雲の駅で待つ少年と刺抜き地蔵の奇跡

影燈

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雲の上の道の駅

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# 雲の駅で待つ少年と刺抜き地蔵の奇跡

## 作品紹介

**「僕は、空の下で待っている。雲の上からの帰り道を知る人を…」**

山奥の「道の駅 雲の上」で偶然出会った、記憶を失くした少年と古びた刺抜き地蔵。
行き場を失くした二人が紡ぐ、一夏の不思議な物語。

都会での挫折から逃げるように旅を続ける青年・陽介は、霧に包まれた山道で迷い込んだ「道の駅 雲の上」で、不思議な少年・空(そら)と出会う。
空は自分が何者なのか、どこから来たのかを覚えていない。ただ、「空の下で誰かを待っている」という強い思いだけを抱えていた。

駅長から聞かされる土地に伝わる「さすらいの刺抜き地蔵」の伝説。苦しむ人々の痛みを抜き取るという不思議な力を持つその地蔵は、いつからか姿を消していたという。

ひょんなことから駅で働くことになった陽介は、空とともに刺抜き地蔵の謎を追うことに。やがて明らかになる、この土地に隠された秘密と少年の正体。

空と地蔵、そして陽介の魂を癒す旅は、予想もしない奇跡へと彼らを導いていく—。

現実と幻想が交錯する山間の「道の駅」を舞台に、失くしたものを取り戻す旅を描いた、心温まるファンタジー短編。

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## 第一章 雲の上の道の駅

霧が濃くなった。

陽介は車のスピードを落とし、フロントガラスを覗き込むようにしながらハンドルを握りしめた。カーナビは圏外を示し、地図上では山道を示す細い線が蛇行していた。「峠を越えれば町に着くはずなんだが…」

三時間前に高速を降りてから、ひたすら細い山道を走り続けている。行き先など決めていなかった。ただただ東京から離れたかっただけだ。会社を辞め、彼女にも振られ、引っ越しも終えた。何も持たない身軽さが良かった。でも今は、この霧の中で道に迷っていることを少し後悔していた。

「あれは…」

霧の向こうに小さな明かりが見えた。減速しながら近づくと、「道の駅 雲の上」と書かれた木製の看板が現れた。駐車場に車を滑り込ませると、風情のある木造の建物が見えてきた。時刻は午後6時半。夕暮れ時だが、霧のせいでもう辺りは暗かった。

駅内は意外と広く、地元の農産物や工芸品が並んでいた。観光客らしき人は見当たらず、カウンターには白髪の老人が一人、新聞を読んでいた。

「いらっしゃい」老人は新聞から顔を上げ、陽介に笑いかけた。「あいにく今日は霧が出て、景色は望めないねぇ。晴れた日なら、ここからは雲海が一望できるんだよ。まるで雲の上に立っているようでね、それで駅の名前になったんだ」

「そうなんですか。実は道に迷ってしまって…」

「ははは、よくあることさ。カーナビも携帯も圏外になるからね。天気が良くなれば道も見えるさ。今日はもう暗いし、ここで一晩過ごすといいよ。奥に休憩室があって、簡易ベッドが用意してある。旅行者用にね」

「ありがとうございます」陽介はほっとした表情を浮かべた。

「晩飯なら食堂もあるよ。今なら間に合う」

駅長と名乗った老人の勧めで、陽介は食堂へと向かった。地元の山菜を使った定食を注文し、窓際の席に座った。窓の外は真っ暗で、自分の顔が映り込むだけだった。

ふと、店の隅に一人の少年が座っているのに気がついた。十二、三歳くらいだろうか。短い黒髪に、少し大きめの白いTシャツ。宿題でもしているのか、紙に何かを書いている。この時間に子供が一人でいるのは珍しいと思い、陽介は気になって見ていた。

