこない。もっと、もっと良さとかを伝えたいのに。最高って既に最上級だけど、もっと上を伝えられる言葉ないのかな。
 俺が天才なら、全て天から降ってきたりするのだろうか。言葉は降ってくるって聞くけど、その景色が描けるってことは、あの子が持っているのは神の目ってことかな。
「ーーー静かに時が流れるーーーは、採用だろ」
今、あの子と俺しかいない空間。これこそ、詞にぴったりじゃないか。ふと、この状況に思いを馳せる。

ーーー線を描く音がする。景色を切り取るシャッター音の鳴らないカメラ。映し出すのは特別な世界。Your eyes まるで神様からの贈り物。
才能なんて要らない。必要なのは宝くじを買う意志。今描いたDream,再び動き出したDrama.ーーー

 書き始めると少しは書けるもんだと思った。そして、ペンを走らせながら、昨日から思っていた、ある事を、また忘れそうになっていることに、気がついた。
「すみません。少し良いっすか」
「はい」
「名前教えてもらって良いっすか」
安住彩あずみさい。色彩の彩で、さい」
「ありがとうございます」
 やっと、名前が聞けた。そう、その時、また、思い出したのだ。大事なことを忘れていた。俺、作曲はやったことない。そんな大事なことを忘れているなんて馬鹿だと思う。馬鹿以外の何者でもない。
 今、思えば、俺、完全に痛い奴だったってこと。もう、ちょっと、今、作詞は、一旦置いておこう。そう思って、返却された本を本棚に返しながら、子供の頃に読んだ絵本が目に留まる。
 昔から、本に触れて、感性を豊かにさせてもらっていたのだと思う。詞に使う言葉たちも、きっと本に触れてきた賜物だった。本と戯れる中で、言葉が好きになった。俺は、どこで間違えてしまったんだろう。考えても仕方ないけど。
 そう思いながら、その絵本を手に取り、開く。綺麗な絵たちに導かれて、本の世界に入り込んでいく。簡単な内容ほど、奥が深い。解釈の仕方も何通りもあったりする。感情も一言で表せても、その内に秘める意味や、その背景は一人一人違って、深い。言葉も全て、そう。聞いただけでは、見ただけでは分からない意味があったりする。
 だからこそ、言葉も進化するし、意味も増えていったり変わったりするのだろう。俺に対する、流石が褒め言葉じゃなくなったのはいつからだろう。
 全ての前向きな言葉が、馬鹿にする意味を持ち始めたのは、いつからだろう。思考が暗くなって戻れなくなりそうだったので、絵本を閉じて本棚に返す。それから、手に抱えたままの本たちをあるべきところへ返した。

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