最も上のもっと上

雛田

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瞳の奥に秘めた感情

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 次の日、図書室に向かう。扉が開いて、目に入ったのは、姫野さん。仲直り的なのができていなかったことが思い出される。少しの気まずさを覚えながら、中に入る。
「おはよう」
案外、普通に声をかけられたことに驚く。
「おはようございます」
「この前は、ごめん。取り乱してた。あれは、大人として良くなかった、と思う」
正直、謝られるとは、思っていなかった。失礼だけど。
「いえ、こちらこそすみませんでした」
「仲直りしてくれる?」
「それは、もちろん」
「良かった。榎並くんに辞められたら困るもん」
 俺がいないと困る人がいる。それは、普通に嬉しくて、自然と笑顔になった。
「榎並くん、やっぱり、かっこいいね」
「はい?」
急に言われた言葉にびっくりしていた。そんな風に言われたことがないから。面と向かって容姿を褒められたのは、いつ以来だろうか。
「タイプなんだよね。榎並くんの顔」
「初めて言われました」
「え?」
「あんまり、そんなこと言われなかったんで。周りが良すぎて」
 こそこそと指を指されることはあった。それは、バンドをしていたからで。みんなが、かっこよかったから。
「都会ってすごいんだね」
「そうかもしれないです」
でも、都会にいる時より、この島に住んでからの方が衝撃だったんだけど。
 彩さんも、いろはくんも、綺麗だから。あの二人は、どこにいても、人目を惹くだろう。
 そんなことを言いながら、思いながら、開室する。開室して、しばらくして、扉が開く。
「おはようございます」
彼女が口を開くより早く挨拶をする。
「おはようございます」
「あの、ちょっと良いっすか」
「ん?」
そう言って、困惑気味の彩さんを連れ出す。
 図書室を出て、ロビーの自動販売機に向かう。そして、コーヒーを二つ買って、一つを手渡す。
「え?いいの?ありがとう」
「聞きたいことがあるんすけど」
「何?」
「昨日、街で、彩さん、見かけました」
「あ、そうなの?」
「一緒に居た人、仲良いんすか?」
誰ですか?とか、恋人ですか?とか、聞こうと思ったけど、あまりにも、突っ込みすぎている気がして気が引けた。
「もともと、私が通ってた学校の先生。私のこと応援してくれて理解してくれた先生。先生は、私の自慢なんだよね。私みたいな人のこと認めてくれたの先生だけだったから」
「そうなんっすね」
その瞳は、あまりに綺麗で、少し、苦しくなった。少なくとも、この瞳には特別が何割か込められている。
 先生を思い浮かべながら、話している、彩さん。時折、見せる笑顔が可愛くて、痛い。可愛いと感じれば感じた分だけ、心に傷がついていくような、そんな気がする。
「彩さん」
呼ぶと、その瞳が俺を捉える。綺麗な瞳に、吸い込まれそう。でも、何でだろう、いつも、彩さんを見ていると泣きたくなる。
 どうしようもないくらい、好きなんだろうな。絵だけじゃなくて、彩さん自身のことも。そう思ったら、耐えられなくて。ギリギリを保った心から溢れ出ていた。
「好きです」
「え?」
「絵だけじゃなくて、彩さんのことが。常に、知りたくて、解りたくて、堪らないんです」
 一度溢れ出したそれは、堰を切って、もう止められなくなっていた。
「ちょっと、待って?」
「他に好きな人が居てもいい。大切な人が居てもいい。そう思うくらいなんすよ。彩さんの見てる景色見たくて、もっと、もっとって、日に日に欲張りになる。止められそうにないんすよ。迷惑なら、頑張って辞めるんで。教えてください」
「あの、全然、迷惑とかじゃない。でも、楽さんの迷惑になるかもしれない。だからね、だから、これ。観に来て欲しい」
そう言うと、美術展のチケットを渡された。
 街の中にあるセンターホールで展示会があるらしい。
「行きます。もちろん行くっすよ。どんなことがあっても、何があっても」
「ありがとう」
なぜか、その瞳が寂しそうに揺れて、俺は、どうしたら良いのか分からなかった。

 コーヒーを飲み干して、業務に戻る。結局、先生は、ただの先生なのだろうか。そもそも、俺の迷惑もよく分からないけど、俺は、拒否された訳ではないんだよな?
 ぐるぐると回る思考の渦。どんどんと答えからは遠ざかっていくような気がする。これを観に行けば、分かるのだろうか。パソコンでカタカタと図書だよりを入力していく。
 打っては消して、打っては消してを繰り返す。文字すらまともに打てていない。さっき貰ったチケットを眺めて、開催日を確認すると、来週の日曜日。運良く、俺は、休みである。
「何のチケット?」
「美術展っす」
「ふーん。来週か。榎並くん休みで良かったね」
「まじで、良かったっす」
「何があっても行かなきゃね」
姫野さんのことだから、何か言うのかと思っていた。
 でも、特に何も言われずに時間が過ぎる。未だ、図書だよりは、進んでいない。完成するかどうかも怪しい。終わらせないとな。そう思って、地道に進めていく。
 何とか、完成させて、図書室を出る。

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