3 / 50
第3話:リプ欄で恋が動き出す
しおりを挟む
夜。
静かな部屋。スマホの光だけが真由の頬を照らしている。
《@WORK_LIFE_BALANCE》
「今日、“君”が笑ってくれた。
それだけで、この仕事を続けてよかったと思えた。」
(“君”って、誰?)
心の奥で、わかりたくないのに、
もう答えが出てしまっている気がした。
(……いやいや、まさか課長がSNSなんて)
(あの人、休憩中もニュースサイトしか見ないのに!)
思わず笑いそうになって、でも息が詰まる。
画面をスクロールしていると、ふとコメント欄(リプ欄)が目に入った。
@mayu_worklife
「素敵な言葉ですね。励まされました!」
それは、昨日の自分のアカウント。
半ば無意識に返信を送っていた。
“いいね”どころか、勇気を出して“リプ”したのだ。
(返信、気づいてくれたかな……)
そう思った瞬間、通知が鳴る。
《@WORK_LIFE_BALANCEさんがあなたに返信しました》
「――っ!」
慌てて開く。
「コメントありがとうございます。
いつも頑張る人たちが、少しでも報われますように。」
(……やっぱり言葉が優しすぎる)
息を呑む。
この人の文体、タイミング、言葉の癖――
柊課長に似ている。いや、ほぼ同じだ。
⸻
翌朝。
会社のエレベーターホール。
ピンポーン。
ドアが開くと、ちょうど中から柊が出てきた。
「……おはようございます、課長!」
「おはよう。今日も早いな」
「いえ、あの、最近ちょっと……早起きの練習を」
「そうか。……いい習慣だ」
笑ったような、でもすぐに表情を戻す柊。
その何気ない一瞬に、真由の胸がドクンと跳ねる。
(あの笑い方……SNSの“君が笑ってくれた”って、もしかして……)
⸻
午前中のデスク。
成田がスマホを見せてきた。
「見ろよ真由! 例の“理想の上司”、またバズってんぞ!」
「え、また!? 今度は何?」
「“叱るより、一緒に立て直せる上司でありたい”だとさ!」
真由の頭の中で、昨日の会議室が再生される。
『失敗の責任は俺が取る。君は次に活かせ』
……完全に、同じだ。
「……なぁ、成田。もしさ……」
「ん?」
「うちの課長が、そのアカウントだったらどうする?」
「は? ありえねー! 柊課長がSNS!? “氷の柊”だぞ?」
「……だよね」
でも、笑いながらも胸のざわつきは消えなかった。
⸻
昼。
コンビニ帰りの廊下で、偶然柊とすれ違う。
彼のスマホ画面が一瞬見えた。
(……スマホの画面に“X”の黒アイコン……?)
一歩すれ違いざまに目が合う。
「……藤原、目の下、少し赤いな。寝不足か?」
「え、あっ、いえっ! 大丈夫です!」
「ならいいが。……スマホの見すぎは注意しろ」
(スマホの……見すぎ?)
(それ、あなたが言います?)
心の中で突っ込みながら、顔の火照りをごまかす。
⸻
夜。
また、通知が鳴った。
《@WORK_LIFE_BALANCEが新しい投稿をしました》
「“理想の上司”なんて、誰にもなれない。
でも、“理想の部下”に出会えたら、少しだけ変われる気がする。」
「……っ」
目が離せなかった。
画面の“理想の部下”って、もしかして――
(……私?)
指が勝手に動いて、“いいね”を押してしまう。
その瞬間、すぐに通知。
《@WORK_LIFE_BALANCEさんがあなたの投稿にリプライしました》
「いつも頑張ってるあなたへ。
無理をしてる時ほど、自分を責めないでください。」
「…………」
涙が出そうになった。
(誰にも言えなかった。昨日の失敗でずっと落ち込んでたの、なんでわかるの?)
