国一番の大悪女は、今から屋敷の外に出て沢山の人達に愛されにいきます

海咲雪

文字の大きさ
28 / 34

28.SIDE:CLAVIS《サイド:クラヴィス》

しおりを挟む
SIDE:CLAVIS《サイド:クラヴィス》



自国マリス国にいた時は、ずっと外も気軽に出歩けないような状況だった。

そんな生活に慣れていた。

兄に命を狙われ、ずっと息苦しい生活を送っていた。

隠れるように生活する息子に何も言わない父。

それが普通の生活。

強さと優秀さを兼ね備えたものだけが生き残れる世界。

自室にいても訪ねてくるのは、幼い頃から私に使えてくれている侍従じじゅうだけ。

コンコン、というノック音の後に扉が開く。









「クラヴィス『殿下』、本日のご予定ですが……」








侍従の話を聞きながらも、ずっと心は冷めていた。





『マリス国第二王子』、それが生まれながらに私が持っていた身分だった。




権力を求める兄に命を狙われながら、息を潜めるように毎日を生きていた。

話を聞きながらも、どこか心がここにない私を侍従のライがじっと見つめている。




「どうした?」




「お逃げしますか?」




その日が初めてだった。

ライからそんな提案が飛び出たのは。

「何を言っている?」

「隣国で勉学を学ぶために留学するのです。資源豊かな隣国ユーキス国との繋がりを増やすためと述べれば、お父上である陛下も止めはしないでしょう」

「そんなことをして何になる? 状況は何も変わらない」

「そうでしょうか? 隣国に出て学ぶことは、隣国で妃を探すためだと我が国で噂を流すのです。そして、兄殿下にはこの国の政権に興味がないことを強調して植え付ける。何より数年この国を離れることは、今のマリス国の王を狙う者にとっては痛手になる」

ライは私と目を逸さなかった。


「お前は、私に王になって欲しいのだと思っていた」


「私が願うのはクラヴィス殿下の幸せです」


その時、ライが久しぶりに幼い頃のように笑った。

私が思っていたよりもずっと私の侍従は私思いだった。




「貴方様がこの生活から離れたいと言うならば、私はどれだけでも手を貸しましょう」




私はその手を取った。




しばらくして王は私に偽りの公爵子息の身分を用意した。

どうやらマリーナ国での繋がりを求めるより、私の学びたい姿勢を優先したようだった。

いや、きっと私がこの身分に苦しめられていたのを知っていたのだろう。

きっとあれは父なりの優しさだった。


そして、私はユーキス国の学園にいる間だけという時間制限付きの自由を手に入れた。


その自由が嬉しくて、ただ平凡に生活出来ているだけで良かった。

だから、「ユーキス国で噂の王女」なんてどうでも良かった。

良かったはずなのに……初めて見た噂の人物は、噂を信じる令嬢たちに立ち向かっていた。

王女が噂通りの人物であろうがなかろうが、私には関係ない。

彼女が勝手に頑張れば良いだけ。

そう思っていたのに。





令嬢たちに立ち向かう彼女の手が小さく震えているのを私は見てしまった。





そして、興味のままに話しかけた彼女は知れば知るほど眩しくて。



「いつだって諦めずに立ち向かうと決めていますの。だって、きっとそれが格好良い王女というものでしょう?」

「この噂は……私がユーキス国の王女として、国を守った証ですの。どれだけ私が国一番の大悪女と呼ばれようと、それだけは変わらない。私は今のこの状況を全く後悔していないのです」

「私は、自分でユーキス国一番の悪女になることを選んだのです」



彼女を見ていると、王族から逃げた自分が恥ずかしくなるほどだった。

それでも、何より……




あまりに愛おしかった。



私が守りたいと思った。



強くなりたいと思った。



彼女に恥じない人間になりたかった。




彼女はユーキス国の第一王女。

彼女は私が身分を明かして……マリス国第二王子だと知ったらどんな顔をするだろう。

それでも、もう覚悟は決まった。

馬術大会で彼女が練習に励んでいる間に、私は父である王にある許可を取りに行った。

王は一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに許可を下ろした。

何も不利益がなかったのだろう。

だから、私はいま筆にインクをつけて机に向かっている。






「マリーナ・サータディア第一王女、貴方に婚約を申し込みたい」






この手紙がマリーナに届くのは、きっともうすぐだから。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛

三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。 ​「……ここは?」 ​か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。 ​顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。 ​私は一体、誰なのだろう?

氷の騎士と契約結婚したのですが、愛することはないと言われたので契約通り離縁します!

柚屋志宇
恋愛
「お前を愛することはない」 『氷の騎士』侯爵令息ライナスは、伯爵令嬢セルマに白い結婚を宣言した。 セルマは家同士の政略による契約結婚と割り切ってライナスの妻となり、二年後の離縁の日を待つ。 しかし結婚すると、最初は冷たかったライナスだが次第にセルマに好意的になる。 だがセルマは離縁の日が待ち遠しい。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~

紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。 ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。 邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。 「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」 そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

【悲報】氷の悪女と蔑まれた辺境令嬢のわたくし、冷徹公爵様に何故かロックオンされました!?~今さら溺愛されても困ります……って、あれ?

放浪人
恋愛
「氷の悪女」――かつて社交界でそう蔑まれ、身に覚えのない罪で北の辺境に追いやられた令嬢エレオノーラ・フォン・ヴァインベルク。凍えるような孤独と絶望に三年間耐え忍んできた彼女の前に、ある日突然現れたのは、帝国一冷徹と名高いアレクシス・フォン・シュヴァルツェンベルク公爵だった。 彼の目的は、荒廃したヴァインベルク領の視察。エレオノーラは、公爵の鋭く冷たい視線と不可解なまでの執拗な関わりに、「新たな不幸の始まりか」と身を硬くする。しかし、領地再建のために共に過ごすうち、彼の不器用な優しさや、時折見せる温かい眼差しに、エレオノーラの凍てついた心は少しずつ溶かされていく。 「お前は、誰よりも強く、優しい心を持っている」――彼の言葉は、偽りの悪評に傷ついてきたエレオノーラにとって、戸惑いと共に、かつてない温もりをもたらすものだった。「迷惑千万!」と思っていたはずの公爵の存在が、いつしか「心地よいかも…」と感じられるように。 過去のトラウマ、卑劣な罠、そして立ちはだかる身分と悪評の壁。数々の困難に見舞われながらも、アレクシス公爵の揺るぎない庇護と真っ直ぐな愛情に支えられ、エレオノーラは真の自分を取り戻し、やがて二人は互いにとってかけがえのない存在となっていく。 これは、不遇な辺境令嬢が、冷徹公爵の不器用でひたむきな「ロックオン(溺愛)」によって心の氷を溶かし、真実の愛と幸福を掴む、ちょっぴりじれったくて、とびきり甘い逆転ラブストーリー。

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

処理中です...