「デジタル時代の呪文師」

## 第1章：予期せぬアップデート

# デジタル時代の呪文師

## 第1章：予期せぬアップデート

佐藤アキラは、いつものように寝坊してしまった。

23歳のフリーランスプログラマーにとって、これはもはや日課となっていた。

彼は眠たげな目をこすりながら、ベッドサイドに置いてあるスマートフォンに手を伸ばした。

「くそっ、もう10時か...」

アキラは呟きながら、スマートフォンのロック画面を解除した。

そこに映し出されたのは、見覚えのないアプリのアイコンだった。

シンプルな白地に、金色の魔法陣のようなデザイン。

その下には「スキルマスター」という文字が輝いていた。

「なんだこれ...昨日の夜、変なアプリでもインストールしたっけ？」

頭の中を巡らせても、このアプリをダウンロードした記憶は全くなかった。

セキュリティに関しては常に気を付けているつもりだったので、勝手にインストールされるはずもない。

アキラは首を傾げながら、恐る恐るアプリを起動してみた。

画面いっぱいに広がる魔法陣のアニメーションが、アキラの目を奪った。

そして次の瞬間、大きな文字が浮かび上がる。

『スキル取得完了：バグフィクサー』

「は？」

アキラは思わず声に出してしまった。

何が起こっているのか、まったく理解できない。

しかし、画面はさらに情報を表示し続ける。

『スキル説明：ソフトウェアやデジタルシステムに潜む不具合を直感的に感知し、修正する能力。』

「冗談だろ...」

アキラは半ば呆れ、半ば興味を持ちながら画面を眺めていた。

プログラマーとしての彼の経験からすれば、こんな便利なスキルがあるはずがない。

バグの修正は、長時間のデバッグと試行錯誤の結果であって、直感で解決できるようなものではないからだ。

しかし、アプリの説明はさらに続く。

『注意：このスキルは現実世界のデジタルシステムに対して有効です。使用には細心の注意を払ってください。』

現実世界？アキラは思わず笑ってしまった。

これは明らかに誰かのいたずらだ。

そう思いながらも、彼は念のためにアプリをアンインストールしようとした。

ところが、どうやってもアプリを削除することができない。

「まあいいか...」

アキラは諦めて肩をすくめ、ベッドから這い出した。

今日もフリーランスの仕事を探さなければならない。

半年前に勤めていたIT企業をリストラされてから、安定した収入を得られずにいた。

パソコンの電源を入れ、求人サイトを開く。

しかし、相変わらず彼のスキルセットにマッチする仕事は少ない。

アキラは深いため息をつきながら、冷蔵庫から缶コーヒーを取り出した。

その時だった。

突然、パソコンの画面が激しくちらつき始めた。

「なんだ!?」

アキラは慌ててパソコンに駆け寄った。

画面は完全に乱れ、意味不明な文字列が次々と表示されている。

明らかに異常だ。

そして、不思議なことが起こった。

アキラの頭の中に、まるでプログラムのソースコードのような情報が浮かび上がってきたのだ。

それは今、目の前で起こっている異常の原因を示しているようだった。

「まさか...」

アキラは半信半疑で、頭の中に浮かんだ「修正方法」を実行してみた。

キーボードを叩く指が、まるで自分の意思とは別の何かに導かれているかのように動く。

そして次の瞬間、画面の乱れが嘘のように消えた。

「うそだろ...」

アキラは自分の手を見つめ、そして再びスマートフォンを手に取った。

「スキルマスター」アプリを開くと、そこには新しいメッセージが表示されていた。

『スキル：バグフィクサー 初回使用完了』

「これ...本当に現実世界で使えるってことか？」

アキラの心臓が高鳴り始めた。

もしこれが本当なら、彼の人生は一変するかもしれない。

しかし同時に、大きな不安も襲ってきた。

なぜ自分がこのスキルを与えられたのか。

この力を正しく使えるのか。

そして何より、この背後にある存在は一体何なのか。

考えれば考えるほど、疑問が湧いてくる。

アキラは再び深いため息をつきながら、窓の外を見た。

いつもと変わらない街の風景が広がっている。

しかし、彼の目には、その風景が少し違って見えた。

街中に溢れる電子機器。

信号機、防犯カメラ、人々が持つスマートフォン。

それらすべてが、潜在的な「バグ」を抱えている可能性がある。

そして今や、アキラにはそれを感知し、修正する力がある。

「どうすればいいんだ...」

アキラは呟きながら、再びパソコンの前に座った。

求人サイトはまだ開いたままだ。

しかし今、彼の心の中には新たな可能性が芽生え始めていた。

この力を使って、何かできるのではないか。

単なるプログラマーではなく、現実世界のデジタルシステムを守る存在になれるのではないか。

アキラは決意を固め、検索欄に新しいキーワードを入力し始めた。

「デジタルセキュリティ」「システム保護」「サイバー犯罪対策」

画面には次々と新しい情報が表示される。

アキラは夢中でそれらの情報を読み漁った。

彼の人生に、新たな章が始まろうとしていた。

その日の夜、アキラは久しぶりに充実感を感じながらベッドに横たわった。

明日からは、この新しい力を理解し、制御する方法を見つけなければならない。

そして、できれば自分と同じような力を持つ人間を探し出す必要がある。

「きっと、俺だけじゃないはずだ...」

アキラはそう呟きながら、スマートフォンを見つめた。

「スキルマスター」アプリのアイコンが、まるで彼を見つめ返しているかのようだった。

明日は早起きしよう。

アキラは固く心に誓った。

なぜなら、彼の新しい人生が、今まさに始まろうとしていたからだ。

しかし、アキラはまだ知らなかった。

この力が彼にもたらすのは、単なる可能性だけではないということを。

同時に、大きな危険も待ち受けているのだと。

目を閉じる直前、アキラの脳裏に一瞬だけ不安がよぎった。

この力は本当に偶然手に入れたものなのか。

それとも、誰かに選ばれたのか。

そして、その「誰か」は一体何を目的としているのか。

答えは見つからないまま、アキラは深い眠りに落ちていった。

明日という日が、彼に何をもたらすのか。

それは誰にも分からない。

ただ一つ確かなのは、佐藤アキラの人生が、もう二度と元には戻らないということだけだった。

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