こわれて

九丸(ひさまる)

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第二章

酒場にて

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 木目調の全体的にヤニで煤けた店内。でも嫌な感じはしない。こういうレトロな雰囲気を好む人もいるのだろう。見る人が見れば、意外と当時としては凝った良い造りと感心するかもしれない。
 カウンターに座り、といってもカウンター八席のこじんまりした店だが、まだ時間が早いのか他に客もなく、音もない、止まったような空間で男は酒を飲む。
 タバコの煙だけが、換気扇に向けて流れていく。
「すみません、お客様。私も一本よろしいでしょうか?」
 唐突なバーテンダーからの言葉に、男はグラスから顔を上げる。
「あ、どうぞ吸ってください。それとマスターも一杯どうですか?」
 男からの申し出に、バーテンダーは快く頷いた。
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えてラムをいただきます」
 バーテンダーは小さなロックグラスに茶色の酒を注ぎ、男に向かいグラスを掲げる。
 男もそれに応え、バーテンダーのグラスを見る。
「すいません、あまりお酒に詳しくないのですが、それは何ですか?」
 バーテンダーがラムと言ってるのになんて間抜けな質問だと言ってから後悔したが、男は誤魔化すように自分のグラスに口をつけ、バーテンダーの言葉を待つ。別段バーテンダーの飲む酒に興味が有った訳でもないが、このまま会話が途切れて、またグラスに目を落として緩慢に思考することを嫌ったようにもみえる。
「これはハイチのラムです。私の一番好きな酒です」
「ラムがお好きなんですか? さっきおすすめを聞いたら、うちはシェリーの店だとおっしゃったので、シェリーが一番好きかと思いました」
 男は少し釈然としない顔をした。
 この御時世にありえないような言葉を口に出し、代わりに甘い煙を旨そうに吸い込む。
 男もそれにつられて少し流し込み、タバコを吸う。
「本当ですね。いつも惰性で吸ってたのに、こういうやり方もあるんですね。ラムも葉に染み込ませたりするんですか? 一番好きだと言ってたので」
「ラム含め、熟成感のあるお酒は合いますね。ただ、これがタバコに関しては気に入ってるんです。煙にボディが出る分、ラムとかウイスキーにも合うし。もちろん葉巻でも良いんですが、私はこれが好きです」
 これがきっかけだったのか、バーテンダーは男に疑問をぶつけた。
「お客様はこちらの方ではないですよね? お仕事か何かでこちらに? それとも待ち人ですか?」
 男は即答せずにグラスに目を落とす。
「あ、すみません。普段はこんな詮索しないんですけど。あれ? 私どうしたんだろう」
「いえ、いえ、そんな謝らないでください。こっちこそ、そんな大したあれじゃないのに黙っちゃって」
 男はグラスの酒を少し含み、ゆっくり流しこむ。
「仕事ではないんです。まあ、観光に近いかも。どうしても来たかった街だったので」
「そうですか。で、いかがですか? この街は?」
 バーテンダーの問いに、男は何かを思うようにゆっくりと口を開いた。
「今日の朝一に着いて、駅からこの辺までぶらぶらしてました。僕は駅前よりこちらの古びた感じが何か落ち着きます。あ、失礼しました。古びたは違いますね。何と言うか……。歴史ある?」
 バーテンダーはさもあらんと少し笑った。
「失礼じゃありませんよ。お客様の言うとおり、古びた飲み屋街ですよ。二十年くらい前まではこの辺がメインでしたが、段々駅前の方に流れちゃいましたね。今じゃ店の数も勢いも大分なくなりました。お客様のように県外の方はこちらの方が風情があって良いと言ってくださるんですけどね」
 男は風情という便利な言葉が出なかったことを少し悔やんだ。
 会話の空気も暖かくなってきたと思ったのか、バーテンダーはさっき詮索した理由を男に話す。
 県外客なのは雰囲気で分かる。仕事ですかと聞いてはみたがそんな感じではないのも分かる。何か漠然と人を待ってるような。本当にいつもは詮索じみた会話はしない。それがこの仕事の大事なところだから。でも貴方には何故か聞いてしまったと。
 男はバーテンダーの話を聞き終えると、迷った顔をして、ため息混じりに話し出した。
「まあ、観光というよりは、好きな人の地元だから見てみたかったというのが本当です」
 グラスの残りの酒を飲み干し続けた。
「いなくなったんですよ。そう消えたんです。今でもいるような感覚なのに、すぐ隣に温もりまで感じるのに。いなくなってしまったんです」
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