胸の奥が、痛いほど熱い。
スマホ越しに、彼の言葉が直接届いている気がする。
⸻
翌日。
会社の給湯室。
湯気の立つカップを見つめていると、
背後から声がした。
「藤原」
心臓が跳ねる。
振り向くと、柊がコーヒーを手に立っていた。
「お疲れさま。昨日、遅くまで残ってただろ」
「え、あ、見てたんですか?」
「帰り際に電気がついていた。……無理はするな」
また、その言葉。
昨日、リプライで送られてきたものと同じ。
(……偶然? いや、これはもう偶然じゃない)
「……課長って、SNSとか……やるんですか?」
一瞬、間が空いた。
彼の手が止まり、湯気の向こうで小さく笑う。
「そんな暇があるように見えるか?」
「……見えません」
「だろうな」
笑った。
でもその笑顔が、“図星”のように見えて仕方なかった。
⸻
夜。
布団の中でスマホを握りしめる。
画面の中の彼と、現実の彼が少しずつ重なっていく。
《@WORK_LIFE_BALANCE》
「今日も“彼女”は頑張っていた。
叱るより、支えたい。伝えられないけど、ずっと見てる。」
“彼女”。
(もう確信……だよね)
真由は、深呼吸をして、指を動かした。
「あなたの言葉、いつも救われています。
でも、本当のあなたに会ってみたい。」
――送信。
心臓が破裂しそうな音を立てる。
返信が来るまで、画面を見つめ続けた。
けれど通知は来なかった。
(やっぱり、届かないか……)
そう思ってスマホを伏せた瞬間。
画面が光った。
《@WORK_LIFE_BALANCE:明日、話せるだろう。いつもの場所で。》
「……えっ?」
“いつもの場所”――会社。
つまり、明日。
静かな部屋。スマホの光だけが真由の頬を照らしている。
《@WORK_LIFE_BALANCE》
「今日、“君”が笑ってくれた。
それだけで、この仕事を続けてよかったと思えた。」
(“君”って、誰?)
心の奥で、わかりたくないのに、
もう答えが出てしまっている気がした。
(……いやいや、まさか課長がSNSなんて)
(あの人、休憩中もニュースサイトしか見ないのに!)
思わず笑いそうになって、でも息が詰まる。
画面をスクロールしていると、ふとコメント欄(リプ欄)が目に入った。
@mayu_worklife
「素敵な言葉ですね。励まされました!」
それは、昨日の自分のアカウント。
半ば無意識に返信を送っていた。
“いいね”どころか、勇気を出して“リプ”したのだ。
(返信、気づいてくれたかな……)
そう思った瞬間、通知が鳴る。
《@WORK_LIFE_BALANCEさんがあなたに返信しました》
「――っ!」
慌てて開く。
「コメントありがとうございます。
いつも頑張る人たちが、少しでも報われますように。」
(……やっぱり言葉が優しすぎる)
息を呑む。
この人の文体、タイミング、言葉の癖――
柊課長に似ている。いや、ほぼ同じだ。
⸻
翌朝。
会社のエレベーターホール。
ピンポーン。
ドアが開くと、ちょうど中から柊が出てきた。
「……おはようございます、課長!」
「おはよう。今日も早いな」
「いえ、あの、最近ちょっと……早起きの練習を」
「そうか。……いい習慣だ」
笑ったような、でもすぐに表情を戻す柊。
その何気ない一瞬に、真由の胸がドクンと跳ねる。
(あの笑い方……SNSの“君が笑ってくれた”って、もしかして……)
⸻
午前中のデスク。
成田がスマホを見せてきた。
「見ろよ真由! 例の“理想の上司”、またバズってんぞ!」
「え、また!? 今度は何?」
「“叱るより、一緒に立て直せる上司でありたい”だとさ!」
真由の頭の中で、昨日の会議室が再生される。
『失敗の責任は俺が取る。君は次に活かせ』
……完全に、同じだ。
「……なぁ、成田。もしさ……」
「ん?」
「うちの課長が、そのアカウントだったらどうする?」
「は? ありえねー! 柊課長がSNS!? “氷の柊”だぞ?」
「……だよね」
でも、笑いながらも胸のざわつきは消えなかった。
⸻
昼。
コンビニ帰りの廊下で、偶然柊とすれ違う。
彼のスマホ画面が一瞬見えた。
(……スマホの画面に“X”の黒アイコン……?)
一歩すれ違いざまに目が合う。
「……藤原、目の下、少し赤いな。寝不足か?」
「え、あっ、いえっ! 大丈夫です!」
「ならいいが。……スマホの見すぎは注意しろ」
(スマホの……見すぎ?)
