上司がSNSでバズってる件

KABU.

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第5話:疑われた上司

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朝。
出社すると、オフィスの空気が少しざわついていた。

「ねぇ聞いた? “理想の上司”の中の人、うちの会社の誰かだって」
「マジで? 投稿内容、やたら現実的だもんな」
「営業部っぽいって噂」

(……まさか)
耳を澄ます真由。
誰もが囁く“理想の上司=社内の誰か説”。
嫌な予感がした。

成田がコーヒー片手に近づいてくる。

「なあ真由、これさぁ」
「……なに?」
「この“理想の上司”、最新ポストで“藤原”って名前使ってね?」
「えっ!?」
「ほら、『藤原みたいに笑ってくれる部下がいるだけで救われる』って。
 偶然かな?」

(……っ!)

顔が一気に熱くなる。
昨日、自分が“いいね”した後の投稿。
そこに“藤原”って――

「いやいや、同じ名字の人いっぱいいるし!」
「そうだよなぁ。でも、なんかタイミング的にさ……」
「……偶然!」
強めに否定したけど、心臓は嘘をつけない。

(もし誰かが気づいたら……課長が疑われちゃう)



昼。
会議室。
部長が真剣な顔で口を開いた。

「最近のSNSの件、社外からも問い合わせが来てる。
 “理想の上司”の投稿が社内ネタに似ている、と」
「……それで?」と柊。
「念のため、関係者に確認している。柊、お前もだ」

空気が凍る。
真由の喉がきゅっと締まる。

「誤解です」と柊は冷静に言った。
「仕事中にSNSはしません。内容にも心当たりはない」

完璧な声。完璧な態度。
でも、目の奥だけが少し揺れて見えた。

部長は頷く。
「そう信じている。ただ、社外で誤解を招くような行為は避けろ」
「承知しました」

会議室を出たあと、
真由は無意識にスマホを握りしめていた。



午後。
廊下。
美咲が小声で話しかけてきた。

「ねぇ、柊課長、今大変みたいね」
「……え?」
「SNSの件。上から聞いたけど、結構マズいかも。
 もし本当に本人なら、懲戒対象もありえるらしい」
「……そんな」

美咲は意味ありげに笑った。
「ねぇ真由ちゃん。あなた、柊課長のこと……信じてる?」
「当たり前です」
「ふ~ん。その言葉、ちゃんと本人に届くといいね」

そう言って去っていく背中。
その一言が、真由の中で引っかかった。

(“届くといいね”……って、どういう意味?)



夕方。
デスクに戻ると、柊の姿がなかった。
代わりに、机の上に一枚のメモが残されていた。

“打ち合わせで外出。藤原、残業はするな。
 今日の空も、たぶんきれいだ。”

(……“今日の空もきれい”)
それは、昨日の投稿の締めと同じ言葉だった。

もう隠す気、ないんですか、課長……。



夜。
外に出ると、ビルの屋上から見える夕焼けが広がっていた。
その空の写真が、ほぼ同時にSNSに上がる。

《@WORK_LIFE_BALANCE》
「今日の空もきれいだった。
 噂は風と一緒に流れていく。真実は残る。」

“噂”。“風”。
まるで今日の出来事を見ていたかのようなタイミング。

通知。

《@WORK_LIFE_BALANCEがあなたをメンションしました》

「……え?」
投稿を見ると、こう書かれていた。

「信じてくれる人がいるなら、それだけで十分。」

その直後。
会社のグループチャットが一斉にざわつく。

「え、これってうちの柊課長のこと?」
「“信じてくれる人”って、藤原じゃね?」

(まずい……!)



オフィスに戻ると、
柊が資料をまとめていた。
その姿は、まるで何もなかったように冷静で。

「……課長!」
「どうした、藤原」
「SNSの件……皆が課長のことを!」
「知ってる」
「じゃあ、なんで投稿なんて……!」

彼はふっと息を吐く。

「誰かが信じてくれるなら、それでいいと思った」
「……それって」
「噂なんて、そのうち消える。だが、人の想いは残る」

真由は言葉を失った。
彼の横顔が、夕陽の残光に照らされてやけに綺麗だった。

(どうしてそんなふうに言えるの……)

「藤原」
「……はい」
「君は、俺を信じるか?」

心臓が爆発しそうになる。

「……信じます」
「そうか」

彼はそれだけ言って、
机の上のスマホを伏せた。
そこに映っていたのは、
黒地に白い“X”マーク――。
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