少年は時々外を見るように窓に目をやり、また紙に向かう。何度か繰り返した後、少年はふっと立ち上がり、陽介の方を見た。目が合う。

「あの、すみません」少年が近づいてきた。「これ、描いてもらえませんか?」

差し出された紙には、簡単な地図のようなものが描かれていた。道の駅を中心に、周囲の山や道が書かれている。

「僕、絵が下手で…」少年は恥ずかしそうに言った。「もっと上手に描いて欲しいんです」

「ああ、いいよ」陽介は思いがけない頼みに戸惑いながらも、紙を受け取った。「でも、なんの地図なの?」

「僕が探しているものの場所です」少年は真剣な表情で答えた。「刺抜き地蔵を探しているんです」

「刺抜き地蔵?」

「はい。この辺りに伝わる地蔵らしいんです。痛みを抜いてくれるって…」

少年の説明を聞きながら、陽介は地図を見た。何か引っかかるものがあった。デザイン会社に勤めていた経験から、地図をもっと分かりやすく直せそうだった。

「君、名前は?」

「空…です」少年は少し躊躇した後に答えた。「空と書いて、そらと読みます」

「空か。珍しい名前だね」陽介は笑った。「僕は陽介。よろしく」

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## 第二章 さすらいの刺抜き地蔵

翌朝、陽介は驚くほど清々しい目覚めで眼を開けた。簡易ベッドは思ったより快適で、山の澄んだ空気のせいか、久しぶりに熟睡できた気がした。

窓の外を見ると、昨日の霧はどこへやら、青空が広がっていた。遠くには山々が連なり、その間に雲海が広がっている。まさに「雲の上」という名にふさわしい絶景だった。

食堂で朝食を取っていると、駅長が声をかけてきた。

「よく眠れたかい?」

「はい、とても」

「今日は晴れたから、道もはっきり見えるよ。でも、せっかくだから少し滞在していったらどうだい?この辺りには見どころもある」

「実は…」陽介は昨夜のことを思い出した。「刺抜き地蔵というのを知りませんか?昨日、空という少年から聞いて…」

駅長の表情が一瞬固まった。

「空?ああ、あの子か…」駅長は少し間を置いてから話し始めた。「刺抜き地蔵はね、この山の伝説なんだ。むかし、この辺りを旅する人々の痛みを癒したという地蔵様さ。体の痛みだけじゃなく、心の痛みも抜いてくれるって言われている」

「本当にあるんですか?」

「あったんだよ。でも今は…」駅長は言葉を濁した。「さすらいの地蔵って呼ばれていてね、時々姿を消すんだ。最近は見た人がいない」

その時、食堂の入り口に空が現れた。

「おはよう、陽介さん」昨日より少し元気そうに見える。「地図、描いてくれました?」

「ああ、ちょっと手を入れたよ」陽介はカバンから取り出した紙を渡した。デジタルツールこそなかったが、宿泊室にあった色鉛筆で地図を整理し、分かりやすく書き直していた。

「すごい!」空の目が輝いた。「これなら探せる気がします」

「空、刺抜き地蔵を探しているのか?」駅長が尋ねた。

空はうなずいた。「見つけたいんです。大事なことがあるから…」

「でも、それは…」駅長が言いようとしたとき、外から車が到着する音がした。

「あ、お客さんだ。ちょっと失礼」駅長は立ち去った。

空は陽介の方を見た。「陽介さん、一緒に探してくれませんか?」

断る理由はなかった。どうせ行き先も決めていなかったし、この穏やかな山の風景も悪くなかった。何より、空の真剣な眼差しに、何か引かれるものがあった。

「いいよ。でも、なんで地蔵を探してるの?」

空は少し俯いた。「僕、自分のことをよく覚えてないんです。ここに来たことは覚えてるけど、どこから来たのか、家族のことも…」

「記憶喪失?」

「たぶん。でも、刺抜き地蔵なら何か分かるような気がするんです。夢で見たんです。僕が地蔵を見つけると、帰り道が分かるって」

陽介は黙って空を見つめた。理解はできなかったが、何か手伝いたいという気持ちが湧いてきた。

「分かった。じゃあ、探してみよう」

その日から、陽介の滞在は延びることになった。

翌日から、空と一緒に周辺を探索し始めた。空が覚えている断片的な情報と、描き直した地図を頼りに、山道を歩いた。

三日目、駅長から思わぬ提案があった。

「陽介くん、良かったら道の駅で働かないか?」

「え?」

「実はスタッフが一人、急に辞めてしまってね。短期でもいいから手伝ってくれると助かる。空も喜ぶと思うよ」

陽介は考えた。東京に戻る予定もなかったし、貯金は十分あったが、何もしないで過ごすよりは充実するかもしれない。

「分かりました。お手伝いします」

こうして陽介は、道の駅のスタッフとなった。空は毎日、陽介の仕事が終わるのを待って、一緒に地蔵探しに出かけた。地元の年配者から話を聞いたり、古い資料を調べたりしながら、少しずつ情報を集めていった。

そして一週間後、ある発見があった。

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## 第三章 痛みを抜く者

「陽介さん、これ!」

空は古い写真を見せた。道の駅の資料室で見つけたという。三十年ほど前の写真で、山の中の小さな祠の前に地蔵が立っている。苔むした石の地蔵で、穏やかな表情をしていた。

「これが刺抜き地蔵?」

「はい!場所も分かります。写真の背景の山の形が特徴的で…」

空の言う通り、写真の背景には特徴的な形の山が写っていた。陽介達が描いた地図と照らし合わせると、道の駅から北西に3キロほど離れた場所のようだった。

翌日、二人は早朝から探索に出かけた。山道を登り、木々の間を縫うように進んだ。空は妙に自信たっぷりで、迷うことなく先導していった。

「ここだ!」

空が立ち止まった場所は、小さな開けた場所だった。確かに写真の風景に似ていたが、祠も地蔵も見当たらなかった。

「ない…」空の声が落胆に染まった。

陽介は周囲を見回した。地面には石の破片が散らばっていた。

「これは…」陽介が拾い上げたのは、石仏の一部らしきものだった。「壊れてしまったのかな」

空は黙って石の破片を見つめた。その目に涙が浮かんでいる。

「大丈夫、他にもあるかもしれないよ」陽介は空の肩を抱いた。

その瞬間だった。空の体が一瞬、透けて見えたような気がした。陽介は目を擦った。疲れているのかもしれない。

帰り道、空は黙ったままだった。道の駅に戻ると、駅長が心配そうに二人を迎えた。

「見つからなかったのか」

陽介は首を振った。「壊れてしまったみたいです」

駅長は深いため息をついた。「実はな…刺抜き地蔵には言い伝えがあるんだ。地蔵は人の痛みを抜く力を持つが、抜いた痛みはどこかに移さなければならない。昔は地蔵自身が痛みを引き受けていたそうだ。でも、あまりに多くの痛みを抱え過ぎて、最後には耐えられなくなった。それで姿を消したり、壊れたりするんだと言われている」

空は静かに聞いていた。

「でも、もう一つ言い伝えがある。地蔵の魂は消えずに、新しい器を求めてさまよう。『さすらいの刺抜き地蔵』と呼ばれるゆえんだ」

「新しい器?」陽介は思わず尋ねた。

「そう。時には人の形を借りることもあるという…」駅長は空を見た。

陽介も空を見た。空は窓の外を見ていた。空の下を見ている。

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## 第四章 雲の上から

その夜、陽介は眠れなかった。駅長の言葉が頭から離れなかった。空の正体は…?

翌朝、空は現れなかった。いつもなら朝食時に顔を出すのに、姿が見えない。陽介は仕事の合間に道の駅の周りを探したが、見つからなかった。

「駅長、空を見ませんでしたか?」

「いや、見ていないよ」駅長は何か言いたげに陽介を見た。「実はな、陽介くん。空のことを話しておきたいことがある」

駅長の部屋に通された陽介は、驚くべき話を聞いた。

「十年前、この山で遭難事故があった。東京から来た家族連れで、霧の中で道に迷ったんだ。捜索隊が見つけたとき、両親は亡くなっていた。でも、子供だけは見つからなかった。その子の名前が…」

「空…」陽介は呟いた。

「そう。捜索は一ヶ月続いたが、見つからなかった。山の神様が連れていったという噂も出た。でもある日、道の駅に一人の少年が現れた。名前を聞くと空だと言う。でも、自分のことはほとんど覚えていなかった」

「それが…」

「空は何年も道の駅の周りをさまよっていた。姿を見せたり消したり…まるで刺抜き地蔵のように」

陽介は息を飲んだ。

「でも、空は実在する。触れることもできる」

「私にも分からない」駅長は首を振った。「ただ、空が現れるのは、何か痛みを抱えた人が道の駅に来たときだけなんだ」

陽介は自分の胸に手を当てた。確かに、彼は痛みを抱えていた。会社での挫折、恋人との別れ、孤独…

「空を探しに行くよ」陽介は立ち上がった。

駅長は頷いた。「行ってやってくれ。あの子も、きっと陽介くんを待っている」

陽介は地図を手に、石仏のあった場所へと向かった。途中、霧が立ち込め始めた。視界が悪くなる中、必死で前に進んだ。

そして、開けた場所に着いた。空がそこに立っていた。

「空!」

振り返った空の顔は、涙で濡れていた。

「陽介さん…僕、思い出したんです。全部…」

「君は…」

「僕は、ここで亡くなったんです。両親と一緒に…」空の姿がまた一瞬、透けた。「でも、刺抜き地蔵が僕を助けてくれた。痛みを抜いてくれた。でも、その代わりに…」

「地蔵は壊れてしまった」陽介は言葉を継いだ。

空は頷いた。「地蔵の魂が僕と一つになったんです。だから僕は、痛みを抱えた人を助けることができる。陽介さんみたいな…」

陽介は黙って空を見つめた。

「陽介さんの心の痛み、僕が抜いてあげることができます。でも、そうしたら僕は…」

「消えてしまうの?」

「はい。僕は刺抜き地蔵として最後の仕事をして、やっと成仏できる。でも、それでいいんです。十年も彷徨っていたから…」

陽介は迷った。空を失いたくなかった。でも、空を引き留めることは、自分の痛みと共に生きることを意味した。そして、空を永遠に彷徨わせることになる。

「空…」陽介は空に近づき、抱きしめた。「君のおかげで、僕は自分の痛みと向き合うことができた。もう大丈夫だよ」

「本当に?」空の目が陽介を見上げた。

「うん。だから、もう安心して行っていいよ」

空の顔に、安堵の表情が広がった。「ありがとう、陽介さん…」

空の体が光り始めた。その光は次第に強くなり、陽介の視界を覆った。

「さようなら…」

光が消えたとき、陽介の腕の中には何もなかった。ただ、胸の痛みも消えていた。

---

## 終章 空の下で

一年後、陽介は再び道の駅「雲の上」を訪れていた。

あの日以来、彼は東京に戻り、新しい仕事を始めた。小さなデザイン事務所を立ち上げ、地方の観光案内や地図づくりを手がけていた。そして、時々この道の駅に来ては、駅長と話をし、山の風景を眺めていた。

駅の前には、新しい石仏が置かれていた。陽介が建てたものだ。刺抜き地蔵に似せて作られたその石仏は、穏やかな笑顔を浮かべていた。

「今日も良い天気だね」駅長が隣に立った。

「はい。空も綺麗です」

「空は元気にしているかな」

「きっと…雲の上で見守ってくれていると思います」

二人は青空を見上げた。そこには、まるで少年の笑顔のような形の雲が浮かんでいた。

「そろそろ行きます」陽介は駅長に告げた。「また来月」

「ああ、待ってるよ」

陽介は車に乗り込んだ。バックミラーには石仏が映っている。時々、その石仏の横に少年が立っているように見えることがあった。

幻か、現実か。それはもう、重要なことではなかった。

陽介は痛みを知り、それを受け入れることを学んだ。そして時に、誰かの痛みを分かち合うことの大切さも。

車は山を下り始めた。空の下で、新しい旅が続いていく。

(終)
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