上司がSNSでバズってる件

KABU.

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第3話:リプ欄で恋が動き出す

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夜。
静かな部屋。スマホの光だけが真由の頬を照らしている。

《@WORK_LIFE_BALANCE》
「今日、“君”が笑ってくれた。
 それだけで、この仕事を続けてよかったと思えた。」

(“君”って、誰?)

心の奥で、わかりたくないのに、
もう答えが出てしまっている気がした。

(……いやいや、まさか課長がSNSなんて)
(あの人、休憩中もニュースサイトしか見ないのに!)

思わず笑いそうになって、でも息が詰まる。

画面をスクロールしていると、ふとコメント欄(リプ欄)が目に入った。

@mayu_worklife
「素敵な言葉ですね。励まされました!」

それは、昨日の自分のアカウント。
半ば無意識に返信を送っていた。
“いいね”どころか、勇気を出して“リプ”したのだ。

(返信、気づいてくれたかな……)

そう思った瞬間、通知が鳴る。

《@WORK_LIFE_BALANCEさんがあなたに返信しました》

「――っ!」
慌てて開く。

「コメントありがとうございます。
 いつも頑張る人たちが、少しでも報われますように。」

(……やっぱり言葉が優しすぎる)

息を呑む。
この人の文体、タイミング、言葉の癖――
柊課長に似ている。いや、ほぼ同じだ。



翌朝。
会社のエレベーターホール。

ピンポーン。
ドアが開くと、ちょうど中から柊が出てきた。

「……おはようございます、課長!」
「おはよう。今日も早いな」
「いえ、あの、最近ちょっと……早起きの練習を」
「そうか。……いい習慣だ」

笑ったような、でもすぐに表情を戻す柊。
その何気ない一瞬に、真由の胸がドクンと跳ねる。

(あの笑い方……SNSの“君が笑ってくれた”って、もしかして……)



午前中のデスク。
成田がスマホを見せてきた。

「見ろよ真由! 例の“理想の上司”、またバズってんぞ!」
「え、また!? 今度は何?」
「“叱るより、一緒に立て直せる上司でありたい”だとさ!」

真由の頭の中で、昨日の会議室が再生される。

『失敗の責任は俺が取る。君は次に活かせ』

……完全に、同じだ。

「……なぁ、成田。もしさ……」
「ん?」
「うちの課長が、そのアカウントだったらどうする?」
「は? ありえねー! 柊課長がSNS!? “氷の柊”だぞ?」
「……だよね」

でも、笑いながらも胸のざわつきは消えなかった。



昼。
コンビニ帰りの廊下で、偶然柊とすれ違う。
彼のスマホ画面が一瞬見えた。

(……スマホの画面に“X”の黒アイコン……?)

一歩すれ違いざまに目が合う。

「……藤原、目の下、少し赤いな。寝不足か?」
「え、あっ、いえっ! 大丈夫です!」
「ならいいが。……スマホの見すぎは注意しろ」

(スマホの……見すぎ?)
(それ、あなたが言います?)

心の中で突っ込みながら、顔の火照りをごまかす。



夜。
また、通知が鳴った。

《@WORK_LIFE_BALANCEが新しい投稿をしました》

「“理想の上司”なんて、誰にもなれない。
 でも、“理想の部下”に出会えたら、少しだけ変われる気がする。」

「……っ」

目が離せなかった。
画面の“理想の部下”って、もしかして――

(……私?)

指が勝手に動いて、“いいね”を押してしまう。
その瞬間、すぐに通知。

《@WORK_LIFE_BALANCEさんがあなたの投稿にリプライしました》

「いつも頑張ってるあなたへ。
 無理をしてる時ほど、自分を責めないでください。」

「…………」
涙が出そうになった。

(誰にも言えなかった。昨日の失敗でずっと落ち込んでたの、なんでわかるの?)

胸の奥が、痛いほど熱い。
スマホ越しに、彼の言葉が直接届いている気がする。



翌日。
会社の給湯室。
湯気の立つカップを見つめていると、
背後から声がした。

「藤原」

心臓が跳ねる。
振り向くと、柊がコーヒーを手に立っていた。

「お疲れさま。昨日、遅くまで残ってただろ」
「え、あ、見てたんですか?」
「帰り際に電気がついていた。……無理はするな」

また、その言葉。
昨日、リプライで送られてきたものと同じ。

(……偶然? いや、これはもう偶然じゃない)

「……課長って、SNSとか……やるんですか?」

一瞬、間が空いた。
彼の手が止まり、湯気の向こうで小さく笑う。

「そんな暇があるように見えるか?」
「……見えません」
「だろうな」

笑った。
でもその笑顔が、“図星”のように見えて仕方なかった。



夜。
布団の中でスマホを握りしめる。
画面の中の彼と、現実の彼が少しずつ重なっていく。

《@WORK_LIFE_BALANCE》
「今日も“彼女”は頑張っていた。
 叱るより、支えたい。伝えられないけど、ずっと見てる。」

“彼女”。

(もう確信……だよね)

真由は、深呼吸をして、指を動かした。

「あなたの言葉、いつも救われています。
 でも、本当のあなたに会ってみたい。」

――送信。

心臓が破裂しそうな音を立てる。
返信が来るまで、画面を見つめ続けた。

けれど通知は来なかった。

(やっぱり、届かないか……)

そう思ってスマホを伏せた瞬間。
画面が光った。

《@WORK_LIFE_BALANCE:明日、話せるだろう。いつもの場所で。》

「……えっ?」

“いつもの場所”――会社。
つまり、明日。
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