(それ、あなたが言います?)
心の中で突っ込みながら、顔の火照りをごまかす。
⸻
夜。
また、通知が鳴った。
《@WORK_LIFE_BALANCEが新しい投稿をしました》
「“理想の上司”なんて、誰にもなれない。
でも、“理想の部下”に出会えたら、少しだけ変われる気がする。」
「……っ」
目が離せなかった。
画面の“理想の部下”って、もしかして――
(……私?)
指が勝手に動いて、“いいね”を押してしまう。
その瞬間、すぐに通知。
《@WORK_LIFE_BALANCEさんがあなたの投稿にリプライしました》
「いつも頑張ってるあなたへ。
無理をしてる時ほど、自分を責めないでください。」
「…………」
涙が出そうになった。
(誰にも言えなかった。昨日の失敗でずっと落ち込んでたの、なんでわかるの?)
胸の奥が、痛いほど熱い。
スマホ越しに、彼の言葉が直接届いている気がする。
⸻
翌日。
会社の給湯室。
湯気の立つカップを見つめていると、
背後から声がした。
「藤原」
心臓が跳ねる。
振り向くと、柊がコーヒーを手に立っていた。
「お疲れさま。昨日、遅くまで残ってただろ」
「え、あ、見てたんですか?」
「帰り際に電気がついていた。……無理はするな」
また、その言葉。
昨日、リプライで送られてきたものと同じ。
(……偶然? いや、これはもう偶然じゃない)
「……課長って、SNSとか……やるんですか?」
一瞬、間が空いた。
彼の手が止まり、湯気の向こうで小さく笑う。
「そんな暇があるように見えるか?」
「……見えません」
「だろうな」
笑った。
でもその笑顔が、“図星”のように見えて仕方なかった。
⸻
夜。
布団の中でスマホを握りしめる。
画面の中の彼と、現実の彼が少しずつ重なっていく。
《@WORK_LIFE_BALANCE》
「今日も“彼女”は頑張っていた。
叱るより、支えたい。伝えられないけど、ずっと見てる。」
“彼女”。
(もう確信……だよね)
真由は、深呼吸をして、指を動かした。
「あなたの言葉、いつも救われています。
でも、本当のあなたに会ってみたい。」
――送信。
心臓が破裂しそうな音を立てる。
返信が来るまで、画面を見つめ続けた。
けれど通知は来なかった。
(やっぱり、届かないか……)
そう思ってスマホを伏せた瞬間。
画面が光った。
《@WORK_LIFE_BALANCE:明日、話せるだろう。いつもの場所で。》
「……えっ?」
“いつもの場所”――会社。
つまり、明日。
12
あなたにおすすめの小説
出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜
泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。
ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。
モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた
ひよりの上司だった。
彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。
彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……
ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない
絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。
可愛い女性の作られ方
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
風邪をひいて倒れた日。
起きたらなぜか、七つ年下の部下が家に。
なんだかわからないまま看病され。
「優里。
おやすみなさい」
額に落ちた唇。
いったいどういうコトデスカー!?
篠崎優里
32歳
独身
3人編成の小さな班の班長さん
周囲から中身がおっさん、といわれる人
自分も女を捨てている
×
加久田貴尋
25歳
篠崎さんの部下
有能
仕事、できる
もしかして、ハンター……?
7つも年下のハンターに狙われ、どうなる!?
******
2014年に書いた作品を都合により、ほとんど手をつけずにアップしたものになります。
いろいろあれな部分も多いですが、目をつぶっていただけると嬉しいです。
会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)
久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。
しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。
「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」
――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。
なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……?
溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。
王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ!
*全28話完結
*辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。
*他誌にも掲載中です。
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様
10 sweet wedding
國樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ワケあり上司とヒミツの共有
咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。
でも、社内で有名な津田部長。
ハンサム&クールな出で立ちが、
女子社員のハートを鷲掴みにしている。
接点なんて、何もない。
社内の廊下で、2、3度すれ違った位。
だから、
私が津田部長のヒミツを知ったのは、
偶然。
社内の誰も気が付いていないヒミツを
私は知ってしまった。
「どどど、どうしよう……!!」
私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる