君の虹色チョコレート

真朝一

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第12話 初めて作ったカレー

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「入学して最初に話しかけてきたのが佳山さんだったんだ」

 足で少し地面を蹴ると、ふわりと身体が宙を泳いでスカートが揺れる。聡はブランコを漕ぐこともなく、じっと座ったままだった。

「まあ、私も見た目自体はそんなに暗そうじゃないって自負してるからさ。何も分からない最初のころは、佳山さんも気の合いそうな女子を見た目で判断してかたっぱしから話しかけてたんだと思う。でも、ご存じのとおりの口の悪さが彼女の逆鱗に触れて、気がついたらグループからもハブられて五月にはぽつーんです」

 放課後、薄暗い夕暮れの公園。日が落ちるのが早くなり、小学生たちは帰ってしまった。

 オレンジ色に染まる無人の敷地をぼんやり眺めながら、ブランコに並んで座って、ぽつりぽつりと昔の話をする。

 聡は何も言わなかった。私はひたすらにブランコを漕いだ。伸びる影がしつこくついてくる。

「でも、何もかも彼女のせいだったなんて思えない」靴裏でずずずと地面を擦った。「私があの子の神経逆なでし続けたんだから。聡はこんな毒舌な私でもいいって言ってくれたけどさ、その一方で誰かを傷つけて怒らせることもあるんだってこと、ちゃんと分かっててしっかり覚悟も決めてる人が『自分らしく生きる』っていうのをきちんとやれてるんだなって思った」

 だから私は、究極的には彼女の嫌がらせに対抗しなかった。やられっぱなしではなかったしぼそっと皮肉を言うていどだった。

 それでもじゅうぶん悪質だし油を注いでいるが、心のどこかで結局は自分が悪いのだと諦めていたのかも知れない。

「自分らしく生きる、なんて、言葉だけは綺麗だけど、本当はめちゃくちゃ難しいよね。反対したり、怒ったり、笑ったりする人にもちゃんと対応しないと駄目だし、何か問題があっても自分で責任とらないといけない。その代わりに得られるのが自由なのかも知れないけど、私にはまだそれをクリアする力がない。……なのに必死になって天邪鬼ぶって、ひとりで勝手に傷ついて。情けないね、私」

 これで両成敗だ。佳山から謝罪を乞いたいわけじゃないけれど、せめて休戦しよう。あんな雑な謝りかたじゃ駄目だ。折れるわけじゃない、自分が悪かった点があるならそこを謝るだけだ。

 土で少し汚れたローファーをじっと見つめていると、隣の聡が頭をぺんぺんと叩いた。

「まあ、満点とは言えないかもだけど」

 少し掠れた、ちいさな声。

「あのときの四季の精一杯だったんだなってのは分かるよ。だから及第点でいいんじゃない。なんでも仲直りしてハイ解決なんて無理だし。俺だって、あれ以上うまくやれる自信ない」
「じゅうぶんうまくやってくれたじゃん。どこの大塚ナントカくんよ、佳山さんを懐柔したの」
「懐柔なんて。彼女だってあんだけ殺気立ってたとはいえ、根っこはただの人間なんだ。自分がしたことを後悔して泣くぐらいにはね。あの子、消しゴムのカス入り弁当、お腹の心配しないでぜんぶ食べちゃったよ」

 彼に何が見えていたのだろう。佳山の心の中に写ったもの。欲しがったもの。

 もう少しして、彼女が自分の落ちつける場所にそっと腰をおろして、また最初のころのようにまともに顔を見られるようになったら、いろんなことを話してみたいと思う。

 私は超能力を持たない普通の人間だから、ちゃんと正面を向いて話す言葉が必要だ。

 被害者アピールじゃない、互いに傷ついた部分を知ったら、変わるような気がした。佳山を抱いてなぐさめる聡を見ていて、そう思った。

「なんか、思ってたより驚かなかったなあ」

 なにが、と聞かれて「佳山さんがあんなに泣いたの」と言った。聡は何も言わなかった。

 遠くから踏切の音が聴こえて、それに電車の音が重なる。ぎりぎり残っていた太陽の細い光が、マンション群の向こうに吸い込まれるように消えた。今日一日のできごとをぜんぶまるがかえして、また巡ってくる明日のために。

