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第一章 留年が決まりました

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 うららかな春の日。
 加藤優毅は、大学の掲示板の前で、呆然自失となっていた。
 何故か――。
 必修の単位を落としたからだ。
 何故だ、何故落とした……。
 出席日数をごまかしたのがバレたのか? いや、確かに前期2回、後期3回しか講義には出ていないが、金で雇った下忍が代返してくれているはずだ。よもや、裏切ったか、あいつ?
 それとも、だ。
 卒論をインターネットから検索した誰か知らない人の書いた論文をそのままコピペしたことがバレたのか? クソ。語尾や語順くらい変えればよかった。
 それともそれとも、教授の著書である参考書に載っていた教授の顔に落書きをしたのがバレたのがいけなかったのか? 
 それにしたって、つまらぬ講義に暇をもて遊ばして眉毛をつなげたり、鼻毛を出したり、ほくろひげを描くのなんて皆することだろう。
 それなのに、自分だけ留年なんて不公平だ。不公平だ!
 と地団駄を踏んでももはやどうにもならない。
 この一単位が足りないが為に、一昨年、去年と、優毅は留年していた。
 一縷の希望を託して、もう一度だけ掲示板を見やる。
 しかし、何度見ても掲示板には優毅の名前が見当たらなかった。
 それどころか、掲示板には
「あんたは単位取れていません」
と書かれてあるように思えてきた。
 是非もない。
 優毅は、ジーンズのポケットからスマホを取り出し、”つながりチャット”、通称つなチャを起動した。
「祝・三回目の留年が決定しました。テヘペロッ☺」
 と、トークを送った。父に。
 五秒と置かず、優毅のスマホが鳴る。
 相手はもちろん、父だった。
 そのコール音に怒りが滲んでいる気がするのは気のせいか。
 ”つなチャ”を電話で返すなよ。
 と思いつつ、優毅はそっと、スマホの電源を切った。 
 
 
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