闇天狗

影燈

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ササメ 7

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●その、九日前

「俺と、俺としたことがあああああああ」
 かげが目覚めての第一声はそれだった。それからかれこれ半時ほど同じ言葉を繰り返している。
「俺としたことが、俺としたことが」
 今も片膝を立ててホタテをかじる獻瑪の横でかげは額を壁に打ち付けたり、拳を畳にぶつけたりしている。イラつく。
「鬱陶しいな、てめえは!」
「おぬし、なぜそんなに平然としておるのだ! 天狗界の姫君がさらわれたのだぞ。いち領民として、もっと慌てるべきではないのか!」
 かげは相変わらずの長ったらしい前髪の隙間から獻瑪をねめつけた。
「おれに八つ当たりすんなよな。じたばたしたって仕方ねえじゃん」
「これがじっとしておれるか」
「だったらせめてもっと有意義な動きをしろよ! お前が今やってることはまるっきり無駄だぞ」
「それもそうだな。よし、反省は終えた」
 かげはころりと態度を変え、今度は急にあぐらをかいて無言になった。腕組みをして、なにやら難しく考えこんでいる。
「ぐう」
「え、いびき!?」
「はっ」
「寝れるの!? この状況で!?」
「いや、近頃睡眠不足で……」
「お前、昨日の夜から今朝までたっぷり伸びてたじゃねえか」
「それだ」
「どれだよ」
「何故俺は伸びたんだ」
「知るか」
「蛙だ」
「蛙?」確かに、昨夜風呂場にはおびただしい量の蛙がゲロゲロ鳴いていた。
「そうだ。姫は蛙が大好物であらせられる」
「好物って……食うの?」
「タンパクでうまいのだそうだ」
 言いつつかげが顔をしかめたのがわかった。
「で、もしかしてお前は蛙が苦手なのか」
「見るのも嫌だ。考えるだけでも吐気がする。昨日のことはすでに記憶から削除した。おえーっ」
「当分立ち直れないな。ってことは、お前の弱点を知っているやつの仕業ってことだよな」
「そうだな。そういうことになろう。おぬしは見かけによらずかしこいな」
「お前は見かけからして変態だけどな。で、癒簾をさらっていった奴の検討はつくのかよ」
「おぬし、今さらりとイラつくことを言ったな。だが、おぬしと言い合いしている場合ではない。そうだな。そもそも俺の存在を世間一般の者は知らぬからな。敵は城内にあり」
「お前もサラリと物凄いヤバいこと言ったな」
 敵は城内に有りって……。それじゃあ、ほいほい姫を城に返すわけにもいかなくなったじゃねえか。いや、もしかしたらそれを知っていて姫は城からでてきたのか? 誰かの助けがなければ、姫とはいえ城から抜け出るのは容易ではないはずだ。それに路銀も相当持っていたようだし。
 ふと、昨日の癒簾の言葉を思い出した。
「なあ、お前の叔父。名前を何と言ったっけ」
「侍寸が、どうかしたのか」
「いや、その侍寸に土産を買ってたよな」
「うむ」
「なら、侍寸は癒簾が町へ出たことを知ってたんだな?」
「叔父上がそれを手引きして下さったのだ。よもや、おぬし叔父上を疑っておるのか」
「そうじゃないけど、この宿に癒簾がいるのを知っている城内の人が怪しいってことにはなるだろう」
「成程、一理ある。だが、叔父上は我々の味方だ」
「そうかよ。じゃあ、誰が――」
 と、その時だった。
 かげの顔が強張るのがわかった。
 和んだ空気が一転し、一気に緊張が走る。
 かげは、黙して空を見つめていた。その様子に、覚えがある――。だが、いつのどのときに見たものだか……。
「どうしたんだよ、大丈夫か」
「なんでも、ぐっ」かげは急にこめかみを抑え、苦しみ出した。
「おい、どうした。だい……っつ」
 ほとんど同時に、獻瑪の右小指の爪が痛みだした。
 見ると、赤い。
 来やがったのか――。
 胸が冷えた。
 昨日人を襲ったばかり。使鬼一体、それほど餌を必要としないはずだ。ならば、昨日とは別の鬼が来たのだ。
「まずいぞ。鬼が餌を食ったらどんどん力を付ける」
 それにその餌は人間なのだ。断じて許すわけにはいかない。
 だが――
「怖え」
 獻瑪は、窓から飛び降りようと枠に足をかけたまま制止していた。さほどの高さはない。飛び降りること自体は何の苦もない。出かけようと思っていたから足袋も履いている。
 だが、鬼と対峙するのが、怖いのだ。
 行かなければいけないだろうか。自分が行かなくとも、役人か誰かが鬼を退治してくれるのではないだろうか。いや、そんなことがあるはずない。役人は鬼の気配に気づけぬであろうし、気づいたところで使鬼に対する技がなければ人間などすぐに喰われる。
 こんなときこそ、かげを頼りにしたいのに。一体どうしたというのだ。
 苦しむかげを振り返った獻瑪の耳に、ふと ちりりん という鈴の音が聞こえた。
「鈴――?」かげは、鈴の音に苦しんでいるというのか?
 だがかげは、苦しみながらも起き上り、
「何をしておる。ぼやぼやしているとまた人間が犠牲になるぞ」
 言うなり、獻瑪の横をすり抜けて外へ出て行ってしまった。翼はないのに、まるで空を飛んでいるかのように屋根の上を飛び越えていきやがる。
 おれも、負けてはいられない。と、獻瑪は足を踏み出した。
 そんな気持ちを、ずっと忘れていた気がする。負けたくないという気持ちを。

 ちりりん。
 と、また鈴の音が聞こえた。
 どこから?
 爪が教えてくれる。
 宿から、北へ。昨日鬼に襲われた家のある方角だ。そうか、そこが鬼門なのだ。
「ばかやろうが」
 鬼門に鳥居もなにももうけていない。城下というにこの不用心さに腹がたった。だが、知らないのだろう。鬼に襲われたことがなくば、鬼が鬼門からやってくることなど、それを鳥居という結界で防げると言うことも知らないのだろう。
 無知ならば仕方ない? いや、無知も罪だ。知ろうとすれば、知ることのできたはずだ。宇秧島の数々の悲劇が、この中央にだって伝わってきてるはず。だが、ここの人々にとってそれはただの他人事だったのだ。まさか自分の身に起こるとは思わず、対応を怠ったのだ。
「ばかやろうが」
 獻瑪は鬼門の前へ立った。昨日襲われた家からわずかに五歩北東。
 鳥居のなければならない場所には、廃屋があった。人が住まなくなってずいぶん経つらしく、建物の外壁には蔦がまみれ、窓からは木の枝が突きだしている。
 鬼門を潰して建てた家が繁栄するはずがない。
 ここに住んでいた人間はどうなったものか。気になりはしたが、今はそれを考えている場合ではなかった。
 ちりん。
 鈴の音に誘われるように顔を上げると、廃屋の屋根の上に一人の女が座っていた。
 顔の色はおしろいを塗り込めたように白く、唇は血のように赤い。それと同じ色の着物を身にまとっている。羽織はない。目はつり上がり、切れ長で、鼻は高く尖っていた。
 女が笑った。ひどく、美しい――。
 獻瑪は、これほど美しい女を見たことがないと思った。
 だが、うっすら笑う唇の合間から、鋭い牙が覗いている。そして、頭の上には一本、透明に光る角が生えている。獻瑪の、右手の小指と同じ色。光の具合で黄色く見える。
 鬼だ――。
 それも、使い鬼ではない。使鬼を操っているほうの、鬼だ。
「うふふふふふふ」
 獻瑪は女の笑い声に戦慄した。そこから前に進むことはおろか、逃げ出すこともできなかった。
 俄に、鴉の泣き声が辺りに響いた。悲鳴が混じる。羽音が近づいてきたかと思うと、空が翳り、見上げると鴉の大群が人間を捕まえている。二人。若い男女だ。またもや、夫婦か。鴉たちはその人間を、鬼姫の前へと落とした。
 廃屋の周りは鬱蒼と木々が茂っている。その木の枝の上に男女は引っかかった。それを、鬼姫は口元だけでうっすらと笑いながら眺めている。
「餌でありんす」
 鬼姫はそう言った。何のしぐさもなく、突然鬼姫の目の前に現れた赤い、丸い物体が人間へと喰らいついていった。
「や、」やめろ。と、獻瑪が叫ぶより早く、毬のような使鬼たちは強風に宙へと激しく飛ばされていった。だがその毬のような胴体に、手が、生えているのを獻瑪は確かに見た。
 風は鬼姫には通用しなかった。何事もなかったかのように、涼しい顔をしている。
 獻瑪の横を駆け抜けていったのは癒簾であった。
「人間を、食べないで!」
 獻瑪の横で、立ち止まった者がいた。それは、かげであった。
「おぬしが行け」
 耳を疑うことをかげは言った。
「は? おまえ、主人が闘ってるのに、自分は見てるだけかよ」
「俺は姫様をお守りするのが仕事。姫が危なければ助けるが、敵に手は出せない」
「そんな理屈あるかよ! お前、昨日ヤクザもん倒してたじゃねえか」
「あれはあれだ。俺は鬼にはむかえないのだ」
 なんだよ、それ。
 獻瑪はここぞとばかりにかげを罵ってやろうと思ったが、やめた。覆面をしていてもわかる、かげの悔しい表情を見てしまったからだ。
「くそっ」
 獻瑪は、できる限り鬼姫に走りよりながら鬼導退散術を唱えた。
「退散!」 
 声高らかに響くその呪文が、鬼姫を襲った。
 丁度、急速に伸びてきた鬼姫の爪が癒簾を引き裂こうとしていたところだった。
 鬼姫は獻瑪の術に目を見開いた。
 たしかに、獻瑪の術は効いていた。
「おのれ。まだ力がたりなかったか。人間ごときがこしゃくな」
鬼姫はうめくように言い、止める間もなくその場から消え去ってしまった。さすがに、逃げ隠れはうまい。
 同時に使鬼も消え、その場に沈黙がおりる。
 獻瑪は、しばらく呆然としていた。鬼と対峙した。俄には信じられない。怖かった。鬼姫があっさりと引いてくれたからよかったものの、長引けば勝負の行方はわからなかった。
 どさり。
 その音に我に返ると、癒簾が枯草の上に倒れていた。
「癒簾!」駆けつけると、左肩から血が出ている。
「大丈夫か、おい」
「だいじょうぶ」癒簾は力なく獻瑪に笑ってみせた。
 その場にゆっくりと近づいてくる気配を感じて、獻瑪は激昂してその男に言った。
「てめえ、何見てやがる!? 何が守るだ!? 癒簾は傷ついてんじゃねえか。それで守るなんて、よく言えたな」
 かげは何も言い返さなかった。
「おい、手を貸せよ。癒簾を宿へ運ぶ」
「影は、姫には触れられぬきまり。すまぬが、おぬしが運んでくれ」
「ふざっけんな!」
「よいの」
 獻瑪の言葉を止めたのは、癒簾であった。
「でも、」
「よいんだょ。仕方ないの。そういう、関係だから」
 仕方なくねえだろ。そんな、哀しそうに言いやがって。
 獻瑪はやりきれぬ思いを唇を噛んでこらえた。とにかく、癒簾の手当が先である。
 獻瑪は癒簾を抱き上げ、わざと影の肩をぶつけて宿へ向かった。
「すまぬ」
 かげは低くそう残し、癒簾の影の中へと消えた。

「大丈夫?」
 宿へ運んで診てみると、癒簾の怪我は大したことはなかった。
 鬼にやられたのではなく、騒ぎをきいて駆けつける際に慌てたため枝にひっかけたのだという。
「うん、だいじょうぶ」
 とは、答えるものの癒簾はどこかぼうっとしていた。
 真紅の短か丈の着物に、黒の羽織を着ているが、昨日着ていたものではない。どこかで着替えたのだろうが、さらわれていながらよくそんな余裕があったものだ。
「とにかく無事でよかったよ。いきなりいなくなるから吃驚した」
「ごめんなさい」
「今まで、どこにいたの。だれにさらわれたの」
「うん。ちょっと」
「答えたくない、か」
「ごめんなさい」癒簾は膝のあたりをくしゃっと握って、泣きそうな顔を見せた。
 この顔を、かげも見ているのだろうか。
 自分が守るという、主人のするこんな顔を、かげは知っているのだろうか。
「あの、」
 癒簾が、いつにもまして潤んだ瞳を、獻瑪に向けた。
「一緒に、逃げてくれませんか」
「逃げる? って、どこへ」
「わかりません。とにかく、逃げなきゃいけないの」
 なんだか、今までの癒簾を見ていて、癒簾らしくない言葉だと思った。
「でも、一人じゃ心細くて」
 一人――。
 一人だと思わせてんじゃねえか。
 獻瑪は怒りが湧いて、拳を握った。
「かげは、今も癒簾の影の中にいるんだよな」
「うん。わたしの護衛が仕事だから」
「護衛ね。触れることも許されていないやつに、癒簾が守れんのかな」
「え?」
 獻瑪は、癒簾の体を抱き寄せて、不意に口づけをした。
「ぁ、」驚いて抵抗する癒簾をそのまま押し倒し、更に唇を吸おうとした。が、
「ぐえっ」いきなり首根っこを掴みあげられ、獻瑪は後ろへ投げ飛ばされた。どうすることもできずに、畳へ無様に不時着してそのまま後ろにごろごろと転がり壁に激突してようやく止まった。
「痛えし、恥ずかしいし、何してくれやがる!」
 獻瑪はそう怒鳴りつつ、癒簾の前に現れていたかげにほっとしている自分に気づいていた。やはり、冷たいのは口だけだ。かげに心はある。
「姫様に妙なことをすれば殺すと申したはずだ」
「妙なことってなんだよ。その姫様は抵抗しなかったぜ」
 癒簾は、赤くなって襟をただし、困ったようにうつむいている。
「あの、けんかはやめて」
 癒簾を困らしては気の毒だとは思ったが、
「いや、これだけははっきりさせておかなきゃなんねえ。おい、かげ。てめえに止める権利なんかあったのかよ。てめえはただの護衛なんだろ。だったら、姫様が受け入れた男とのいろごとをてめえが止める権利はないはずだろ」
「それは……」
 かげが丁度返答に窮したときだった、癒簾の身体が傾いだ。かげはいち早くそれに気づき、「癒簾」と手を差し伸べていた。
「思いっきり触ってるし、主人の名前呼び捨てじゃねえか」
 皮肉を言いながらも、獻瑪は笑っていた。
「うるさい」かげは憮然と言うが、それが強がっているときに見せた親友の声色によく似ている。
「要するに、決まりはただの決まりなんだろうが」
 獻瑪はかげの腕の中に眠る癒簾に近づいて、その額に手をかざした。
 鬼の気配はない。毒で倒れた訳ではなさそうだ。
「疲れて眠っているだけだな」
 かげが胸をなでおろしながら言った。
「よかった」
「よかったじゃねえよ。あの時、おれが鬼を追払わなかったら、癒簾は鬼にやられてたかもしれないんだぞ」
 かげは獻瑪と目を合わそうとしなかった。
「何が護衛だ。危ない目に遭わせて、何のためにてめえは側にいやがる」
 かげは溜息をついた。
「もっともだ」
 獻瑪は、次に言うべき言葉を失った。ばかばかしくなって、息を吐く。
「あっさり認めんなよな。ったく、拍子抜けする」
 素直なのだ、かげは。
 似すぎている。やはり、かげは、璃石なのではないだろうか。
 癒簾の寝顔を見つめるかげの瞳は、慈愛に満ちていた。闇天狗がこのような目をするのだろうか。どこかに、人間の心を残しているからこそできる眼差しなのではないだろうか。それとも、闇天狗とはそういう生き物なのか。
「お前は、璃石じゃないのか?」
 たまらず、そう訊いていた。
 かげの表情は覆面と長い前髪でわかりにくい。だが、その下にある顔は美しいのではないかと思わせる顔の輪郭をしていた。
「その者は知らぬと言ったはずだ」
 読めない。かげの言葉は本当のようで嘘のようだ。
「そうか」
 追及はしない。
 違うというなら、たとえそうだとしても明かせぬ理由があるのだ。それが璃石、いや、かげのためにならぬことなら、悪い。
 だが、これだけは譲れない。
「おれは、決めた」
 かげの腕の中で眠る癒簾を見て。
「おれは、堂々と守るよ、癒簾を」
「なに、」
「おれは、お前が璃石なんじゃないかと思ってたんだ。だからさっきもわざとお前を怒らすような真似をした。お前の気持ちに気づいていたからな」
「俺の気持ちとはなんだ」かげは眉をひそめた。だが、おれがこたえてやる義理はねえ。
「さあな、それはてめえで考えろ。とにかく、おれは癒簾に惚れた。だからおれが癒簾を支える」
 獻瑪は癒簾を夜具に寝かそうと、手を伸ばした。だが、その手をかげが叩く。
「活!」
 べっしーんと、軽快な音が部屋に響いた。
「いっってえな! 活じゃねえよ! なんなんだよ!」
「姫に触れるな」
「だからてめえにそんなこと言う権利ねえだろ」
「ない。わかっている。だが、許さん」
「なにを」
「おぬしが姫に惚れるのは勝手。いや、姫ほどのお美しい方なら惚れぬほうがどうかしているというもの。しかし、だ!」
 かげはしっしっと獻瑪を手であしらった。
「姫の意識のないときに姫に触れることは、姫の影であるこの俺が断じて許さん!」
 呆れた。
「で、てめえはいいのかよ」
「役得だ」
「お前触れちゃいけないとか言ってなかったか」
「仕方のない場合もある」
「都合がいいだろうが!」
「許せ。このぐらい――」
 その言い方が急に切なく、獻瑪は反論の言葉を飲みこんだ。
かげは癒簾を布団に寝かせ、その寝姿を仁王立ちで見下ろしていた。
「おい、何してんだ。さっさと布団かけてやれよ」
「うむ」何故かかげは癒簾に向かって合掌し、やっとふとんをかけてやった。それから後ろに立った獻瑪を振り返り、
「今度姫に変なことをしたらただじゃおかないぞ」と今更すごんだ。
「あのな、お前の欲求不満をおれにぶつけんなよ」
「誰が欲求不満だ」
「さっき自分で言ってたじゃねえか。癒簾の裸が見たいって」
「ば、ばかもの! そのようなことは一言も言っておらぬ」
「似たようなことは言ってただろうが」
「言っておらん!」
「じゃあ、何とも思わないのか?」
「なに」
「こんなかわいくて、まあ、少しズレたところはあるけど性格もいい子の側に四六時中いてさ」
「ばかなことを。俺はただの影だと言っているだろう。姫に仕えるは忠義。それ以外のなにものでもないわ」
「へえ」
 と、そのときちょうど癒簾が寝返りをうち、掛布団を抱くような体勢になった。着物がはだけ、白い太ももが露わになっている。
 二人はぎょっとして、ほとんど同時に唾を飲みこんだ。
 無防備に眠っている癒簾を見て、据え膳にしか見えない。
「おい」獻瑪はかげに呼びかけた。
「なんだ」
「おったってるぞ」
「おぬしもな」
「おれは男だ」要するに生理現象だ。
「俺も男だ。おぬし、何を考えている」
「お前と同じことだよ」
「なんと、このスケベイが!」
「それはお前がスケベイなこと考えているってことだからな!」
「なんと、道理! おぬし俺をはめおったな」
「誰もはめてねえから。このむっつり野郎が」
「おぬしのように種をまき散らして歩いているよりはマシだ」
「誰がまき散らしてるよ! おれはこれでも好き合った女としかヤらねえ」
「同じような軽い気持ちで姫に手をだされては困る。やはり、ここでおぬしを成敗――」
 かげが腰帯の扇子に手をのばしかけたのをみて、獻瑪はぎょっとした。気のいい奴だからついつい心を許してしまうが、かげが本気になったら獻瑪など赤子の手を捻るようにやられてしまう。
「ま、待てよ。おれは癒簾のことは本気なんだよ」
 かげが手をとめ、じっと真意を確かめるかのように獻瑪の瞳を覗きこんだ。
 獻瑪に後ろめたいことはない。今言ったことは本当だった。
「確かに、まだ会って間もない。けど、おれは癒簾に魅かれている。中途半端な気持ちじゃねえよ。そんなんじゃ、癒簾と一緒にはいられないってわかっている。何しろ、姫様だからな」
 自分とは、立っている場所があまりにも違いすぎる。我ながら無謀な恋をしたものだと、苦笑が浮かぶ。だが、気持ちはもう止められないところまできてしまっているような気がした。
 唇を重ねたとき、癒簾は嫌がっていなかった。と、思う。
 癒簾を守ってくれる者はたくさんいるだろう。だが今、側で癒簾を守れるのは獻瑪だけだ。
「てめえじゃ、敵から癒簾を守ることしかできねえんだろう」
 癒簾に、一人だと思わせて、心細い思いをさせている。
「おれなら、癒簾の話をきいてやれるし、悩みを受け止めてやれる。敵を退ける力は、お前ほどはないかもしれないけど、おれはこの命に代えたって癒簾を守る覚悟はあるぜ。かげ、てめえにはそういう覚悟はあんのかよ。ただのお役目だから、忠義だからって、そんなんじゃ癒簾を本当には救えないだろ」
 かげは息を吐き、構えをといて獻瑪に背を向けた。
「想うは、自由ぞ。姫には、おぬしのような者が良いのかもしれぬな。おぬしを、姫の御伽役に任ぜよう。俺にはその命を下す権があるゆえな」
 頼んだぞ。そう言い残し、かげは癒簾の影の中へと戻っていった。
 去って行くかげの背を見て、妙なわだかまりが胸に残った。
これが、獻瑪の望む形だったのか。役目を与えられてみて、わからなくなった。
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