 どんなにつらいことがあっても明けない夜はないとよく言うけど、毎朝晴れているわけじゃないだろう。雨が降っている日、誰かに傘を差しだせるような人間になりたい。私も、たぶん聡も。

「さっき、聡には」

 風がざあっと吹いて、髪を乱してゆく。

「佳山さんの食べたいもの、何が見えたの?」

 聡は何も言わなかった。答えを探しているわけではなく、ただ黙っているだけに見えた。
 彼は思案するような顔つきでいたが、やがて「さあ」と答えた。

「彼女にしか分からないことだってあるさ」

 遠くを見つめて言う聡の横顔を、私はじっと見て、そらした。

 仮にも、入学した直後は親しげに話しかけてくれた佳山。彼女が今の友達と接するように私に話して、意地悪そうな雰囲気はまったくなくて。ただの新中学生で、ただの女の子だった。

 聡はそれを知っている。そして私も、覚えている。

 やがて聡はブランコから立ちあがった。足元に置いていた鞄を拾いあげて「駅前のクレープを食べに行こうか」と言った。

「まーたあんたは」私は顔をしかめる。「人の頭ん中勝手に覗き見して」
「してないよ、こればっかりは勝手に見えるんだって」

 駅前のクレープ。聡と一緒に下校したときにいつも食べている、私のお気に入り。今も「帰りぎわに買おうかなあ」と思っていた矢先だった。

 慣れたとはいえ、恥ずかしさは拭えない。もういっそ何も考えないでおこうか、と思ったが、彼は人の無意識にまで入りこむので無駄だと思い出す。

 公園を出て、人通りの少ない住宅街をゆっくり歩きながら、私は話題を変えた。

「そういえば、年の離れたお兄ちゃんが今就活中なんだけどね」
「大学生?」
「うん。で、もうお祈りされ飽きたっていって沈んでるの。なんかさ、こう言うのって変な話だし正直超恥ずかしいんだけど」

 私は空中で指をくるくる回す。

「ひとり暮らしで大変だろうから、一度、家族みんなでごはん食べたら、元気出してもらえそうな気がするの。私も、聡と一緒にごはん作って楽しかったし、元気も出るから。だから、私が作った料理をお兄ちゃんにも食べてもらって、まあそこそこ士気あげて欲しいなあって」
「そこそこなんだ」
「コックの腕がまだ未熟すぎるからね」

 我ながら漫画みたいなことばかり言っているような気がするが、すべて本心だった。

 私が作った、というより手伝った料理は、まだ聡と京と母にしか食べてもらっていない。産業廃棄物を作ってしまう可能性はじゅうぶんにあるが、妹にLINEですがるほど疲弊しきっている兄に何かをふるまいたい、という気持ちのほうが勝った。

 作った人の気持ちが直で伝わってくるものが俺は好き。聡は確かにそう言った。それが家族ならなおさらだろうと思った。

 受けとってばかりだった私にも、真似ごとにしかならないかも知れないが、同じしあわせな時間を誰かに作ってあげられるのだとしたら。

 作ることが楽しくて、食べてもらうことが嬉しくて、それを知った今、やりたいことはひとつだった。

 ──大切な人のために、おいしい料理を作りたい。
 一日一日を強く、折れないように生きるために。

 私には超能力なんてない。人が食べたいものなんて分からない。まして心を読むなんてこと、物語のようにはできない。

 だけど、だからこそ食べてもらいたいと思った。手が込んでいなくてもいい。明日も頑張ろうと元気が出て、大切にされていると思えるような、優しい料理を。人をしあわせにするちいさな魔法を。連鎖してゆく優しさを。

 ああ、と私は思った。

 世界はそんなふうにまわっていたんだ、確かに。忘れられてしまうほどに、それが当たり前だったのだ。今まで気づかなかっただけなのだ。気づかないほどちいさすぎたからだ。

 決して大きな宝石のような幸福じゃない、一粒一粒がきらきらかがやくビーズみたいに、ささやかで、だけど絶対に忘れていない大切なもの。

 私はくるりと踵をかえし、後ろ向きに歩きながら言った。

「ひとりでも作れるような料理って、やっぱりカレー?」

 作ったことはないが、子どもでも失敗しない料理といえばそれしか思いつかなかった。
 聡は少し後ろを歩きながら、「いいね」と言って笑う。

「ふたりがかりでならすぐに作れるよ」
「ふたりじゃないよ」私は両腕を前に伸ばして、手をひらいた。「私ひとりで作る。聡は隣で見てて。お兄ちゃんをうちに呼んで食べてもらうんだ。だから、作り方だけ教えてくれないかな」

 聡はしばらく黙っていたが、やがて私の顔面を右手でつかんだ。「ぐわっ」と声をあげる私の身体を反転させて、前を向かせる。

「ちゃんと歩きなさい。あと、カレーなんて十秒で説明できるぐらい簡単だから、当日ぶっつけ本番でじゅうぶん」

 すたすたと先を歩きながら、聡は肩越しにふりかえった。いたずらを仕掛ける子どものような笑顔だった。

 情動の幅が狭い超能力少年の、ほんの少しだけ見せる素直な表情。

「四季は優しいよ、やっぱり」

 聡は静かに言った。

「誰かのために作ってあげたいって、そう思える心がいとおしい」
「いとおしいって……何それ恥ずかしい」

 私は情けないやら、嬉しいやらで顔がゆがむのを感じながら、それでも笑ってしまった。「とりあえずクレープな」と言って先を進む聡の背中を、少し軽い鞄を肩にかけなおし、やはり私は走って追いかけた。

 いつも通りのその背中。余裕のある背中。いたずら心が湧いたか、あるいはやられっぱなしなのが悔しくて、私は走るスピードをあげて聡を追い抜いた。

 ふりかえって、ポカンと口をあけている聡に向けて舌を出す。


   * * *


 じゃがいも、にんじん、タマネギ、サイコロステーキ。あとはもちろんカレールウ。それだけで出来てしまうことは知っていた。五人分がどういうものかよく分からず、とりあえずスーパーで一袋ずつ、牛肉は五百グラムを買ってきた。多いんじゃないかと悩んでいると、

「まあ、カレーって余らせるぐらいがちょうどいいし」

 台所にごろんごろんと野菜を並べる私に、京が言う。

「余らせるって……なんで?」

 フードロス問題すぎる、と思った私が尋ねると、彼女はふふんと鼻を鳴らした。

「カレーってのはね、作りたてよりも日を置いたほうがおいしいんだよ。余ったぶんを冷蔵庫に入れといて、あとでまた温めなおして食べても絶品すぎる」
「えー、そんな裏技があるんだったらもっと多めに作っとこう」
「あたし、鍋ごとおいといて、次の日そこに出汁まぜてカレーうどんにすることが多いよ。ごはんにかけてチーズ乗っけてドリアにしてもいいし」

 なんだか、それっぽく料理の話をしている気がする。それが嬉しくて、京さんと台所でふたり、あれやこれやと話してしまった。ダイニングでは聡が母と雑談をしている。

 日曜日、就活の休憩を兼ねて兄を私の家、つまり彼の実家に誘った。今回は聡にも京にも手伝ってもらわず、私ひとりで作る。まだ包丁の使い方がおぼつかないので京が隣で監督することになったが、絶対に手を貸さないように頼んだ。それを聴いて京は面白そうに笑い、どこから持ってきたのか絆創膏を私の目の前にちらつかせた。……絶対に出番なんかやらん。

 じゃがいもとにんじんを洗って切るところまでは、今まで聡を手伝ったときに何度かやったことがあるから、すんなりできた。だがタマネギを切っている途中で、当然だが目の奥がヒリヒリと痛くなり、滝のように涙を流した。

「あ────痛い痛い痛いー死ぬ死ぬ無理無理ー!」

 わめいてハンカチで何度も目を拭い鼻をすする私を、母と聡はダイニングから笑い飛ばした。うう、悔しい。聡が隣で切っているときはなんともなかったのに……どんな裏技だ。

 深手の鍋を強火で高温にし、牛肉を入れて表面をさっと炒める。いったんそれを皿に取り、同じ鍋に野菜を投入。油がまわったころを狙って牛肉を戻し、出汁を加える。

 牛肉を先に炒めて取り出すのは聡の提案だ。サイコロステーキなので、牛肉の表面を一気に強く焼き内側は煮込んで火を通すことにより、外はしっかりと、だが中はやわらかいままになる。肉汁も逃げない。彼好みに作ろうとは思っていないが、料理がうまい人の意見は素直に取り入れたい。

 醤油と料理酒を入れて、京の勧めでウスターソースも混ぜる。野菜に火が通った頃合いで、いよいよカレールウだ。

 ただ固形のルウを溶かせばいいのだと思っていた私は、京や聡の勧めるイレギュラーな調理法にとまどった。カレーはシンプルで誰にでも作れるので、料理に慣れた人たちがどんどん自己流のアレンジをして独自に進化してゆくものだとそのとき分かった。確かに、ネットでレシピを調べたら、世の料理好きたちが編み出した進化型カレーの多さに驚いた。

 本物の「料理ができる人」とは、レシピどおりに作れるだけでなく、すでにある料理を自分流に改造できる人や、冷蔵庫にあるものだけを使って即興でさらっと創作してしまえる人のことをさすのだと思った。そしておそらく、聡と京がそれだ。

「なんか、子どものころの調理実習を思い出すなあ。改めてそんなデフォルトなカレー作らないから」

 京が言う。そりゃそうだ、私は基礎からやり直しているのだから、彼女や聡にとっては逆に基本料理ばかりになってしまう。カレーしかり、味噌汁しかり。

「史上初のまずすぎるカレーが出来たらごめんね」
「いやいや、しーちゃんなら絶対大丈夫だよ。どんなのが出てきても、ちゃんといただきますとごちそうさまは欠かさないから」
「それはそうなんじゃ」

 私はつい笑ってしまったが、京がゆるく首を振る。

「そうでもないんだよ、世の中。ほら、いただきます言わない人がたまにいるから。給食費払ってるんだから全員でいただきますとか言わせるなって言う親もいるんだから」
「うわ、それは嫌だ」
「私も聡も、絶対に『いただきます』『ごちそうさま』を言うようにしてるの。それは作ってくれた人に感謝する意味も込めてるけど、明日の自分を作るぜんぶに感謝するための言葉なんだよ。料理って、まがりなりにも生き物を殺して、大事な命をいただくものだからね。残しちゃ駄目なんだよ」
「命をいただく……」
「生き物はみんな、誰かを犠牲にして生きてるんだよ。それは別に悲しいことでも、愚かなことでもない。その動物が見るはずだったもの、聞くはずだった音、感じるはずだった感情をぜんぶひっくるめてかかえて、せいいっぱい生きていく。自分一人で生きていけるって思ったり、誰の助けも借りないとか言っちゃだめ。毎日のごはんで、しーちゃんは必ず他の何かの命に助けられながら生きてるんだよ。大切な命を自分のものにして毎日一歩を踏み出すんだから、ありがとう、って言いながら食べる。だから、いい加減に生きちゃだめなんだよ。胸を張って、笑って、みんなが生きているこの世界を何回もころびながら歩いていくんだ」

 京は笑って鍋を指さした。おいしそうな色に染まった牛肉は、ルウとからまって私を誘惑する。

 大切な命のための「いただきます」と「ごちそうさま」。
 作った人と、自分の身体の一部になる世界じゅうの命への感謝。

 ──誰かが料理してくれたごはんを食べて、明日も前を向いて歩いていけるように。

 私はおそるおそる灰汁をとり、市販のルウを割って溶かす。焦げないように鍋をかきまぜながら、「京さんは」と言う。

「料理上手になりたいって、やっぱ思う?」
「それ、まんましーちゃんの願望だよね」

 図星でした。

「うーん、うまくなりたいっていうより、せめて『料理ができます』って言えるぐらいには作れるようになりたいんだよ。自分の好物とか特に」
「ああ、分かる。あたしも外国で自炊してるうちになんか即興料理みたいなのはできるようになったけど、もうちょい箔つけたいよね。料理のできない人って呼ばわられるより」

 でもね、と京が言う。聡と同じように、目を切なげに細めて。

「結局、スキルとしての料理なんて練習すれば誰だって身につくんだよ。家庭料理ぐらいはね。ただ、冗談みたいな話、愛情という名の隠し味はレシピには絶対載ってないのだ」

 私は、失礼ながら思わず笑ってしまった。京も笑う。

「なるほど、隠し味ね」
「そう。おいしく食べてもらいたい、しあわせな気持ちになってもらいたいっていうのは、やっぱり気持ちのこもった料理にしか入ってないんだよ。焦げてようが形が変だろうがいいし、なんなら作ったものじゃなくて買ってきたものでもいい。人の心を優しくするのは、言葉がなくても気持ちが見える料理なんだよ」

 ほんの数百円の、誰が作ってくれたとも知れないから揚げ弁当に不覚にも涙した私。お金を断固として受けとらなかった聡。放課後に食べるクレープや、自販機のコーヒー牛乳とフルーツオレ。初めて包丁を持って作ったラザニアと、それを食べてテンションがあがったお母さん。ぐちゃぐちゃになったお弁当。京が喜んでくれた冷やし中華。聡がていねいに食べて、また作ってきて欲しいと言った、初めて自力で作ったおにぎり。鉛筆の削りカス入りのお弁当を完食した聡。母親が撮った紛争地の写真を見て目覚めた聡の優しい超能力。消しゴムのカスが入ったお弁当をかかえて泣き、ただひたすらに謝っていた佳山。彼女を大輪の花のような笑顔にした、ひと粒のチョコレート菓子。

 当たり前のようにある食べものが、一本の脚本を作るように人の心を複雑に動かす。ぐるぐるとつながって、世界じゅうの人たちを常に巻きこむ物語。じっくり煮込んだあたたかいスープのように、胸の奥をそっと包みこむぬくもり。

 それを知ったから、私はもう……忘れたくないだけなのだ。

 玄関のほうから鍵穴が回る音がした。母が立ちあがって、ドアをあけて入ってきた人に「おかえりなさい」と言う。リヴィングに入ってきた兄は、連日の面接ですっかり疲れ切った顔をしていた。母に似て陽気だったはずの彼は、手をあげて「よう、四季」と笑っていたが、疲れは隠せていない。

 聡と京が兄に自己紹介しているあいだに、私はカレー皿に盛ったごはんの上から、お玉ですくったカレーをかけた。うまくできた気がする。野菜も煮崩れせず、牛肉もやわらかい。とろっとしていて、熱くて、おいしそうで。

「もんんんのすっごいカレーの匂いがする」

 兄がキッチンをのぞきこんだ。私は兄のぶんのお皿を差しだして、「これがお兄ちゃんのぶん」と言って笑った。できたてのカレーを前に、兄の表情がぱっとはなやいだ。

「これ、四季が作ったのか? すっげえ! うまそう!」

 皿をかかえてうきうきでテーブルについた兄を見て、私はこみあげる笑顔をおさえられなかった。聡がそんな私を見て楽しげに笑っているので、ふふんと鼻を鳴らして胸を張った。全員分の皿がテーブルに乗り、五人そろうが否や、いきなりスプーンを持って食べようとする兄の鼻先にびしっと人さし指をつきつけた。

「お兄ちゃん。先、いただきます」

 兄はあっけにとられ、だが照れくさそうに笑って「確かにそうでした」と言った。小学校の給食のように全員で手を合わせる。作り主である私は、めいっぱい声を張り上げた。

「いただきます!」

 兄、母、京、そして聡がそれにつづく。

 中野家の長女が初めて作った、やけどしそうなほど熱いカレーをスプーンに山盛りすくい、全員ほぼ同時に食べた。

 母と兄が感嘆の声をあげ、京が熱がる。聡は口元をおさえて苦笑していた。

 辛くて、熱くて、とろっとしていて、母の作ったものに負けないと思えるほどおいしくて、いとおしい。

 笑顔が、花火のようにはじける。

 私は声をあげて笑った。

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